力を証明して
私、リーリアは幻覚に惑わされている。
正確に言えばこれは幻聴に近いものだ。視覚的には特に影響はない。ただ、その幻聴の内容に精神的に苦しいものとなっている。
『リーリア、俺には必要のないメイドだ』
そう言った内容の言葉をエレイン様の声で何度も何度も脳内で流されている。耳を塞いだところでそれらが聞こえなくなるわけでもない。私が一番信頼し、敬愛している人からのそのような言葉は今まで訓練で受けてきた拷問よりも辛いものだ。
それに聞こえるだけではなく、それらは脳内に直接流れ込んでくるもので、次第にエレイン様は私のことを必要のない無能な人間と思っているのではないかと急激な不安に駆られる。
「大丈夫?」
「……私は、大丈夫です。それよりミリシアさんは?」
「突撃してきた上位の魔族七体はなんとか倒せたわ。ルクラリズの言っていたような能力持ちじゃなかったみたいだしね」
確かに能力持ちの上位魔族でないのなら彼女にとって苦戦するような相手ではないのだろう。
しかし、今の私ではどうも正常な精神状態ではない。まともに剣を握り、相手を見定めて戦えるほど平静を保つのは難しいところだ。それは私の魔剣の能力を使っても同じことだ。そもそも、魔剣の能力を常に行使し続けるのは自分の精神を見失ってしまうことにつながる。そのことはこの魔剣を使って戦っている以上理解しているつもりだ。
ただ、エレイン様のことを考えるとそのことをどうでもいいことのように思えてしまう。カインから忠告を受けるまでは自分でも判断できていなかったことなのだから。
「それより、あの隊長の攻撃はなんなの?」
「幻聴を司る聖剣です。能力としてはそこまで強力なものではありませんが、今の私にとっては効果的でしたね」
「……リーリアがここまでやられるとはね」
「すみません。こう言った攻撃には強いと自負していたのですが……」
今までこうしたことがなかったのは本当に人を愛したことがなかったからなのだろう。よく愛する人ができれば強みになると言われるが、今の私にとっては逆に弱みになってしまうようだ。
つまり、強みと弱みは表裏一体、時と場合によって変わってしまうと言うことだ。
「いいのよ。まだ窮地っていうほどでもないからね」
そう言ってミリシアは周囲を見渡す。
警備隊隊長と名乗る男の持っていた聖剣から植え付けられた幻聴は自分の持つ魔剣スレイルによって除去されつつあるが、それでも完全に除去するにはもう少しだけ時間がかかる。
「少しは楽になってきました。私も次からは戦います」
「本当に大丈夫なの?」
「残響はまだ残っていますが、戦えないほどではありません」
正直なところ手先の震えは残っている。とは言っても、いつまでも戦わないでいるのは問題だ。
こうした状況下なのだから、どこかで境界を付けて戦わないといけないのだ。
「そう判断したのならそれを信じるわ。それより、魔族の気配はそこまで強くはないわね」
「何か問題があるのでしょうか?」
「問題があるというよりかは、魔族の動きが読めないわ。ここに上位の魔族が現れたのは確かだけどね」
そう言って彼女は少し奥に倒れている七体の上位種魔族を一瞥した。
確かに私たちを倒すためなのだとしたら少しだけ数が少ないように感じる。彼らは私たちが聖騎士団だという情報を知っていた。それに三十人以上の小隊でこの国に訪れていることも。それならここで確実に仕留めるために全力で仕掛けに来ると推測できる。
だが、現実にそうはならなかった。
「……ですが、私たちの目的地は大門ではなかったでしょうか?」
「まぁそうだけど」
「では、そこに行ってみるのはどうでしょうか。先ほどの隊長と名乗った人もいるかもしれません」
「リーリアは行けるのなら」
「私の心配より、任務の遂行を優先してください。一国の運命がこの作戦にかかっていますから」
私の問題はそこまで大きいものではない。いざとなれば魔剣スレイルの能力を解放して強制的に抑えつけることもできる。今は任務の遂行を第一に考えるべきではないだろうか。
そもそも、私たちはこの国を調査しに来たのではなく、救うために来たのだから。
「そうね。ここで立ち止まってはいけないわね」
「はい。前に進みましょう」
「強いのね。リーリアは」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。とにかく、厳しい戦いになるのは覚悟して」
一瞬だけ優しい表情を見せたミリシアだが、すぐに険しい顔になり前を向いた。
彼女の技術力は凄まじいものだ。それは彼女たちの訓練を見ていて理解していることでもある。
そんな彼女が私に対して強いと言った。その言葉の意味はまだわからない。ただ、その言葉が嘘や励ましの言葉ではなく正直な感想なのだと私は思った。
それから大門の近くにある警備隊駐屯施設へと向かった。相変わらず不気味とさえ感じるほど閑散とした街道の先にその施設は待ち構えるようにして建っている。そして、それと同時に強烈な魔の気配も襲いかかってくる。
この感覚は聖騎士団に所属していた時に何度か経験したことがある。そう、それは魔族の拠点に攻撃する時に感じた感覚に近い。ただ今回はその時と比べて非常に密度が高いということ、それが意味するのは上位の魔族が多く集まっているということだ。
彼女の言っていたように厳しい戦いになるのは避けられないようだ。
「ここまで来たのだから逃げることはできないわね」
「そうですね。すでに私たちは狙われているようです」
罠にかかってしまった、いや自ら死地に入ったようなものだ。それはエレイン様とアイリス様も同じで、怯んでいる場合ではない。一度覚悟を決めたのならやり切るだけだ。
「行きましょうか」
「……ちょっと待って」
すると、ミリシアが急に立ち止まって後ろを振り向いた。
私も後ろへと振り返ってみるとそこには昼間に出会ったアギスが立っていた。
「そこにいるのは、ミリシアか?」
「アギス、ここは危険よ。上位の魔族が……」
「それはもうわかっているよ。まさか隊長があんなことを言うなんて思ってもいなかったけどね」
ミリシアの話によればアギスもこの西側防壁警備隊の一人だったようだ。それなら少しは事情に関して知っていても不思議ではない。
「よくよく考えてみればおかしな点はあったわけだ。まるで魔族が来るのを事前に知っていたかのような人だったからね。警備らしい警備なんて西側の警備隊はしていないんだよ」
「つまりは、ずっと前からあの隊長は魔族と協力関係だったってことかしら」
「これから詳しく聞こうと思って来たんだ。さっきの魔族は君たちが?」
「ええ、そうよ。あの駐屯施設には魔族がいるのは確かよ」
そういうとアギスは一瞬だけ驚いた表情をしたが、すぐに納得したかのように小さく頷いた。
すでに隠れ城に魔族が入り込んでいるのは彼が自分の目で確認して知っていることだ。当然ながら、駐屯施設に魔族が潜んでいると言われたところでそこまで驚くことでもないのだろう。
ただ、それでも彼の中から若干の憤りのようなものが見える。おそらく心当たりがあるからそう感じているのだろう。
「あの地下牢のことかな。まぁ行ってみればわかることだね」
「……心当たりがあるのなら心強いわ。私たちと一緒に付いてきて」
「もしかして僕たち三人だけで挑むつもりかい?」
すると、彼は少しだけ意外そうに私たちを見ると周囲を少しだけ見渡した。
「そうだけど、何か不満かしら」
「不満はないよ。ただ、他の聖騎士団は何をしているのかなと思っただけだよ」
「隠れ城の完全制圧のために人員を割いてるの。それにここに来たのは私たち二人の独断だからね」
「なるほどね」
彼としてはまだ納得していないけれど、深く追及しようと思っているわけでもないらしくそれ以上は詳しく聞こうとはしなかった。
しかし、それでも彼としては不満に思うのは仕方のないことだ。
「……待ち構えているのは間違いない。けれどやらないといけないからね。行くわよ」
そうミリシアが私とアギスに言い聞かせるように言うと彼女もまた小さく頷いた。そして、彼女は魔剣を引き抜いて戦闘態勢に入る。
私とアギスもそれに続いて剣を構える。きっとここにいる魔族の連中はエレイン様やアレクの作戦を阻止するために動こうとしていた。主人の邪魔をするものは誰であろうとこの私が許さないのだから。
こんにちは、結坂有です。
上位魔族の集まる場所へと向かったミリシアとリーリアですが、これからアギスと連携して攻め込んでいくみたいですね。それにしてもリーリアも強いですね。これからも彼女たちの活躍には期待したいです。
また、ドルタナ王国を攻めようとしている魔族の動向も気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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