開放と矛盾
真っ暗な視界の中、魔族の女性と話を続けている。
俺がここに来てから何時間経っただろうか。現実ならそろそろ夜明けとなる時間だ。予定通りであれば聖騎士団がそろそろ王城の方へと向かっていてもおかしくない。
アギスのことだ。きっとそのあたりのことはしっかりやってくるはずだ。
それにミリシアやリーリアも援護してくれていることだ。余程のことがない限りは計画が止まることはないだろう。
「……あなた、それでも人間なのよね」
「人間のつもりだ」
当たり前のことを彼女は問いかけてくる。
少なくとも訓練時代から俺は人間として育てられてきた。人間と同じような食事、同じような服装を支給されてきた。そう、一人の人間として。
「おかしいのよね。あなた。普通じゃない」
「かもしれないな。事実、特殊な訓練を完璧に突破したのは俺以外いないわけだからな」
「それだけじゃないわよ。あなたからは妙な力を感じるの」
「気のせいだろ」
自分自身の気配など感じたことはない。しかし、聖騎士団や他の人たちは感じていないようだ。
ただ気になる点があるとすれば、やはりリーリアが俺のことをあの魔剣で調べてから態度が一変したことだ。
「……今までおかしいと思ったことはないの?」
「何度かあったが、別に気にしていないからな。日常生活困っていることではない」
「それだから、か」
何に納得したのかはわからないが、彼女の中ではどうやら得心したようだ。
「……それにしても、随分長い間話し込んでしまったわね」
「時間稼ぎとやらは十分にできたのではないか?」
「ひとつ聞きたいことがあるの。あなたが本気になればこの空間から逃げられるわけ?」
「それはわからない」
「答えなさいよ」
と言われてもその返答には困る。正直なところ、この空間から逃げられる自信なんて今のところはない。
どのような原理でこの空間が作られているのかすらもわからないのだから。
ただ、一つ言えることはもし俺が危機的状況に陥っていたとすればこの窮地から脱出することができたのかもしれない。
俺の本能はまだ危険だと判断していないだ。
「……答えるわけ、ないか」
「俺の本気を知りたいのか?」
「やめておくわ。私、死ぬのは嫌だし。魔族としてまだやることが残ってるし」
「魔族という割には妙な返答だな」
今までずっと話していて思った感想を言った。
彼女からは敵対的な意思すら感じるものの、本当に人間を殺したいとは思っていない様子だ。
彼女はただ誰かからの命令で動いているようにしか見えない。そして、その命令に若干うんざりしているようにも見える。
「まぁ別に人間は好きでも嫌いでもないわ。好きで殺してるわけでもない」
「そのような考えを持つ魔族も多いのか?」
「どうだろうね。私の知ったことじゃないわ」
確かにそうかもしれない。彼女のような考えを持っているのは魔族の世界だと普通ではないことのようだ。
当然ながら、そのような考えを公言できるほど自由な環境というわけでもないらしい。それなら彼女も知らないのも頷けるか。
「だけどね。一つ言っておくわ。人間もまた分断を迫れられるかもしれないってことをね」
「それは忠告と受け取っていいか?」
「あなたはどちらの味方をするのか、私はそれ次第で行動に出るから」
どこか真っ直ぐな意志を持っているようなそんな言葉を残して、次第に視界が明るくなる。
どうやら俺を解放する気になったらしい。
「そうそう、うちらの指導者には気をつけた方がいいわ」
俺はそのことを聞いて少しだけ鼻で笑ってしまった。
「ふっ、そんなことを俺に言っていいのか?」
「……あなたのことが気に入った。ただそれだけよ。まぁこんな世の中だし、死なないようにだけ気を付けることね」
気をつけろと言われても死ぬ時は死ぬものだ。俺だって心の臓を貫かれ、脳までも壊されては何も動くことはできない。
少なくともその点だけは人間と全く同じなのだから。
「妙な魔族だな。名前は?」
「私? ルージュ・アーデクルト。私と同じ能力を持った魔族がいるけど、彼女とは全くの無関係よ」
「信じればいいか?」
「そうね。協力関係になりそうだし……ま、バレなければ問題ないかぁ」
すると、気の抜けたような声になり、彼女は言葉を続けた。
「アロットって女はね。正真正銘のクズよ。それだけは言える。あなたたちも知っての通り、王女に擬態してバカをやってる」
「まるで敵に塩を送るような言葉だな」
「信じるかどうかはあなた次第よ。とりあえず、同じ魔族として見てもクズなのは間違いない。あいつ、平気で嘘吐くし」
どうやら同じ魔族として見ても嫌な相手なのだそうだ。もちろん、それはルージュ目線からの話ではあるが。
まぁ信じるかどうかは別としてもう少しだけ話を聞いてみてもいいか。
「容姿は?」
「……そこまで聞いちゃう?」
「ダメか」
「別にいいけど、責任取れるわけ?」
「何の責任だ?」
「魔族追放になった時の。これでも私、人の体としてみたらかなりの上玉らしいけど」
先ほど名前を聞いた時にアーデクルトと言った。ルクラリズからの情報にはなるが、どうやらその名前を持つものは人間に非常に近い見た目をしているらしい。
俺も直接彼女のことを見たわけではないが、赤い髪をした人型の魔族ということなのだろうか。
「それで、責任とは何だ」
「……そこまで言わせる気? 私が魔族界から追放されて、仕方がなく人間界に来て、そこでどんな扱いを受けてもいいわけ?」
「なるほど、その時は自分の力で何とかなるだろう」
行く当てもないとなると放浪生活になる。その上、美しい美貌を持っているとなれば辱められる未来しかない、彼女はそう言いたいのだろう。
しかし、そうなっても彼女は自分の力で脱出することができる。そもそも魔族なのだから何も気にする必要はない。ただ、もしそうなったとして捕まってしまう。最悪そこで魔族だとわかり、殺されてしまうか。
「その様子だとやっと理解できたようね?」
「自信過剰だ」
「うるさいわねっ」
「その時はその時考えよう」
「これだから人間は……」
そう彼女は嘆息をつきながらも言葉を続ける。
「まぁいいわ。私と同じく赤い髪をしてるけど、目の色が違うわ。彼女は能力覚醒者で金色の目をしてるの。見たらわかるわ」
「なるほど」
「あと、擬態してるって話だけど、戦闘みたいな激しい動きをする時は本性を現すわ」
相手の情報を詳しく教えてくれる。嘘だと言うことを脳の片隅に置いて彼女の言葉を記憶する。
確かに厄介な相手になりそうではあるが、果たしてどうなるだろうか。
「それと……やっぱり何でもないわ」
「何だ?」
「この場所も気付かれたみたいだし、じゃあねぇ」
気の抜けた声と共に明るい視界が一気に破裂した。
「お兄様っ」
目を開くとそこにはアイリスが立っていた。
「……どうした?」
「どうしたではありません。今までどこにいたのですか?」
見渡してみると隠れ城の広間に俺はいた。
アイリスが俺の背中を支えて起き上がらせる。
若干腹部に痛みが残るが、これは倒れた時に痛めたためだろう。
「わからない」
「暗い空間にいた。魔族の女性と一緒に」
「け、怪我はありませんか? 何か変なことはされませんでしたか?」
「何事もない。腹部が痛い程度だ」
「っ! 何かあったのですねっ。これは許しておけません」
そういうと彼女の目が強く光り始める。真っ先にどこかへと走り出しそうな勢いだ。
「いや、本当に何もされていない。ただ話していただけだ」
「……そうなのですか?」
「ああ、安心してくれ」
あのルージュという魔族に関してはどうも妙な感じがする。人間に対して好きでも嫌いでもないという態度からして他の魔族とは大きく違うのだろう。
それに明確な強い敵意というものも感じられなかった。警戒心があるからゆえの敵意はあったものの、それは敵対同士なのだから仕方のないことだ。
「わかりました」
「それより、今の状況はどうなっている?」
「十分ほど前にアレクさんが聖騎士団数人程度を連れて王城の方へと向かいました」
「なるほど」
「ジェビリー王女も救出することができました。明確に人間だと判断されたわけではないので、ラフィンとはまだ会っていませんが」
まぁそのあたりのことも当然と言えば当然か。
聖騎士団が来ているのなら光系統などの聖剣などですぐにわかることだろう。落ち着いてからラフィンと会えばいいだけだからな。
そんなことを考えていると魔剣から急にアンドレイアとクロノスが飛び出してきた。
「我が主人、いったいどこにおったのじゃっ!」「アンドレイアさん、落ち着いてくださいっ」
「落ち着いておられるかっ」
「命令だ。少しは落ち着け」
俺が少し語気を強めてそういうとアンドレイアは一歩引いて大きく深呼吸をした。
まだ耳が赤いが、少しは落ち着きを取り戻してくれることだろう。
「……その、ご主人様。何があったのですか?」
「匂いもするぞ。邪悪な匂いじゃ」
「魔族と会っておられたのですか?」
クロノスとアンドレイアにはどうやら俺から漂う魔の匂いに反応しているようだ。ここで変に嘘をつくのもいずれ気付かれることだ。
俺はあの暗闇の中であったことを話すことにした。
こんにちは、結坂有です。
徐々に変わりつつある魔族の対応、どういうわけかエレインのことに興味を持っている様子ですね。
それにしても、ジェビリー王女に擬態していた魔族も気になります。
これからどうなっていくのでしょうか……
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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