脅威の発生
夕食の後、俺はセシルと一緒にお風呂に入ることになった。
「セシル。本当に入るのか?」
脱衣所に二人で入ると、彼女は真っ赤な顔で俺を見つめていた。
「……ここまで来たのよ。入るに決まってるでしょ」
「だが、服を脱いでいない」
彼女はベルトを外しただけで服を脱げないでいた。
恥ずかしいのであれば、無理して入る必要はないのだ。もともとこのような予定は無かったのだからな。
「そ、それはあなたも一緒でしょ」
「そうか。俺のせいなのか」
俺は上着を脱いで見せた。
すると、セシルは真っ赤な顔で俺の上半身を見つめている。
しばらく無言で見つめた彼女は耳を手で押さえはじめた。
「ってなんで脱いでるのよ!」
「風呂に入るのに邪魔だからな」
「……わかったわ。脱ぐからちょっと待ってて」
そう言ってセシルは服を脱ぎはじめた。
彼女は一気に上着を脱ぎはじめた。
その美しい柔肌は女性らしさを感じる。しかし、その鍛え抜かれた上腕は長い間訓練を続けていた証だ。
やはりな。
俺は彼女の高速な剣撃の正体がわかった。
それは彼女の筋肉が普通とは違うからだ。
筋肉には二種類あり、彼女の筋肉は白筋と呼ばれる筋肉が異常に発達しているようだ。
白筋は速筋とも言われ、非常に収縮速度が速い。しかし、長くは持続しないという性質がある。
「な、何よ。じろじろ見られたら恥ずかしいのだけど」
「少し見惚れていただけだ。気にするな」
「見惚れっ……そんなこと言わないでよ」
すると、彼女は胸を隠すように手で押さえて、顔を背けた。
勘違いされては困るためここは正しておくべきだろう。
「ん? その鍛えられた筋肉が素晴らしいと思ってな」
「っ!」
ギロッと鋭い目つきで睨みつけてきたセシルはふんと鼻を鳴らしてタオルを体に巻いた。
それからゆっくりと下半身の服を脱ぎはじめた。
それに合わせて俺も全部の服を脱いで風呂に入った。
それから風呂場では特に変わったことはなく、ただ恥ずかしそうなセシルの表情が面白かっただけであった。
「エレインってゴツゴツした筋肉はないのに、あんなに剣速が速いのはなんでなの?」
風呂から上がり、俺の部屋で休憩をしていると彼女がそう聞いてきた。
「俺の剣は筋肉をあまり使わない特殊な振り方だ。だから鍛えることは特にしていない」
「そうなんだ」
そう、俺の筋肉は剣をある程度速く振るうだけの最小限の筋肉しかない。
それなのに剣速を維持できているのは重力などの力を借りているからだ。
大聖剣で無質量の能力を持っているイレイラはともかく、アンドレイアはかなり重めの剣でそれを振るうときは重力などをうまく利用している。
「セシルの筋肉の付き方からすると、かなり特殊な鍛え方をしているようだな」
「体を見ただけでそこまでわかるの?」
「ああ、どう言った筋肉があるかなど一目でわかる」
ただ、彼女の場合は少し特殊なようだ。
体質なのかはわからないが、白筋が発達し過ぎているように見える。
まぁ何かの病気というわけでもないだろうから別に言う必要もないか。
「はぁ、体を晒したのは間違いだったかもね」
深くため息をついたセシルはそっぽを向いた。
「どうしてだ?」
「エレインはそう言った目で見てくれないから……恥ずかし損ってことよ」
そう言ってガクッと肩を落とした彼女は少し落ち込んでいるようにも思えた。
「筋肉も見ていたが、普通に美しい肌をしているとも思っている」
「っ! 今言うのそれ?」
「ダメか?」
「……一番美しいの?」
美しいにも種類があるからな。一概に一番とは言い切れない。
「一番かどうかは知らないが、俺の好みであるのは確かだ」
「!!」
すると両手で可愛らしく顔を隠し、今日一番の赤面をした彼女であった。
翌日の明朝、同じベッドで寝ていたセシルよりも先に俺は妙な感覚で起き上がった。
まだ日が昇る前で外は薄暗い。
セシルを起こさないよう静かにベッドから出る。
『お主よ。この気配はなんじゃ?』
すると、アンドレイアも気付いたのかそう念話で話してきた。
「わからないな。とりあえず確認するか」
俺は着替えて剣を携えた。
そして、家の外に出るとその気配はさらに増していく。
「オラァ!」
茂みから大剣を構えた男が振り込んできた。
「っ!」
俺は咄嗟にアンドレイアを引き抜いて対応した。
彼の強烈な一撃は指の骨がひび割れるほどだ。
「……」
「鋭い一撃だな」
あの大剣の質量と彼自身の腕力で俺の親指が割れたのだ。
今までに感じたことのない衝撃であった。
『大丈夫かの?』
「気にするな」
『奴の大剣は聖剣じゃ。それもかなり古いものじゃぞ』
古い聖剣という言葉の意味がよくわからなかったが、危険だということは確かなようだ。
まともに攻撃を受けるのは無謀と言える。
あの力は尋常ではないからな。
「せいやっ!」
その掛け声とともに大剣が凄まじい勢いで振り落とされる。
それを寸前で躱す。
ブボン!
聞いたことのない刃音を立てて振り下ろされた剣は地面に直撃することなく、止められていた。
力だけでなく技術も持っているのか。
厄介だな。あの一撃を喰らうこともできない上に避けるだけでは不十分というわけか。
地面に触れかけていた剣先は一気の俺の心臓へと捉え、高速な突きが繰り出される。
「くっ……」
俺はアンドレイアを縦に構えてその突きを受け流す。
こいつと近距離で戦うのは危険だな。
うまく受け流した直後、俺は後方へと跳ぶことで距離をとった。
「はっ!」
すると、男は大剣を地面に叩きつけ俺の方へとその砂塵を飛ばしてきた。
「っ!」
さすがに広範囲に飛ばしてきた砂塵を避けることはできず、俺はそのまま受けることとなった。
「へっ」
男が笑ったのが聞こえた。
そして、近付いてきているのが気配でわかる。あとは剣の方向さえ分かればいいのだがな。
大剣に砂塵が擦れる音を聞き取る。
チリチリという微かな音が剣の方向を教えてくれる。
どうやら横方向に斬り込んでくるようだな。
砂塵の中、俺は姿勢を一番低くしてイレイラを引き抜き、前方へと斬り込んだ。
ヒュインッと音速を超える剣速で男の腹部を斬った。
「もういい、こいつには勝てない」
「あ?」
奥から人の声が聞こえるとともに男がそう言った。
確かに斬ったという感触はあったのだが、なんとも平気そうな声色でそう返事をしてみせた。
砂塵で目が使えないからどうなっているのかわからないが、気配的には遠ざかっていくのを感じる。
「我々の目当ては議会だ。行くぞ」
「クソが。覚えてろよ」
そう言って二人の気配はなくなった。
一体なんだったのだろうか。
『お主、その怪我は大丈夫かの?』
すると、アンドレイアが念話でそう聞いてくる。
「指はすぐ治るだろ」
『いや、腹の傷のことじゃ』
アンドレイアに言われ、腹部に手を当てると脇腹部分が深く抉られていた。
俺の脇腹はまるで挽き肉のように破壊されており、触るとグジュリと嫌な感触がするものの痛みを感じない。
一体いつ斬り込まれたのだろうか。
「これも治してくれると助かる」
『……痛くはないのかの?』
すると、腹部の傷は癒され完全に回復していく。
「なぜかわからんがな。まぁ撃退できたのはよかった」
砂塵で目をやられていたが、アンドレイアの加速によって視界も回復し目を開ける。
俺の手は鮮血で真っ赤に染められており、地面も血塗れになっていた。
「ひどい有り様だな」
『全身から血を吹き出していたのじゃぞ? 大丈夫なのか?』
「わからない」
だが、今は生きている。
あいつも今はどこかに行っているようだ。今はとりあえず安全なようだ。
これもあの聖剣の力なのだろうか。
「アンドレイア、あいつの聖剣を知っているのか?」
『知らんの。あの型はわしよりも古いものじゃ』
「なるほど、未知の能力というわけか」
ただ気にしているだけでは意味がない。
これがあの精霊族族長クロノスの言っていた脅威というやつなのだろうか。
なんにせよ、情報があまりにも少ないため判断のしようがない。
「精霊族族長に会うにはどうすればいい?」
『……あまり会うのはおすすめせん』
あの時間を止めた時、アンドレイアも同じく止められていたのだろう。
イレイラも当然、あの会話を知らないはずだ。
「お前が知らない間に俺は族長と会った。少し話したいことがあるんだ」
『この国に点在している精霊の泉でなら会えるじゃろうな。話すべきことなら向こうは現れてくれるはずじゃ』
「そうか。わかった」
エルラトラムには精霊の泉と呼ばれる小さな噴水のような場所がある。そこからは清らかな水が流れており、人々の生活水として大切に扱われているようだ。
精霊と契約を結んでいるエルラトラムの地下空間には精霊が住んでいるため、そこから湧き出る水がその精霊の泉と呼ばれているようだ。
いくつか点在しているようで、学院の近くにもあった気がする。
とりあえず、ここを掃除してから向かうとするか。
そのあと、アンドレイアと協力して血に塗れた道路を水で流して綺麗にしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
エレインは新たな脅威と戦うことになりました。
痛みを感じない怪我を負った彼ですが、これからどう対策を組んでいくのでしょうか。
そして、議会はその脅威にどう戦っていくのか、気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに。
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