影の正体を破る
私、ミリシアはリーリアとアギスと警備隊駐屯施設へと侵入していた。
アギスが言うには普段からこの施設には門番のような人が立っているらしい。
理由はわからないが、おそらくまともな理由というわけではなさそうだ。こうしてこの施設から強烈な魔の気配が漂って来ているのだから。
「ミリシアさん、施設内に入ってみましたが、どうも変ですね」
「ええ、アギス。いつもこんな感じなの?」
「違うよ。普段なら何人も警備隊の人が出入りしているからね。それに今はちょうど交代の時間だよ」
防壁警備の交代の時間だと言うのに誰一人としてここにいないのは変な話だ。
ただ、それよりも気になるのは魔の気配の方だ。
「……人がいないのは想像できるわ。この施設に地下があるのかしら」
「そうだね。誰も出入りしているところは見たことないけれどね」
「そこに案内してくれるかしら?」
「僕たち三人だけでいいのかい?」
すると、彼は確認するように質問する。
もちろんこれ以上応援を呼ぶことなんて今の状況下でできることではない。エレインもアレクも聖騎士団もそれぞれ自分たちの役目があるのだから。
それに私たちは与えられた役目を放棄してここまで来たのだ。他の人を巻き込むわけにいかない。
「大丈夫よ。今さら増援なんて呼んでる暇もなさそうだし」
「……確かにそうだね」
「それでは行きましょうか」
アギスの案内のもと、私たちはその地下に続く階段の方へと向かうことにした。
話によるとこの階段を上り下りしている人は見たことがないそうだ。この階段の先に何があるのか聞いてみたことがあるそうだが、それでもはっきりとした答えは返ってこなかったらしい。
確かにこうした謎の階段や扉と言うのは古い施設にはよくある話だ。ただ、誰も確認したことがないというのはどうも変だ。おそらく何者かによって口封じがなされているのだろう。そうでなければ誰かがきっと確認するに違いないのだから。
「重そうな扉だね」
そんなことを考えながら、階段を降りて薄暗い廊下を進んでいくと大きな鉄でできた扉があった。
ところどころ錆びているようで、近づくだけでも鉄錆の臭いが漂ってくる。よく見てみると何か紋章のようなものが彫られているようだが、今のドルタナ王家の紋章とは違うようだ。
「……最近使われた感じもあるわね」
地面を見てみると鉄錆が散らばっていることから最近ここを開け閉めしたというのはわかる。それが一体いつなのかはわからないが、開かないということはないだろう。
「開けてみましょうか」
「開けるのは少し怖いわね。でもここから魔の気配が漂って来ているのは間違いないようだし」
「……開けるより、壊すほうがいいんじゃないかな」
すると、アギスがそう呟くように言った。
「壊す?」
「うん。開けるとなれば僕たちは少し不利になるからね」
「まぁそれはそうだけど。私たちでは壊せないわ」
私のやリーリアの魔剣ではこの鉄扉を破壊することはできない。アギスの持つ聖剣の能力はなんなのかはわからないが、この鉄扉を破壊することができるのだろうか。
「僕の持つ聖剣の能力は破裂だよ。対象に少しでも斬り付けることができればそこを起点に破壊することができる」
聖騎士団の記録によれば破裂という能力は切り込みを入れることでそれを起として破裂、つまり爆破のようなことができるそうだ。
ただ、それには少しだけ制約があるらしく、爆破できるのは物に限るらしい。人間や魔族の肉体に直接は作用できないのだ。もちろん、来ている服や鎧などはその破裂によって破壊できるらしいが、どちらにしろ対物を想定した能力のようだ。
「変わった能力の聖剣ね。私たちの国ではあまり需要がないから」
「そうみたいだね。僕も聖剣のことを調べ直して初めて知ったよ」
こうした扉を壊すなどと言った場合においてはかなり有効的ではあるものの、普段の戦いでは特に役には立たないのかもしれない。まぁ結局は使い方次第ということだ。
「それではアギスさん、よろしくお願いします」
「私たちは後ろから援護するわ」
「頼むよ」
そう言って彼は剣を引き抜き、鉄扉の大きな蝶番へと斬り付ける。
カチィンと金属が削れる音と同時に何かが破裂したかのような音が薄暗い廊下を響かせる。
そして、大きく不快な音を立てながらゆっくりとその鉄扉が倒れる。
「っ! この扉を開くとは……」
この施設に入る前に聞いた警備隊隊長の声が一瞬聞こえたかと思うと、また暗闇の中から上位種の魔族が飛び出してくる。
「くっ」
その急な襲撃に一瞬だけ判断が遅れるアギスだが、私とリーリアがすぐに前に突撃することでその襲撃を防ぐ。
「……他はいなさそうね」
「はい。私の方もいませんね」
まだ強烈な魔の気配が漂っている。おそらく奥にまだ魔族がいるのだろう。それにしてもここはなんの目的で作られた空間なのだろうか。
大きな鉄扉には見たことのない紋章が書かれていた。この国の歴史はほとんど知らないが、おそらくは前の国家が作ったもののようだ。ということはここは防壁内外の連絡通路として使われていたのではないだろうか。
エルラトラムにも似たようなものが多く点在していることだ。この国にもあったとしても不思議ではない。
「さすが聖騎士団だね」
「これぐらい普通よ。たったの二体だったし」
「それより、さっきの声は警備隊隊長の声ではなかったでしょうか?」
「そうだね。先に進もうか」
「ええ」
周囲を警戒しながら私たちは先に進む。魔の気配は相変わらず強烈で、妙な圧迫感を覚えるほどだ。
「ミリシアさん、足元を見てください」
「……血、ね」
「この先の通路は赤黒く染まってるね」
ランタンを上げて、奥の方を見てみると禍々しい赤黒い道が続いている。それと同時に金気臭が漂ってくる。ただ、この血は最近のものではなく古いもののようだ。
すでに乾燥しており、床の材質に沈着してしまっているものもある。
「こ、ここまで来るとは、驚いた」
「……隊長」
すると、暗闇から先ほどの隊長が現れた。
「気をつけてください。彼は幻聴の能力を持っています」
リーリアが再度私に忠告してくれる。しかし、よく見てみると彼の腰には先ほど持っていた聖剣は見当たらない。
「ここにはもう魔族はいない。防壁の外へと逃げた」
「逃したっていうの?」
「悪いことではないはずだ。いずれこの国は真実を知ることになるんだ」
「何を言っているのかな」
この隊長からは冷静さというものがないように感じる。それは私たちよりもアギスの方がよく理解しているようだ。
そして、リーリアの魔剣へと視線を向けると赤紫に光っている。
彼はもうまともな精神状態とは言えないのだろう。
「この”果実”で俺も真の姿になれる……」
荒い息を吐きながら、彼は何かを取り出した。
目を凝らしてよく見てみるとそれは脈打つ肉塊のように見える。見ているだけで気分の悪くなるものだ。
「っ! それはっ!」
リーリアがそういった直後、隊長と名乗る男はその肉塊を大きな口で頬張るように食べた。
そして、男は口から大量の血のような液体を吐き出す。
「グゥアハァア……コレデ、オレモ」
次第に彼は人間の声ではなくなり、重く低い掠れたような声に変わっていく。
ミチミチと何かがはち切れるような音と同時に彼の着ている鎧が崩れ落ちるように剥がれていく。まるで爬虫類が脱皮をするかのように。
「なんなの、あれは」
「セシルが食べさせられたものと同じです」
そういえばリーリアはセシルの洗脳を解くために彼女の記憶へと接続した。おそらくそこであの肉塊を見たのだろう。
ならば彼はもう魔族ということだろうか。
「……グウゥウ、マダダ。マダタリナイッ」
両手を地面に突き、力を込め始める。ゴゴゴッと地鳴りと共に地面が大きく揺れ始める。
その揺れに耐えるために私たちはしゃがみ込んで体勢を保つ。
「血を、吸っているのかな」
アギスの言葉を聞いて私も赤黒い床へと視線を向ける。
乾燥して固まっていたはずの血が彼の両腕へと吸い込まれていくように流れていく。
「まずいですね」
「ええ、完全体になる前に始末しないと」
「流石にこの揺れでは厳しいね」
確かにこの揺れでは走り込むのも難しい。下手に動けば彼も警戒して攻撃を仕掛けてくることだろう。
もちろん、遠距離でどうにかできるわけでもない。
今動くのは危険だ。仕方ない。ここは完全体になってもらうしかないか。
「ミリシアさん、どうしますか?」
「……私がなんとかするわ。リーリア、時間稼ぎはできる?」
「なんとかやってみます」
「僕も協力するよ」
「キサマラ、コレガ、シンノチカラダッ」
そんな短い合図を二人に出すと、ある程度吸い上げたのか魔族へと成り果ててしまった隊長がゆっくりと立ち上がった。
その肉体は大きく隆起して、人間という形からは大きく変貌してしまっている。丸太のように太い腕に額には一本の鋭い角が生えている。肌の色は先ほどの床と同じ禍々しい赤黒い色をしている。
「コノチカラ、オモイシレェッ!」
咆哮に似たその言葉と共に彼は私たちへと走り込んでくる。それを見た私はすぐに体勢を立て直し、片膝をついて剣を構える。
「はっ!」
リーリアは双剣で魔族へと斬りつける。その美しくも素早い剣撃はエレインから訓練を受けているおかげもあって非常に強力なものだ。
そして何よりも彼女の持つ魔剣の能力も相まって攻撃を寸前で避けることもしている。
「せいっ!」
続いてアギスの追撃が始まる。先ほどの破裂という能力は物ではないために使用はできないものの、地面へと斬りつけることで破裂を起こし、その衝撃をうまく剣撃に乗せることで強力な剣撃を放つことに成功している。
もちろん、あの攻撃は私でもまともに喰らいたくはないものだ。
「グゥウウ、ソノテイド、ワガミニハ……」
大きく隆起した肉体には深い裂傷が無数にあるものの、一向に彼の動きが衰えることはない。
やはりあの技を使わざるを得ないようだ。
「……滅暉を以て、動を断つ」
自分に言い聞かせるようにそう呟いて、私は一気に駆け出す。
それと同時に私の視界は薄暗くなっていく。亜音速によって生まれる圧力波で光を屈折させ、私をその闇で覆う。
ジュザァンッ!
そして、その亜音速の動きを維持したまま私はその魔族へと走り込む。
「ナゼ、ソコニ……」
彼は後ろ目で私を見つめている。全身から大量の血液を吹き出しながら。
「動はやがて、静へと還る」
言い終えると、私の纏っていた亜音速の膜が消える。そして、魔族の体が分解されるように崩れ落ちていく。鎌鼬に弄ばれるかの如く。
この”滅暉極閃撃殺”は私の奥義とも言える技の一つだ。溜め込んだ全身の力を一瞬で吐き出すことで繰り出されるこの技は正直なところ連続では扱えない。
先ほどの魔族が死んだのを確認した私はそのまま地面へと倒れた。
こんにちは、結坂有です。
ミリシアの大技も今回が初めてですね。
彼女らしい強力な技のようですが、今回は大人数を相手にできるような技ではなさそうですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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