纏う混沌を絶ち斬って
私、ラフィンは聖騎士団の人たちと隠れ城へと足を進めていた。
私たちよりも先にエレインたちが城を制圧してくれているようではあるのだが、それでも完全に制圧するには聖騎士団の力が必要なのだそうだ。
それもそのはずで、魔族の数は未知数だ。エレインとアイリスの二人だけでは対処しきれないということらしい。
しかし、一つだけ気になることがあった。制圧した後のことについて、私は何も知らされていない。エレインは意図して私に伝えなかったのかもしれないけれど、私としては気になる。
「あの、アドリス団長。少しお話ししてもよろしいでしょうか」
私はすぐ横を歩いている聖騎士団団長に話しかけることにした。
彼は団長になってまだ日が浅いのだが、元々遠征小隊を率いていたこともあって団長になってからもその手腕は認められているらしい。
「何かな」
どこかアレクと同じような雰囲気を纏っているが、その奥に眠る優しさはアドリスの方が強い印象だ。
アレクの場合は優しさと言うよりも意志の強さと言うのが見え隠れしている印象だ。似たような口調でもこうして正面から話してみるとその印象は全く違うものだ。
「隠れ城を制圧した後、私たちはどうするのですか?」
「……そうだね。もう話してもいい頃合いだね」
周囲を見渡した彼は少しだけ考えた後、そう小さく言った。
「制圧後、夜明けに王城の方に向かう予定だよ。もちろん、ジェビリー王女本人がいた場合はすぐにでも出発する」
「王城に向かうのですね」
「そうだね。ジェビリー王女がいなければ夜明けに強引な方法で向かうことになるけれどね」
確かにこの国の王女であるジェビリーがいなければ意味がないわけだ。そもそも正式な方法で王城に向かうわけではないのだから準備がいるのだろう。
ただ、それはジェビリー王女本人がいれば全く問題はない。国際問題になることもなく、難なく王城へと突撃できる。
「その作戦だと、すでに王城は魔族によって制圧されていると考えているのですね」
「少なくとも僕たちはそう思っているよ。エレインもアレクも同じことを考えていたね」
「怖くはないのですか?」
率直に思った疑問を口にした。
魔族の集まる場所に向かうと言うことは死ぬことだってあると言うことだ。それでも彼らはなんの迷いも見せず、こうしてまっすぐに歩いている。その姿に私は疑問に思った。
「怖い、ね。確かに怖いよ。僕だけでなくみんなもね。でも、僕たちよりも恐ろしい経験をしている人が世の中にいるんだ」
「程度の問題ではないような気がします」
「そうだね。だからと言ってその人たちを見過ごすわけにはいかないよ。僕たちは恐怖を乗り越えた先に待つ平穏と言うものを目指しているんだ」
そう言って彼は聖騎士団の紋章に書かれた星形を指差す。その星形は紋章の大きさにしては小さいような感じがする。
「これは希望の光を表しているんだ」
「小さいですね」
「小さいけれど誰でも見える。一番星みたいにね」
「……その信条が聖騎士団を突き動かしているのですね」
私は改めて彼らの信条に驚いた。
もちろん、エルラトラムに亡命している時に自分でも調べてみたことがあった。しかし、それは組織として掲げている文言に過ぎないとばかり思っていた。
こうして実際に聖騎士団に所属している人に直接聞かされるとかなり説得力がある。その言葉にある重みも伝わる。
「聖騎士団に入るには強さとは別に、その信条に芽生えた人しか入れないんだ。ちなみにこのことは外部の人には内緒だよ」
そう言ってアドリスは口元に人差し指を押し当てて他言しないようにと言った。
「聖騎士団の強さは何も力だけではないと言うことですね。よくわかりました」
みんながそのような信条を胸に活動しているからこそ、真に強い組織というものが作られていくのだろう。
私は彼らがどのような経緯で聖騎士団に入隊できたのか、少しばかり気になってきた。
どうしたら聖騎士団のような組織ができるのかも気になる。よければ組織の詳細な歴史など教えていただきたいものだ。
国家を運営していた身として気になるものだ。
「そろそろ隠れ城だね。周囲に魔族の気配はないかなっ」
そう言って彼は周りにいる仲間に呼びかける。
返事を聞いてみるとどうやらその気配はないようで、安全は確保されているようだ。
「……問題は城の中だね。拠点制圧を思い出し、確実に安全を確保せよっ」
「「はっ!」」
一斉に聖騎士団が走り出すとその隠れ城へと囲い込むかのように突撃していく。
彼らには私から直接隠れ城の構造を教えている。迷うことなく彼らは着実に各部屋を制圧していく。
まるで事前に打ち合わせされていたかのようなその動きは、彼らが日々続けている訓練の賜物なのかもしれない。
「魔族の報告は?」
「今のところは死体だけで、その他に異常はありません」
「西側も同じです」
「……エレインは見なかったか?」
「いえ、私たちは誰も見ていません」
すると、西側を担当していた人も同じように頷いた。
私の中では少しばかり不安が募り始める。彼ら二人が先陣を切ってこの隠れ城を制圧した。もちろん、それは彼らが望んで行った作戦だ。
それに隠れ城周辺や今いる広間に倒れている大量の魔族の死体を見るに彼らは確実にこの城を制圧したに違いない。他の部屋も同じだったとのことからそれは事実なのだろう。
ただ、彼らが今この城にいないということが何よりも私にとって不安要素だった。
「どうするのですか?」
「今はアレクたちが戻ってくるのを信じよう。エレインならおそらく大丈夫だ」
「彼らを信じるのですね」
「僕たちはそうして今までやってきた。彼らは僕たちの想像を遥かに超える力を持っているからね」
そういう彼も若干の不安を感じているのだろうが、そのことは表情に見せない。表情に見せないのは団長としてだけではなく、確信に近いものがあるからなのだろう。
私もエレインたちのことを信じてみることにしよう。
◆◆◆
私、アイリスは森の中を走り抜けていた。
鼓動の音が今もうるさく脳内に響いている感じだ。その理由は私の視界からエレインが消えたからだ。
影の世界を探しても彼の存在は見つけられない。
「……」
一気に不安の波が押し寄せてくる。私がしっかりと見ていたのにも関わらず、どうしてだろうか。
「お兄様、どこにいるのですか」
誰かに向けて話しかけるわけもなく、ただ独り言として言葉が溢れてしまう。
まだ走り出して十分程度だ。体力的には全く問題ないはずなのだが、次第に息が切れ始めてくる。
きっと速くなっている鼓動のせいなのだろう。
「アイリスかい? どうしてここに?」
森の中を駆け抜けていると聞き慣れた声が聞こえた。彼はアレクだ。どうやら隠れ城へと向かう途中だったらしい。
「……あの、お兄様、エレイン様を見かけませんでしたか?」
「一緒じゃないのかい?」
「私が目を離した瞬間にいなくなってしまったようで」
別に油断していたというわけではない。本当に一瞬で消えてしまったのだ。周辺を探してみたが、痕跡ひとつなかった。
「悪いけれど、見てないね」
「そうですか」
すると、彼から少し遅れて二人の女性も走ってくる。一人は何度か話をしたラクアだが、もう一人は私の知らない人だ。
「その人は……」
「ジェビリー王女だよ。本人で間違いない」
「見つけ出すことに成功したのですね」
「これから隠れ城の方へと向かうんだけど……」
そうアレクが言った。
その時、私は少しだけ違和感を覚えた。彼は王城から続いている通路を通って隠れ城にくる予定だったはずだ。こうして森の中を通ることはない。
「隠し通路からではなかったのですか?」
「ミリシアが確保してくれる予定だったんだけど、魔族が押し寄せてきてね」
「おそらく隠し通路から出てきたのよ。城壁には誰もいなかったからね」
アレクに続いてラクアも説明してくれる。どうやら当初の予定から変わってしまったが、予想外のことが起きてしまったのなら仕方がない。
それに結果としてここに王女を連れてくることができたのなら問題はないだろう。
「それより、エレインが気になるね」
「……私はこのままお兄様を探します。アレクさんはこのまま隠れ城に向かってください」
「わかったよ。だけど、無理はしないようにね」
「最悪の想定は避けます。ただ、私も自制できるかわかりません」
私とお兄様の二人がいなくなることが最悪の展開ではある。そうならないよう何があっても無理はしないことが大切だ。
しかし、私とて意思のある人間だ。我を忘れてしまうことだってあることだろう。
「……なら僕と一緒に来てほしい」
「アレクさんと、ですか?」
「一人で行動するよりも安心だからね。自制が効かないのなら尚更だよ」
「ですが、お兄様を探し出さないと」
「エレインなら大丈夫だよ。彼は異次元の力を持っているから」
そういう彼の目は強い信念のようなものが見えた。それはエレインを何年も見てきたから言える確信なのかもしれない。
私はまだお兄様の真髄を知らない。もちろん、アレクやミリシア、レイの真髄も知らないことばかりだ。
彼らはエルラトラムに来てからまだ本気を出し切っているわけではない。
もちろん私も同じようなものだ。訓練時代より今の方がだいぶ楽な生活をしている。
少しはお兄様の実力を過信してもいいのだろうか。
「わかりました。私もアレクさんと同じく信じてみます」
「それはよかった。とりあえず、城へと向かおうか」
「はい」
若干の不安を私は振り払い、アレクたちと共に隠れ城へと戻ることにした。時間にしてすでに聖騎士団が制圧した頃だろう。
少なくともあの城にいた魔族は殲滅した。問題なく制圧できたことだろう。
私はお兄様の無事を祈りながら、混沌と映る暗い森を抜けることにした。
こんにちは、結坂有です。
エレインなのですが、どこに行ってしまったのでしょうか。それともどこにも向かっていないという可能性もありますね。ただ気になるのは能力持ちの魔族の存在です。
ジェビリー王女に成り代わっていた魔族は……
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
評価やブクマ、いいね!なども大変励みになりますので、押してくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu




