表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
619/675

幻影を打ち破って

 俺、エレインはアイリスと共に渓谷へと進めていた。

 ここに来る直前の地下通路で鐘の音が聞こえていたのだが、それはいつの間にか鳴り止んでいた。

 当然ながら、ここに来るまでに教会のような建物があるわけでもなく、大きな音が鳴りそうなものはなかった。


「……先ほど聞こえたものは何だったのでしょうか」

「わからないが、魔族が鳴らしているのかもしれないな」

「つまり、何らかの能力と言うことでしょうか」

「可能性としてだがな」


 ルクラリズがブラドを抱えてエルラトラムに来た時も似たような音を聞いたことがある。

 それが何だったのかはわからないままではあるが、それに近い音だったと言うことは確かだ。

 考えてみれば、魔族が何か能力を使った時には特有の音が鳴っていたような気がする。まぁ個体差があるのかもしれないがな。


「それにしても大きな音でした。それほどに強力と言うことなのでしょうか」

「どうだろうな。強力なのだとしたら厄介だが」

「お兄様はどうなさるおつもりですか?」

「相手がどうであれ、それに合わせて戦うだけだ」


 もちろん、相手がゼイガイアのような存在なのだとしたら生き残ることを最優先にしないといけないのだがな。

 どこまで強力な存在だとしても自分の戦い方を無理に変えることはしたくないものだ。


「……わかりました。私は先ほど言ったように少しだけギアを上げるつもりです」

「ああ、その方がいいだろうな」

「お兄様の邪魔にならないよう気を付けるつもりです」

「そこまで気にする必要はない。自分のことを優先した方がいい」

「……迷惑ではありませんか?」

「逆にその方がこちらとしても合わせやすい」


 彼女の戦い方は教科書通りと言えるほどに基本に忠実だ。それだけでなく、応用もしっかりと身に付けている。

 それゆえに彼女の動きが俺にとってはわかりやすいものだ。

 彼女自身も最高成績者と言うことで非常に優秀な実力者だ。

 少なくとも小さき盾に匹敵するほどの実力を持っているのは間違いない。その点では彼女に合わせて俺も動いても問題はないと言うことだ。

 それに俺としても彼女の動きは知りたいところだ。


「そうですか。お兄様にとって私の動きなどすぐに把握できるのでしょう」

「完全に把握できるかは見てみないとわからないがな」

「……ご謙遜を」


 どちらにしろ、アイリスに合わせる形で俺も戦うことにしよう。

 流石に魔族の数も非常に多いことだろう。数万の魔族がいると言うのは先ほどルージュから聞いたばかりだ。


 それからしばらく渓谷を見渡し、魔族の軍勢を探してみるもののそれらしき影は見当たらない。

 確かに強い魔族の気配が充満しているが、実体がないのはどうしてなのだろうか。

 攻撃を仕掛けるわけなのだからゴースト型と言うわけでもないだろう。


「魔族一体すらも見つかりませんね」

「影を見る目を使ってもか?」

「そうですね。動く影はもちろん、怪しい影すら見当たりません」

「もしかすると、今回の魔族は非常に厄介な能力を持っているのかもしれないな」


 ルージュは幻影結界と言った能力を持っているらしい。

 その能力についてはまだ詳しく教えてもらっていないが、五感がまともに機能しない空間へと閉じ込めることができる。

 それにアイリスが発見できていなかったことからも結界外からの発見は難しい。


「……幻影結界」


 すると、アイリスが小さく呟くように言った。


「どうかしたか?」

「シェラが、私の精霊がそう言っています」


 どうやら彼女の持つ魔剣に宿る堕精霊が言ったのだろう。

 確かその精霊も影の世界を操る能力を持っているようだ。当然ながら、幻影結界のことについて何か知っていてもおかしくはないか。


「……私もお兄様と同じく幻影結界に一時的に閉じ込められたようですが、彼女がすぐに破壊したそうです」

「なるほど、だからアイリスは無事だったわけか」

「はい。一瞬だったのでしょうか。私も記憶にないですから」


 主人であるアイリスよりも早くシェラが対処したのだろう。さすがは影を司る精霊と言ったところか。

 人間の能力ではどうすることもできない力に対して精霊は非常に心強いものだ。

 それが堕精霊で自由に動ける存在なのだとしたら尚更だろう。


「それで、具体的にはどう言った能力なんだ?」

「存在しないものを存在させる能力です。ただ、それは結界内の中の話のようですね」


 結界内であれば存在しないものでも存在させることができるのだそうだ。当然ながら、色々と制約があるのだろうが、強力な能力の一つなのは間違いないだろう。


「結界外であっても使い方によっては応用もできるのだそうです」

「大軍に見せかけることもできると言うことか」

「はい。使い方によってはそうなりますね」


 結界の中に魔族の軍勢を作らせ、それを外から見えるようにする。それだけで大軍に見せかけることができる。

 どのように結界を作るかはわからないが、それでもやりようによっては強力だと言える。

 それに結界の中に閉じ込められたりでもすれば抜け出すことは難しい。その上、内側では幻影が存在していることになっている。

 何とも恐ろしい能力だ。


「対策としては結界を破壊することが重要です。人間である私たちだと難しいですが」

「精霊の力を借りればいいのか」

「そうですね。私のようにすぐに抜け出すことができれば問題はないでしょう」


 ルージュはまだ力に覚醒していないと言っていた。幻影を結界内で実体化させることはできなかったのだろう。

 ただ、アロットと呼ばれる指導者はそれができるはずだ。

 難しい戦いになりそうだが、何も全く対策ができないというわけではない。俺としても打てる手はいくつかあるわけだからな。


「なるほどな。よくわかった」

「おそらくですが、軍勢は嘘だと言う可能性もあります」

「それはないだろうな。ルージュも同じく幻影結界の使い手だ。それならアロットの結界も見破れるはずだ」

「……確かにそうも言えますね」


 アイリスとしてはルージュの話を信用したくないようだが、俺としてはまだ信用できる方ではある。

 一度直接話したことがあるからと言うこともあるのだろうな。ルクラリズとは違うものの、人間に対して敵意を見せていない。


「とにかく、確認しないといけないのは事実だ」

「わかりました。もう少し周りを……」


 すると、アイリスの言葉を遮るようにしてまた大きな鐘の音が鳴り響く。

 今回は先ほど地下通路で聞いたよりもさらに大きな音を轟かせている。


「っ! この音は……」


 耳を劈くほどの轟音は周囲の木々すらも震わせる。


「お兄様っ、あれを見てくださいっ」


 そう彼女が大きな声で指をさす。

 その先は谷底の方で、そこには先ほどまでいなかった大量の魔族がいた。その数はざっと三、四万はいることだろう。

 この数がもし渓谷を進み、山を越えれば王国に多大な被害が及ぶことになる。


「……あの数、やるしかありませんね」

「そうだな。食い止めるにはここでしかないだろう」


 ドルタナ王国の防壁は何度か見たことがあるが、そこまで丈夫と言えるものではない。

 エルラトラムでは聖騎士団や議会軍が優秀だからこの数が攻めてきたとしてもある程度は防げる。ただ、この国では兵士たちの練度がエルラトラムと比べて大きく劣る。

 それにここに来ている聖騎士団も数が多いと言うわけではない。

 当然ながら、防衛は非常に厳しい戦いになるのは目に見えている。

 ならばいっそのこと、ここで俺たちが数を減らしておくべきではある。俺とアイリスとなら全滅させることも可能だ。


「進みましょうか」

「先陣は任せてもいいか?」

「構いません。見ていてください。お兄様」

「ああ、援護なら任せろ」


 俺がそういうと彼女は一瞬だけ小さく笑みを浮かべるとすぐに真剣な表情へと切り替わる。

 そして、彼女は腰に携えた漆黒の魔剣シェラを引き抜くと一気に片目が光る。続けて俺もイレイラを引き抜く。


「付いて来てくださいっ」


 そう言った直後、彼女は強く地面を蹴り、一気に渓谷へと駆け降りていく。俺も彼女の背後に張り付くようにして駆け降りる。

 彼女は途中邪魔な木々は避けるのではなく、影操を使って切り進めていく。

 これで魔族の軍勢へはほぼ一直線で進むことができる。


「グルゥアアアッ!」


 俺たちの動きに気づいたのか、魔族の咆哮が聞こえてくる。

 もちろん、まだ接敵はしていないが、木々が切り倒されていればわかるものだ。


ひろめく刃は疾風を纏い、その流れは絶する力となりて」


 そう自らを律するようにアイリスは言うと、瞬時に剣を両手で構える。その特徴的な持ち方と動きは俺も忘れたわけではない。

 あの動きは序の型最終技、つまり基本の型の最後に教わる技『閃滅せんめつ剣舞』だ。全ての基本となる動きが完璧でなければ習得することはまず不可能な技でもある。

 まさかその技をこの戦場で、それもこの状況下で扱うとはな。最高成績を叩き出したと言うだけはあるか。


「ふっ」


 彼女の振る剣閃は若干紫がかった色をしている。それは元々の刃の色が黒色だからなのだろう。

 その滅紫の剣閃で彼女は瞬く間に魔族を斬り倒していく。もちろん、彼女の影もまた、その動きを真似して離れた魔族へと攻撃を仕掛けている。

 通常であればまずあの剣舞に攻撃を与えることは難しい。どの角度、どの方角からでもすぐに対応できるからだ。

 そのためには全ての技を熟知し、完璧な状態で会得することが条件ではあるが、アイリスの動きは非常に安定している。技が破綻することはまずない。

 ほぼ全ての方角から彼女に降りかかるようにして魔族が襲いかかっている。

 しかし、その尽くが滅紫の剣閃によってすぐに斬り伏せられる。

 俺の出番はどうやらあまりないのかもしれない。

こんにちは、結坂有です。


アイリスの奥義とも言える技が出て来ましたね。

ですが、まだ彼女には内なる力が眠っているのかもしれません。これからの彼女の成長も見ていきたいところですね。


現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。


それでは次回もお楽しみに……



評価やブクマ、いいね!なども大変励みになりますので、押してくれると嬉しいです。

Twitterではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。

Twitter→@YuisakaYu

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ