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助け出すためには

 エレインたちと少しだけ話をしてから、僕とラクアはすぐに王城の方へと向かうことにした。聖騎士団は僕やエレインたちより少し遅れて動き出すようだ。彼らは隠れ城の制圧と占領、そして僕たちは王城にいるジェビリーの救出だ。

 言うまでもなく、これらの作戦は事前に想定していたものではない。聖騎士団団長であるアドリスも今回の作戦ではあまり被害を出さないでほしいと強く言われた。それもそのはずで、この作戦には魔族が関わっているが、この国の市民は何一つ事情というものを知らない。

 ミリシアの情報によればまだラフィンの逃亡で混乱している最中だそうだ。彼女たちがこの国を出てからしばらく経ってはいるものの、それでも状況は変わっている様子ではないらしい。

 今後の予定を考えているとすぐに王城が見えてきた。


「そろそろね」


 目的の城壁へと近づくとラクアがそう話しかけてきた。彼女の表情を見てみると緊張している様子ではない。日々僕やレイと訓練しているからこそ、自分に自信が持てているようだ。彼女自身どう思っているのかはわからないが、表情に出ていないということが大事だ。

 表情や体にその緊張が現れていては技の精度も落ちてしまうものだ。そのような無駄な感情は内心程度に留めておくことが戦う上で重要となってくる。


「ここまで来てしまった以上は引き返せないからね。行こうか」

「ええ、覚悟はできているわ」


 ラクアも心の準備ができているようだ。僕もこうした侵入作戦というものは初めてだ。もちろん、地下訓練施設でもこのようなことを想定した訓練は一度もない。ただ、人よりも気配に敏感なのは確かだ。能力と言えるほどのものではないにしろ、今回の作戦を行うにはちょうどいいことだろう。


「……ちょうどあそこなら監視塔の影になっているね」

「そうね。ミリシアの情報収集能力には驚きだわ」


 彼女がブラドの補佐として聖騎士団に入っていた時、エレインを守るために情報などをかき集めていたようで、その時の経験が今に活かせているのだと彼女は言っていた。ただ、僕の見立てでは天性のものがあるのだろうと考えている。

 彼女自身はそのことに自覚している様子ではないのだけれど。


「とにかくあそこからなら登れそうだね」

「そうだけど、誰かに見られないかしら」

「大丈夫だよ。ここに来るまでに人の気配はなかったし、それに今は夜だ。暗い服装の僕たちを遠目で認識することはできない」

「……ここに来るまでにそんなことを考えていたのね。エレインと一緒だわ」

「僕たちはそう言った訓練をずっとしてきたからね。とりあえず、急ごうか」

「わかったわ」


 鉤縄を使って壁を登るのは訓練でもしたことはなかったが、それでも日頃の訓練と比べればそこまで苦労することではない。ただ、それでも敵に見つかるかもしれないのには変わりない。

 先に僕が登ってみると城壁の上は案外静かなもので、誰かが駐在している様子ではなかった。


「ラクア、登れそうかい?」

「大丈夫よ」


 少し手こずっている様子ではあるが、音を立てずに登れているようだ。

 遅れてラクアが城壁へと登ると彼女も僕と同じような反応をした。


「警備隊はいないのかしら?」

「少なくとも国境の防壁には警備隊がいたのにね。ここにはいないようだ」

「こんな世の中なのに悠長なものね」


 本当にそうなのだろうか。僕としては別のことを考えている。もしかすると、王城関係者に人間はいないのではないかということだ。隠れ城にほとんどの魔族が集結しているとミリシアは予想していたが、ジェビリーが魔族であるという可能性もまだ否定できていない。

 少なくとも僕の前に現れた彼女は人間ではあった。ただ、それでも今回だけで普段は魔族が取り仕切っている可能性がある。


「とにかく嫌な予感がするよ。警戒しながら先に進もうか」

「そうね」


 人気のない城壁を降り、周囲を警戒しながら王城内を歩く。もちろん、こちらも気配を隠しながら。

 王城内も警備をしている人は全くおらず、誰もいないのではないかと錯覚してしまいそうになるほどだ。人の気配もなければ音すらもない。


「なんか二人っきりって感じね」

「仕方ない。あまり得意ではないけれど、やってみるか」

「え、何を?」

「風の音を聞いて周囲の環境を把握するんだ。エレインは常に行なっているみたいだけど」


 エレインの聴力や五感の鋭さに関しては常軌を逸しているとはいえ、その一つ一つはやろうと思えばできるものだ。常日頃からそれらを、それも無意識で行えるのはまさしく天才と言えるだろう。


「……あの人、何者なのよ」

「彼のことは僕でもよくわからない。だけど、不可能なことはしていないんだ。僕たちでも努力次第で彼に近づくことができるからね」

「本当かしら……」


 そう疑問に思うのも仕方ないが、僕でもできそうなことをやっているからそれは事実なのだ。

 ともかく今はそんな話をしている場合ではない。この王城内のことを調べなければいけない。僕は目を閉じ、周囲を流れる風の音を一つ一つ分析するように聞き分ける。しばらく集中していると、次第に細かい音が流れ込んでくる。布の擦れる音、水が流れる音、そしてよりうっすらと心臓の音が聞こえる。


「……一人だけ、人間がいるね」

「それってジェビリー王女?」

「だと思うよ。とりあえず行ってみようか」

「ええ、わかったわ」


 もちろん、心音などを感じさせないゴースト型の魔族がいるのなら音などで感じ取ることはできないが、もし彼らが攻撃を仕掛けてくるのなら強烈な気配を発してくる。ただ、彼らゴースト型がいるのだとしたら、僕たちの侵入はもう気づかれてしまっているのかもしれないが。

 そんな心配事ばかり考えていては何も行動に移せないのも事実だ。特に実害がないのならここは気にせず前に進むことにしよう。


 城の中を進み、昼過ぎに来た場所から少しだけ離れた場所へと僕たちは進んでいく。夜の城内は明かりがなく、冷たい空気が漂ってくるものだ。当然ながら、人が多くいるのなら明かりがあり、気温も上がってくるのかもしれないが、今のこの城には人間という存在が全く感じられない。まるで廃城にでもなってしまったかのような感じがする。


「音が聞こえたのはここからだね」

「……ここって倉庫よね?」

「そのようだね。だけど、ここから聞こえてきたのは確かだよ」

「それなら、開けてみよっか」


 そう言ってラクアがその倉庫の扉を開ける。

 扉を開けると何か水が溢れたかのような音が聞こえた。


「ここに誰かいるみたいね」

「奥に進もうか」

「ええ」


 明かりのない倉庫の奥へと僕たちは進んでいく。

 すると、一人の少女が僕たちの方を警戒するような目を向けながら座っていた。その髪は少し濡れているようで、先ほどまで水浴びでもしていたようだ。ただ、鉄柵のようなもので囲われており、すぐに出られる状態ではない。何者かに閉じ込められているのだろうか。


「……あなたたちは、あの時の」

「君は、ジェビリー王女なのかい?」

「そう、ですよ」


 改めて彼女の服装を見てみると、昼過ぎに会った時の服装とは随分と違っている。その服は何日も着続けているかのような薄汚れた服で、今の気温にしては少し寒そうなものを着ている。


「周囲に誰かいる様子ではないから安心してほしい。君の安全は僕が保証するよ」

「……私のことはどうでもいいのよ。ラフィンが安全ならね」

「僕たちなら二人とも守ることができる」


 僕は彼女がジェビリー王女本人だと確信していた。そして何よりも妹のことが好きなのだと気づいていた。それは彼女が妹の名前を口にした時の表情に現れていたからだ。

 僕にはまだ愛と言うものを完全には理解していないが、それでもどのようなものでそれが人にどう影響するのかは知っている。彼女はラフィンの実姉で間違いない。


「アレク、一応合言葉は聞いておいた方がいいわ」

「そうだね。ラフィンから聞いたんだ。剣士は何で船を壊したのかな?」

「……ふふっ、また古い物語を持ち出してきたものですね。剣士は梯子で船を壊したのです」

「本人で間違いないね」

「よかったわ。すぐにでも出してあげましょう」


 ラクアはそういうと目を一瞬だけ光らせ、鉄柵へとひと蹴り入れる。

 グゥワンと金属の棒が捻じ曲がり、一人分が通れる隙間を作った。


「人の力でこんな簡単に……」

「私は少し特殊なのよ。それより、すぐに王城から脱出しましょう」

「そうですね。ここに来るまでに魔族とは出会いませんでしたか?」

「少なくとも実体のある魔族とは会っていないね。もし見つけていたら排除しているよ」


 鉄柵に開いた隙間からゆっくりと彼女は出てくると少しだけ周囲のことを警戒し始めた。


「ゴースト型の魔族っていうのは知っていますか?」

「知っているよ。でも、彼らの存在を感じ取るのは難しいんだ。光系統の聖剣か何かがあれば楽なんだろうけどね」

「……私も邪悪な気配は感じなかったわ。多分、ここにはいないと思うわ」


 ラクアは僕よりも魔の気配に対して敏感だ。体内に精霊を宿しているからというのもあるのだろう。


「そうですか。わかりました」

「何に警戒しているのかな?」

「いえ、私の思い込みなようですので大丈夫です。それより、ラフィンのことは……」

「昼間に話したことで間違いはないよ。彼女は今聖騎士団と一緒にいる」

「それはよかったです」


 ジェビリーはそう言って小さく息を吐いた。緊張の糸が一つ解けたと言った様子だ。ただ、それも今目の前にある恐怖や不安よりかは小さいもののことだ。

 今彼女は無断で王城の外に、魔族に追われるかもしれないという恐怖があるのだから。


「それより、脱出経路よ。私たちがここに来る直前にエレインたちが隠れ城へと攻撃を仕掛ける予定よね?」

「そのはずだけどね」

「……いったい何の話ですか?」

「何か問題でもあったのかもしれないね」


 想像はしていたことだ。魔族が隠れ城にだけ集まっているなんてことは最初から怪しい話だ。おそらくエレインはそれが罠だとわかった上で攻撃すると言ったのだろう。彼らしいと言えば彼らしいのだが、僕たちにも負担を分けてほしいものだ。

 ともかく、今はすぐにやってくるであろう魔族の群れをどうやり過ごすかが問題だ。隠れ城からくるとなれば、もうすぐ近くに来ている可能性がある。

 そんなことを考えていると急に王城内の空気が変わった。


「っ!」

「これは、魔族の気配だね」

「……テメェら、いったいどこから入ってきたんだ?」


 僕の背後から漂う強烈な魔の気配、下位の魔族とは比べ物にならないほどに強力なそれはおそらく上位種のものに違いない。

 ただ、ゼイガイアやグランデローディアよりかは弱い存在らしい。ルクラリズとも少し違う感じもする。

 下位と上位に極端に分かれているというわけではなく、その中でも細かく分かれているのだろうか。そんな魔族の事情なんて僕たちには関係のない話だけどね。


「アレクさんっ、後ろにっ」


 ジェビリーがそう恐怖に満ちた表情で僕にそう話しかける。しかし、そんな気遣いは必要ない。


「……そういう君はどこから来たのかなっ」


 僕は振り向くとと同時に剣を引き抜き、その流れを殺さずに逆袈裟に続いてそのまま振り下ろす。


「グブッ、グゥアァ」


 自分よりも二倍は大きい魔族ではあったが、僕と僕の聖剣の前ではその程度の体格差など何の問題もない。斬り裂かれた魔族の傷は僕の持つ聖剣の能力によって大きく広がり、魔族に致命的なダメージを与える。


「……そんなに素早く剣を引き抜けるなんて」

「それより、ここも危険だね。気付かれずに脱出させたいところではあったけれど、仕方ない。僕たちも強引な手段を取ろうか」

「ええ、わかったわ」


 先ほどの魔族を倒したのにも関わらず、まだ王城内の空気は変わらずに不穏を漂わせている。魔の気配が満ちてきている証拠なのだろう。


「僕が道を切り開く。ラクアはジェビリーの護衛をしてくれるかな?」


 そう指示を出すと彼女は大きく首を縦に振ってジェビリーの方へと向かった。

 さて、外からの援護はないものと考えて行動しなければいけない。もちろん、ジェビリーの安全も確保しながら進むべきだ。魔族の数はエレインが削ってくれていることだろうが、それでも多いのは確かだろう。


「僕の腕をエレインは信じてくれているんだ。それに応えないとね」


 きっと彼は僕ならやれると信じているのだ。

 剣を強く握り、目の前から現れてくる魔族へと僕は走り込む。自分の体を疾風のようにして。

こんにちは、結坂有です。


戦闘が始まってしまいましたね。エレインたちの方に少し問題があったようですが、大丈夫なのでしょうか。気になるところですね。それにしても、今回の問題の解決は一筋縄では行きそうにないようですね。


現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。


それでは次回もお楽しみに……



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