後回しの問題
私、ミリシアはアレクたちの脱出経路を探るために王城周辺へとやってきた。そろそろアレクたちが城内に侵入してジェビリー王女を助け出す準備をしていることだろう。個人的には彼女が王女であるか魔族であるのか、それともただの人間なのか…… そんなことは別にどうでもいいことだ。その結果として私とリーリアの仕事が大きく変わることはない。
しかし、どうも先ほどから胸騒ぎのようなものを感じる。この予感は魔族が帝国を襲撃してきた時と同じようなものだ。当然ながら、魔族がこの国に入り浸っているのは事実なようだ。ただ。それを考慮したとしてもどうも胸騒ぎが収まる気配はない。
いつもの私なら事実を認識すればこうした緊張に似たものは消えていくのだけれど。
「ミリシアさん、何か不安なことでもあるのですか?」
そんな私を見て心配になったのか横で私と同じく待機していたリーリアがそう話しかけてきた。
彼女の魔剣には人の精神を覗き見る能力があると聞いている。どこまでそれが正確なのかはわからないが、その能力に私自身も助けられてきたことだ。
「そうね。嘘を言うつもりはないから正直に言うけれど、この作戦が失敗しそうな気がするのよ」
「どう失敗するのでしょうか?」
「まず考えられるのはアレクがジェビリー皇女の救出に失敗することね。まぁ彼なら少し強引な手段を使ってでも失敗はさせないはずね」
考えられる最悪な状況というのはジェビリー王女が本人だった場合、彼女の救出が失敗することが想像できる。しかし、それと言うのはアレクはきっと許さないことだろう。彼なら少々作戦から逸脱してでも王女を助け出すはずだ。それはエレインも同じように判断するはずだ。
では、最終的に可能性として高いものは想定されない場所からの魔族の攻撃だ。
「……だけど、私たちが考えていないような場所から魔族が攻撃してきた場合、私たちの作戦は失敗する可能性が高いわ」
「確かにそうですね。今回は聖騎士団も数が少ないことですし、他の監視が怠るのは仕方がないことですが」
「ええ、それにここに来てすぐこの作戦を決行したこともあるわね」
加えて魔族にはゴースト型と呼ばれる厄介な存在がいる。彼らは気配以外で探知することがほぼ不可能だ。私たち小さき盾には光系統の聖剣を持っていない。その上、エルラトラムに登録されている光系統の聖剣はその他と比較して圧倒的に数が少ない。聖騎士団の中でも上位でその能力を持っているのはたったの数人程度なのだ。
幸いなことに彼らは実体を表さない限りは攻撃することができない。攻撃するには一度実体化する必要があり、その際に音が出るようだ。エレインほどの探知能力があれば気付けるのかもしれないが、私やアレクにはそのような荒技はできない。
「ゴースト型と言う魔族のことが気になりますか?」
「そう考えるわよね。だけど、彼らが直接攻撃してくることはほとんどないわ。今回の場合は私たちの行動が全て筒抜けになっているって状況ね」
「それは非常に危険な状態ですね」
「まぁ私の杞憂に終わればいいのだけれど、そう言うわけにはいかなさそうね」
「そのことはエレイン様やアレクさんにはお伝えしましたか?」
正直なところ、エレインたちの話を聞いている時はそんなこと考えてもいなかった。ゴースト型が私たちの行動を監視しているなんてことは今までなかったことだからだ。いや、それはエルラトラムと言う国だったから言えることなのかもしれない。
エルラトラムの侵入へはいくらゴースト型とはいえ、困難を極めるはずだ。つい最近、聖騎士団の巡回も増え、彼らが国内で隠れ忍ぶのも難しい状況だからだ。それの対してこの国はエルラトラムほどに警備が強固ではない。特に魔族に対してはそこまで強いとは言えない。私とレイが自由に動き回れたぐらいだ。
もちろん、人の目と言うのは強力だが、大抵の人はゴースト型の魔族を立った気配だけで感じ取ることは不可能だ。
「伝えていないわ。考えていなかったことだし」
「そうですか」
「そもそも私たちがこのドルタナ王国に来た時点で監視されていたのかもしれないわね」
「……ですが、エレイン様ならきっとなんとかします。私たちも行動できることはないでしょうか」
正直取れる作戦はいくらでも考えられる。ただ、そのどれもが今やろうとしている作戦を中断せざるを得ないものだ。
「アレクたちの脱出経路を確保すると言う任務を放棄しないといけないわ」
「難しい決断ですね。私はミリシアさんを信じます」
すると、リーリアはまっすぐな眼差しで私にそういった。
彼女は私に対してそこまでいい印象を持っていないと思っていたが、ことこう言った状況では個人的な感情を抜きにして考えれるようだ。確かに高い精神力を持っていることから自制心と言うのも当然ながら強いのだろう。
しかし、そこまで他人を信じることができるのはどうしてだろうか。
「……どうして私を信じられるの?」
「私はエレイン様を何よりも信じております。あの方が信頼できると言うのなら私も信頼するのは当然のことです」
「つまり、エレインの意思に従うってことね」
「もちろんです」
それがリーリアという人間なのだろう。エレインを守るために全てを捧げる、そしてエレインのためならなんでもする。たとえ、それが敵地に突撃することであっても、彼の身代わりになることだとしても同じことだろう。それに強い精神力を持っている彼女はどんな拷問であったとしてもそう簡単に口を割らない。
従者にしては最強ということだ。
「わかったわ。今やろうとしている作戦は中止よ。私たちは魔族の掃討作戦に移るわ」
「……掃討作戦、ですか? それはエレイン様がやろうとしていることではないのですか?」
「彼は隠れ城に潜む魔族を担当しているわ。だけど、それ以外の魔族には対処できない。彼だって一人だからね」
「隠れ城以外にも魔族がいる……心当たりはあるのですか?」
「ええ、一つだけね」
私たちがこの国に入ってくるのを監視することができる最も最適な場所、その場所は防壁しかない。この国に入る際に使った東側の門には魔族の気配は全くなかった。もちろん、ゴースト型が存在した可能性も否定できないが、そもそも彼らの直接の脅威性はないわけだ。それにあの場所に実体のある魔族がいたとは到底思えない。
それなら考えられるのはただ一つ、東側と同じような作りをしている防壁で出入りできる大きな門の場所。それは反対側にある西側の防壁だ。
「西側の防壁、それも大門がある場所よ」
「ここに来た時にすぐ向かった場所ですね。あの場所に魔族がいるのですか?」
「可能性としてはね」
私の想定としてはこうだ。
西側の防壁はすでに魔族の手によって昔から制圧されていた。しかし、すぐに彼らは国を制圧することはせず、ゆっくりと国内の情勢を監視していたのだ。もちろん、なんらかの裏工作をした可能性もあるものの、それは推測の域を出ない。
今回の魔族はまるで人間を病に冒す病原体のようなものだ。長い潜伏期間を経て、徐々に悪さをしていく。その一つ一つは小さなことでも次第にそれは大きくなっていく。
「……厄介極まりないわね」
つい、口に出てしまう。今回の魔族は計画的にこの作戦を積み上げてきた。かなり知能のある魔族が統率しているのだろう。
「では、すぐに向かいましょう。ここからでしたらまだ移動できます」
「そうね」
それから私たちは闇を切り裂くようにして走り出す。アレクには申し訳ないが、ここは彼に頑張ってもらう必要がある。私たちがやるべきことは上位種の魔族、それもこの作戦を指揮している存在を排除するべく向かう。
エレインが向かった隠れ城というのはおそらく罠なのだろう。当然、彼なら難なく制圧できるだろうが、問題は西側の防壁だ。おそらく上位種の魔族が多くいることだ。苦戦を強いられるのは目に見えている。
「リーリア、危ないと判断したらすぐに逃げて。それだけは約束よ」
「……どういう意味ですか?」
「厳しい戦いになるかもしれないってことよ。今は二人しかいない、全滅も視野に入れて行動するべきなの」
「そう、ですね。わかりました」
私がそう言うと彼女の表情も次第に険しいものへと変わっていく。彼女も私の発言からこれからすることの危険性を理解しているのだろう。ただ、そんなことは今に始まった事ではない。エレインと一緒に動いて回るのなら命の危険は今までに何度もあったはずだから。
そんな考えるだけで嫌なことは脳の片隅に追いやり、私たちは西側の方へと走り抜ける。
こんにちは、結坂有です。
ついにミリシアたちも動き出したようですね。エレインやアレクとは違って彼女たちは敵の核心部へと向かうようです。どのような戦いになるのでしょうか。気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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