偽りの鎧を着て
私はルージュの後を追い、真っ暗な結界の中を進んでいく。
「これが幻影結界、ですか」
「そうよ。別に珍しいものでもないでしょ」
「私は見たこともないですから」
「……そっか、まぁ戦いに参加してなかったらそうかもね」
戦いではこう言った結界などを使って移動することがあるそうだ。
そもそも幻影結界を扱える魔族もそこまで多くはない。それに魔族の暮らす支配域でそのような結界を使うことはほとんどないのだ。
こう言った結界は特に人類と戦う際に使われるものだ。人類に気付かれずに移動したりするのに使うらしい。
私は今まで戦いに向かうことを望んでいなかったためにこのようなものを見るのは初めてとなる。
「人類との戦いはどのようなものなのですか?」
「そうね。別に想像通りって感じよ」
「想像通り、ですか?」
「ええ、生きるか死ぬか。そのどちらかが決定されるだけよ」
やはり熾烈なものなのだろう。
私の知っていることだけでも目を背けたくなるような情景が思い浮かぶほどだ。
おそらく実際はもっと残酷なものなのかもしれない。
「その、怖くはないのですか?」
「もう慣れたからね。それに私はなるべく人類を殺さないようにしてるの。だってまだ死にたくないからね」
「願望があるからですか?」
「それもあるし、他の魔族みたいに人を殺しても楽しいと思ったことないから」
そういえば、どこかの人類の国を滅ぼして帰ってきた魔族とゼイガイアが話していたのを聞いたことがある。
確か彼は非常に楽しいと、快楽に溺れるようだと言っていた。
当然ながら、彼ら魔族は人類の血肉を糧に生きているようなものだ。食料を食べられると思えばそれは楽しいものなのかもしれない。
「魔族の中にも色々いるのですね」
「少数派だと思うよ? 人を殺せない魔族なんて役立たずって言われるし」
「そうなのですか?」
「実際いざとなった時に相手を、人類を殺さないと生きていけない。それなのに殺すのが嫌だからって言って自分が死んでは意味がないもの」
「そう、ですね。ですが、そうならない選択もできるはずです」
私がそう言ってみると、彼女は小さく笑って呟くように言葉をこぼした。
「……平和な世界だったらそうできるかもね。でも、私たちは人を殺し過ぎたのよ」
「まだ可能性はあると思います」
「どうだろうね。わからないよ。ゼイガイアは無理だって言ってるけど」
ルージュは一体何を望んでいるのだろうか。これから魔族と人類はどのような関係になっていくと思っているのだろうか。
私としては共存できる道は残されていると思っている。それが甘い考えなのかはわからないけれど、それでも可能性が全くないと決まったわけではない。
可能ならこんな争いで誰も死なないような世界が望ましいのだが。
「一度殺しの快楽に溺れたやつはもう戻ってこれないわ」
彼女の言うように快楽に慣れてしまったものはもう無理なのかもしれない。
加えて人類を食糧や生殖の道具としか見てない魔族も一定数いることだ。そんな彼らが人類と共存できるかと言われればそれは無理だと言える。
「ルージュはどうしたいのですか?」
「気になる人がいる、それだけよ」
「誰なのですか?」
「……まだ言えないわ」
気になる人のことはどうやら言えないようだ。
もちろん、この結界を覗くことができる魔族はいない。
誰かに聞かれると言うことはないのかもしれないが、どちらにしろ彼女が言いたくないのなら無理に聞き出さない方がいいだろう。
それからしばらく幻影結界の中を進み、例の戦場へと到着する。
「ここが人類と戦っている場所なのですね」
「まぁ前線って言うほどでもないけどね」
確かに死体が転がっていると言うわけでもない。それに魔族もいると言うことではない。
「あの丘を越えれば見えると思うわ。行く?」
「……はい、知らないといけないことですから」
「ふーん、じゃ私から離れないで付いてきて」
人類であろうと魔族であろうと死体を見るのは嫌ではある。それに誰かが殺されようとしているのを見るのも嫌だ。
ただ、嫌だからと言って現実から目を背けるのは間違っている。
この目で見てみないとわからないことだって多いのだから。
「本当にいいのね?」
丘を越えて、彼女の近くにある木々の隙間からその戦場を覗くことができるようだ。
「覚悟はできています」
「そう、これが戦場よ」
そう言って彼女は木の枝をどかすとそこには大量の魔族が攻め込んでいくのが見えた。
つまり突撃していると言うことだ。
その魔族の群れの先を見てみるとそこには二人の人間が立っていた。
「あの二人にあれだけの魔族を向かわせるのですか?」
「そのようね。数に物を言わせているようじゃ勝てないけれど……」
すると、魔族の方がいきなり砂埃を立て始める。
「砂煙で姿を隠すつもりね」
「二人に対してやり過ぎではないですか?」
「これぐらいやるわよ。だって相手は……」
「ルージュ、こんなところにいたのね」
そんなことを話していると急に背後から誰かに話しかけられた。
「……アロット、結構苦労してるみたいね」
名前は聞いたことがある。同じく幻影結界を扱える数少ない魔族だったと記憶している。
ただ、彼女は能力覚醒者として知られているが、ルージュとは少し違う能力のようだ。
もちろん、今の私としては特にどうでもいいことではあるが。
「こんなところに囚人を連れてきてどうするつもり?」
「あんたには関係のないことよ。気が済んだらさっさと戦場に戻ったら?」
「……あの砂煙の中には一万もの魔族がいるわ。これであいつらも倒せるはずよ」
「ふふっ、本当にその程度で倒せるとでも?」
ルージュは小さく笑いながらそう挑発するように話す。
普通であれば到底勝てるはずのない攻撃。
あれを容易に捌くことができるとすれば、私の記憶ではただ一人だけ。
「エレイン、人間界では剣聖なんて呼ばれているようだけど、無理なものは無理よ」
「あなたは何も知らないのですね。彼の本当の力を」
「……囚人如きが何を言っているのかしら」
「彼の能力は”滅却”です。それが意味することはもうわかりますよね」
「私と同じ天界出身ならその恐ろしさは身に染みているはずだけど?」
ルージュの言うように彼の恐ろしさをどこまで知っているかはもう彼女ならわかるはずだ。
覚醒者と言うのなら深く天界での事件に関わっていたことだろう。
それなら彼の本当の力を知らないはずがない。
「——っ! それは創造神によって制限されたはずっ。それもこんな下界で真の力が覚醒するとでも?」
「あら、本気を出せばその理すらも滅することができる。創造神が生み出した混沌なのよ?」
「そ、そんなこと、あるはずが……」
そういうアロットに対してルージュが先ほどの戦場へと指さす。
「見てみたら? もう終わりそうだけど」
「嘘よっ」
そう言ってルージュを押し飛ばすようにして戦場を彼女が見下ろす。
私も木陰から戦場を見てみる。
そこには先ほどまで攻め立てていた魔族の軍勢はもういない。
もちろん、滅却と言う能力を使ったという痕跡はないようだ。単純に彼の剣技によって倒されたようだ。
「くっ! 悪魔めっ」
「私たちがそれを言う? 撤退するか、このまま魔族を擦り減らし続けるか」
「黙れっ!」
ルージュの挑発じみた言葉に激昂するアロットだが、どうしてそこまでして彼を倒したいのだろうか。
有効的に接すれば彼もきっと心を開いてくれるはず。
「まだ能力に覚醒していないのなら今しかない。そう、今しかないのよ」
「……私は忠告したから」
「非覚醒者の分際で何が忠告よ。こうなったら裂影結界術でどうにかするしかない」
「はぁ、たった一人にそんな手間のかかるものを使ってどうするのよ」
「こうなったら損害も何も言ってられないわ。私がやると決めたのだからやるだけよ」
そう言ってアロットは自身の影に視線を向ける。
「聞こえたわよね? もう少し時間を稼いでちょうだい。それから私が直接あの悪魔を倒す」
「…………」
彼女の影からは沈黙だけが続くが、どうやら承諾してくれたようだ。
木々の隙間から戦場へと目をやると、また再び魔族の軍勢が突撃し始める。先ほどよりも数が多いように見える。
一万どころではないような気がする。
一体この渓谷でどれだけの魔族が殺されていくのだろうか。
そして何よりも、まだ姿こそわからないあの奥に立っている二人とも直接会ってみなければいけない。
それがエレインなのだとしたら尚更だ。
「あいつの首を持って、帝位に認められる魔族になれば私は……」
そこまでいって、彼女は自らの幻影結界の中へと消えていった。
何が言いたかったのかはわからないが、帝位に認められると言うことはゼイガイアのような最上位種としての地位を手に入れることができると言うことだ。
もちろん、帝政会議にも出席することができる。
そこで何がしたいのかはわからないが、野望を持つ魔族なら当然その地位を目指すのは普通のことなのかもしれない。
「ほんっと、呆れるわ」
そう言ったルージュは消えていったアロットに向けて大きくため息をつくのであった。
こんにちは、結坂有です。
ついにエレインに隠された能力の名前がわかりましたね。
”滅却”と言う名前ですから、とんでもなく強いものなのでしょう。
ただ、神によって制限されているとの情報もありましたね。気になるとこです。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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