愚策の意味
体勢を変えられない私はアレクに向けて質問してみることにした。
彼は先ほど大軍が攻めてくるかもしれないという推測を立てた。
もちろん、私もそれと同じようなことは考えていたが、どうやら彼は何か確信のようなものを持っているような印象を受ける。
「……それは何か情報があってのこと?」
「そうだね。僕たちがジェビリーを助け出した時、どこからか魔族がやってきたんだ」
「そういえばそうだったわね。誰にも見られていなかったのにどうしてなのかしら」
ラクアも彼に続けて当時のことを振り返る。
確かに私たちの作戦は急遽決まったことだ。話し合いは聖騎士団の駐屯地で行われた。
誰かに聞かれるという心配も、ましてやゴースト型に盗み聞きされるということもなかった。
それにもし作戦のことを知ったとしても魔族側としては対策を立てることはできそうにない。それほどに私たちの作戦は迅速に行われたのだから。
「もしかしてだけど、今回の魔族はあらゆる対策を張り巡らせているはずなんだ」
「対策?」
「考えられる全てをね」
「そんな途方もないようなこと、魔族がするとは思えないわね」
すると、ラクアがそう断言するように言う。
今までの彼ら魔族の行動を見てもそのような対策に対策を重ねるようなことはしていなかったように見える。
だが、今回はどうだろうか。
彼らは私たちの動きを先回りしているかのような動きをしている。まぁ全てが偶然だと言われればそれまでだが、いくら何でも今回はその偶然性は棄却できる。
「……どうかしら。魔族が人間のような思考を持っていることはルクラリズを見てわかる」
「そうだけど、全てに対策するなんてコスパが悪いわ」
確かに彼女の言うように非常にコスパの悪い作戦の一つではある。
考えられる全てに策を用意していてはそれこそ無駄な労力と言わざるを得ない。
ただ、魔族の場合を考えてみればどうだろうか。
魔族は一部の能力持ち上位種を除き、とんでもない数を有している。それに下位の魔族も含めればその数はほぼ無数と言える。下位は人間を糧に生み出すことができるらしいからだ。
下位の魔族は単純な作戦なら理解できると言うことからもうまく活用すれば、コスパの悪い大規模な作戦であっても実行できるはずだ。
「魔族の数は有限ではあるけれど、コストは無視できるほどの数を持っている。それならあり得そうだね」
私の考えにアレクはそう肯定する。
「……そんなの、今までなかったことじゃない?」
「ええ、だけど今回だけはどうやら違うようね。魔族も本気で動き出したと見るべきよ」
「どう言うことよ」
「エルラトラムの歴史、百年以上前は魔族もとんでもない作戦で人類と戦ってきたみたいなの」
聖騎士団や議会の資料を読み漁っているときに見つけたものだ。
古い書物な上に保存状態の悪いものもあったために全てを読み切れたわけではないが、それでも百年以上前では魔族も無茶苦茶な作戦を実行していたと記録されていた。
第一次魔族大侵攻では数千万もの魔族が攻撃してきたとされている。その時は地球にいる総人口の半分が虐殺され、土地の三分の一が奪われた。
第二次では人類も聖剣を保持して戦うようになった。攻撃にしてくる魔族も百数万程度と少ないとはいえ、それでも善戦というよりかは虐殺に近いものだったらしい。
私たちが経験した第三次魔族侵攻……いや、あれはそれらの侵攻とは比にならないほどに小規模だったと言える。被害に遭い消失した国もセルバン帝国の一国だけだ。
そもそも、あれはこれから始まる惨劇の前兆に過ぎなかったのだろうか。
どちらにしろ、私たちの知り得る時間の流れは歴史という大きな目でみればほんの一瞬に過ぎない。
あれが前兆だったとしても何ら不思議ではないのだから。
「私たちは慣れ過ぎたのよ。今の現状に」
「今となっては当時を知る人がいないから何とも言えないけれどね」
「……どうするのよ」
「戦うしかないわね。少なくともここで」
セルバン帝国が狙われる原因は他国と比べて非常に高い技術水準を維持し続けたことにあるだろう。第一次、第二次と繰り返されてもなお、生き残ったのだ。
しかし、このドルタナ王国を狙う目的は何なのだろうか。
脚色されているのかもしれないが、この国にまつわる伝説と関係するのだろうか。
「エルラトラム議会に連絡とかは?」
「できないことはないけれど、間に合うかはわからないわ」
「……それなら私が行くわ」
すると、ラクアがそう立ち上がって言った。
どうやら彼女がエルラトラムへと戻って連絡してくれるとでもいうのだろうか。
流石にここからだとかなりの距離がある。聖騎士団の馬は使えないため、徒歩となる。迅速な連絡は難しいだろう。
「いや、聖騎士団に任せるべきだね」
「どうして?」
「彼らなら馬もある。数人を向かわせて連絡させた方がいいだろうね」
「とりあえず、リーリアに……っ!」
起きあがろうと体に力を入れた瞬間強烈な痛みが全身を襲う。
まだ筋肉の痛みが残っているようだ。
「無理はいけないよ。彼女には僕から伝えておくよ」
そう言って彼は椅子から立ち上がるとすぐにリーリアの元へと向かった。
「……私がもう少し早く移動できればいいのだけれど」
「どういうこと?」
「体が軽い程度で、精霊の力を思う存分扱えているわけではないのよ。ただ、身体能力が少し上がったぐらい」
そう言って彼女は肩を落としながら椅子に座った。
それにしても、少し上がったとは言っても彼女の能力には目を見張るものがある。
あのレイとまともに訓練ができているのだから普通の人ではないことは確かだ。
多少の人ではない力を宿しているのは見ていてよくわかる。
しかし、それでも彼女はまだ自身に宿している能力を活かし切れていないと思っているようだ。
「もっと上を目指せると思ってるのね」
「記憶はないけれど、私の精霊の潜在能力は凄まじいものだと実感しているの」
「それなら精霊の泉で対話してみるのも一つの手ね。いや、堕精霊なら直接話せるのか」
「……エルラトラムに来てから一度も話せていないわ」
正直なところ精霊の性格にもよるのだろう。
エレインの魔剣に宿っている精霊のように喋りたいものもいれば、私の魔剣のように無口な性格もいる。
その辺りだけは人間とほとんど変わりないと言える。
「そう、気分屋なのだとしたら信頼関係を築くのには時間がかかりそうね」
「何かきっかけがあればいいんだけど、難しいわね」
実体のある人間や魔族と違って、精霊は彼らが姿を出したいと思わなければまず対話することができない。
それならまだ会話のできる魔族の方が会話がしやすい。
ただ、共闘関係にある精霊との関係は良好に築き上げる必要があるというのも事実だ。私たちは彼らの力を借りることで強大な魔族と対抗できているのだから。
「……まだその時期じゃないのかもしれないわね」
「え?」
「私がその力を手に入れるのはまだ早いのかもしれないってこと」
「どうだろうね」
「それより、アレクがリーリアに報告しているみたいだけど、私たちはどうすればいいのかしら?」
一体どれだけの軍勢が向かってきているのかはわからない。
それでも何かを行動しなければいけないのは確かで……そんなことを考えている私は戦えない。
こんな状態でまともに戦えるわけがない。
もちろん、戦えないわけではないが、それでは魔族のやっているであろう作戦よりもよっぽど愚かと言える。死ぬために行くわけではないのだから。
私は痛む体に鞭を打ち、上体を起こす。
「とりあえず、私たちがしなければいけないことは地盤を固めることよ」
「つまり、国内の防衛をしっかりしなければいけないと言うことね」
「ええ、それにはまずラフィンに活躍してもらわなければいけないのだけど」
「肝心のエレインがいないのよね」
リーリアの話によれば彼は私たちがあの隊長と戦った場所にいるようだ。
今頃、魔族と戦っているなんてことはないと思いたいが、ここまで帰りが遅いとなると心配にもなってくる。
それでも助けに行けるほど私の体は回復しているわけではない。
「仕方ないわ。彼なしではあの作戦は実行できない。ジェビリーに頼むしかないわ」
ジェビリーの声かけでどれだけの兵士が集まるのかは不明だ。もちろん、王城を制圧できるまでは集まっているのかもしれないが、すでに反乱の対象となっている。
まだ王家に対する忠誠は強いとは言ってもそれはもう崩れ始めている。長く地盤を維持するのは難しい。
「……なかなか思うようにはいかないのね」
ラクアはそう小さくため息を吐きながら呟くように言った。
こんにちは、結坂有です。
この戦いの意味について真相に気付き始めたミリシアですが、これからどうなっていくのでしょうか。
そして、彼女たちの知らないところで死闘を繰り広げているエレインとアイリスは無事なのでしょうか。これからの展開に期待ですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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