圧倒的力をぶつけて
俺、エレインはアイリスと共に隠れ城に潜む魔族を制圧していた。
上位種が内部にいると考えていたものの、その数はたったの十体程度だった。それもルクラリズの言っていたような能力持ちではない。
やはり、この隠れ城は罠だったか、もしくは囮だった可能性がある。もちろん、ただの囮というわけではなく、魔族を隠すという目的もあったのかもしれないが、本丸はここではないというのは間違いないか。
「お兄様、変ではありませんか?」
「罠だろうと思っていたが、囮だったのかもしれないな」
「ということは魔族の狙いは一体なんなのでしょうか」
おそらくだが、彼らは直接この国を支配したいと思っていないのだろう。直接的な支配よりももっと強力な方法、それは積極工作による洗脳だ。
「獲得工作という言葉を知っているか?」
「……はい。対象組織の関係者を利用する諜報手段の一つですね」
「おそらく魔族はそれを行なっているのだろう。水面下で色々と続けられてきたことなのかもしれない」
「ですが、あくまでそれは仮定の話ですよね?」
「そうではない。魔族も知能的に人間と大差ないはずだ。それならこの作戦を作り出すことだってできるだろう」
知的な作戦で俺たち人類を攻撃してきているのは目に見えている。彼らは少なくとも人間と同等以上の知能を持っていると見ていいだろう。ただ、全ての魔族が知的かと言われればそうではない。言語を持たない下位の魔族もいることだからな。
ここで問題となってくるのが上位種、それも神を直接喰らったことのある能力持ちの魔族だ。ゼイガイアやグランデローディアを含む最上位に位置する連中がどのような知能を持っているのかは未知数だ。
彼らと同じルクラリズを見ても人間と同等の知能があるのは間違いないからな。戦いの作戦を指揮しているような中枢の連中がどのような思考能力を持っているのかはわからない。
「ルクラリズを見てもそうだ。彼女は魔族の世界では戦いに関わることがなかったと言っているが、それでも知能は人間と同等だった」
「つまり、戦いに関わっている最上位種の魔族はより知的な作戦を組める可能性があるということですか」
「そう考えて間違いないだろうな。ただ、彼らがどのような目的で人類を滅ぼさないでいるのかはわからないが」
前にも考えたことだが、彼ら魔族が人類を滅ぼそうと本気で思えばもっと早い段階で出来たはずだ。それなのに彼らは俺たち人間を野放しにした。その理由は一体なんだ?
このような作戦を組めるほどの魔族がいるのだ。俺たちが理解できないような目的があるのかもしれない。
「もしそうなのだとしたら、嫌な予感がします」
「俺もだ」
俺は隠れ城内に倒れている上位の魔族を一瞥する。
彼らは身に纏っている服はどれも警備隊の紋章の入った鎧を着ていた。甲冑などを着込めば人間と大差ない姿でもある。体格としては非常に大きいものの、赤黒い色と異様に隆起した肌さえ隠せば見た目での判断は難しいだろう。
声は魔族そのもので人間の出せるようなものではないが、普段から話すようなことをしなければそれも特に問題はない。
「そろそろ聖騎士団が到着する頃合いです。私たちはこのまま王城の方へと向かいますか?」
「そうしたいところではあるが……」
その瞬間空気の流れが大きく変わった。
この感覚はゴースト型の魔族が実体化した際に発するものと同じものだ。警戒して俺は周囲を見渡す。彼女もそれに続いて周囲を確認する。
しかし、実体化した魔族はいないようだ。
「なんなのでしょうか」
アイリスもなんの気配なのかはまだ理解できていない。しかし、この感覚は間違いなく上位種に分類される魔族のそれと同じだ。
それならまだこの隠れ城に魔族が潜んでいる。いや、俺たちに攻撃を仕掛けてきているはずだ。
「……ふふっ、かかったわね。剣聖」
その声が聞こえた瞬間、鐘のような異音と共に視界が一瞬にして暗転した。なるほど、遅かったということか。
◆◆◆
僕、アレクはジェビリー王女とラクアと共に王城から脱出を試みていた。エレインがこの場所に来ることはもうないだろう。彼らは彼らの役目を果たしているに違いない。
それよりも気になるのはミリシアたちの方だ。彼女は僕たちの脱出を支援してくれるはずなのにまだこの場所に来る気配はない。何か問題があったのか、それとも直前で、それも独断で作戦を変更したか。
どちらにしろ、彼女たちの援護がないのなら僕たちは全力でここから脱出するしか方法はない。
「アレク、どうすれば?」
「まだ魔族の軍勢が来てるね。下位ではあるけれど、かなり大勢だよ」
「……私たちだけでなんとか対処できるわけ?」
「僕一人ならなんとかね。でも、ここにはジェビリー王女がいる。彼女の安全を確保した上で脱出しなければいけない」
彼女を見捨てて僕たちだけが脱出しては本当の意味でこの作戦を遂行させることはできない。彼女を見捨てるという判断を僕たちがすればそれこそ、このドルタナという国が崩壊してしまう。
戦争に勝つだけならなんとかできる。ただ、その勝ち方にも正しい方法を取らなければいけない。多大な犠牲の上での勝利は歴史という大きな目で見れば敗北に等しい。一時は勝利できたとしても次の戦でまた同じ犠牲を出して勝ち忍ぶということはできないからだ。
こうなってしまった以上、何をしても犠牲は付き物だ。それは仕方のないことなのだ。だから、僕たちは事態が悪化しないよう犠牲を最小限にしなければいけない。
「私のことならどうなっても構いません」
「悲観するにはまだ早いよ」
「魔族の軍勢が押し寄せているのでしょう。あなた方二人で私を護衛することは難しいかと思います」
確かに普通に考えればそうなるだろう。僕たちができることは限られている。聖剣を持っているわけではない丸腰のジェビリー王女は戦いに参加することはまず不可能だ。
とはいえ、全てが終わったわけではない。まだ僕たちには命がある。
そう、命があるかぎり抗うことはできる。
「ラクア、危険だと判断しても迷わずまっすぐ走ってくれないか?」
「え?」
「ジェビリー王女もそれでいいかな?」
「……もともと死んでいる身です。今更迷うことはありません」
どうやら彼女は僕たちにこんなな早くに助けられるとは思ってもいなかったのだ。いや、そもそも助けなどないとばかり考えていたのかもしれない。
ただ、それでも僕は彼女を助け出したい。僕たちに残したメッセージは彼女が発した小さな助けて欲しいという想いだ。それを僕は見過ごすことはできなかったのだ。エレインやミリシアには無理をさせているのかもしれない。
「わかったわよ。そこまで言うのなら信じるわ」
「助かるよ」
ラクアにそう小さく礼を言って、僕は自分の持つ聖剣へと心の中で語りかける。
『頼むよ。その力を分けてほしい』
すると、聖剣が自分の義肢を通して何かが流れ込んでくる感覚がする。大聖剣と呼ばれるほどの強力な能力らしい。だが、自然災害を起こすほどのものではない。
それでも制御するにはそれ相応の資格と技術がいる。そのすべてを今の僕は持っている。ならそれを使わないでどうする。
「ちょっ、なんなのよ。その力」
当然ながら、ラクアは自分の中に精霊を宿している。彼らの持つ聖なる力を多少なりとも感じ取ることができるのだろう。
「大聖剣の力だよ。これが、僕の本気というわけだね」
「どういうこと……」
魔族が壁を破壊して僕たちのいる廊下へと流れ込んでくる。その数は百体を超える数だ。
「さっきの言葉、信じてほしい」
「……そうですね。私も走ります」
「え? ちょっと」
ラクアはまだ何か不安を残しているものの、ジェビリーの覚悟を決めた走りにつられたのかすぐに彼女も走り出した。
僕は彼女たちから少し遅れて目を開く。
魔族の数はざっと見ただけで百体以上。僕はその軍勢の中にある一筋の綻びを探す。
「そこだね」
見つけ出したその綻びを凝視する。すると、次第にその部分が青く光っているように見える。
剣舞だと言われる僕の連続攻撃はこの淡く光る青い光を目印にただ剣を振っているだけに過ぎないのだ。
「はっ!」
僕は一気に駆け出す。先に走り出したジェビリーやラクアを一瞬で追い越して剣を突き立てる。
「うそっ」
自分の体全身で風を切っているような感覚だ。耳元で風切り音がずっと鳴っている。しかし、それは訓練時代から何も変わっていない。僕の動きはさらに速くなる。
「ふっ!」
僕は全身で円を描くようにして斬り進める。
ジュンジュンッ!
そして、聖剣の能力”増幅”を使ってその剣閃はより強力な斬撃へと強化される。
左右の魔族はもちろん、その周辺にいる魔族ですらもその増幅によって強化された斬撃によって体が裂かれるようにして吹き飛ぶ。
無数の円が僕を中心に波紋を描くようにして広がる。
「……何よ、その技」
「とりあえず、道は開けたよ」
もちろん、今の攻撃で魔族を全滅させることはできなかった。しかし、僕たちが脱出するには十分な道を確保することができた。
その引き裂かれた魔族の軍勢の間を一気に僕たち三人は走り抜ける。
集団を突破すると、ラクアは精霊の力を解放して門を破壊する。王城内に魔族を閉じ込めたことになる。王城から脱出するのは城門がこのように壊れてしまっては難しいことだろう。
「これで、閉じ込めれたわ」
「……あなたは人間なのですか?」
「私は精霊を体に宿してるからね。でも、そこのアレクって人は化け物よ」
「僕も人間だよ。正真正銘のね」
「嘘よ。あんな技、どう考えてもおかしいでしょ」
すると、ラクアは僕を指差しながらおかしいと言う。僕としては訓練施設での技の一部を繰り出しただけに過ぎない。正しい施設で正しい訓練を行えばあれぐらいはできるはずだ。
「ふふっ、聖騎士団と言うだけありますね。私の知見はどうも小さかったようです」
「いやいや、この人がおかしいだけだからっ」
そう彼女はジェビリーに顔を赤くしながら説明する。
ただ、この技をエレイン以外の人に見せるのは始めてだ。僕の動きを見て彼がこの技の原型を編み出し、それを僕がアレンジしたのだ。
この”裂糸破斬円撃”という技は集団の綻びを見つける必要がある。今回もそれが見つからなかったら失敗していたことだろう。
少なくとも僕はこの博打のような技はあまり使いたくないものだ。
こんにちは、結坂有です。
ついにアレクの大技が見れましたね。とはいえ、今回は少し多用したくない技でしたが……
それでも強力な技には違いありません。これからの活躍にも期待ですね。
それにしても、エレインたちは大丈夫なのでしょうか。気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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