布と食料に紛れて
俺、エレインは荷馬車に積み込まれていた。すぐ隣にはアイリスとラフィンもいるが、周りは食料の入った箱に囲まれ、俺たちに覆い被さるように大きな布が被せられている。
十分な空間があるために息苦しさこそないものの、それでも身動きできないのは少し窮屈さを感じさせる。
それに加え、果物が腐ったような臭いもうっすらと漂っている。食材が腐敗し始めているようだ。ミリシアの作戦で食材が腐りかけているとの口実を作るためだそうだ。実際腐りかけている食材は一部であってほとんどは新鮮なものばかりだ。
「お兄様」
若干の窮屈さと熟れ過ぎた臭いを鬱陶しく思っているとアイリスが話しかけてきた。
「どうした」
「こうした潜入作戦は初めてですか?」
「ああ、人の国に潜入するのはな」
「そうですよね」
「……その言い方だと魔族領なら潜入したことがあると言うことですね」
すると、ラフィンがそう呟くように言った。
確かに魔族領に潜入したことはあったが、それがうまくいったのは相手が手薄だったからだ。これから向かう場所は人の国で多くの人たちが生活している場所だ。もちろん、多くが人とはいえ、中には魔族が潜んでいる様子だ。それに王家には魔族がなんらかの形で関わっていることは明らかなようだ。誰にも見つからず、ラフィンの言う隠れ城なる場所へと辿り着けるのかはまだわからない。
幸いにもミリシアとリーリアがサポートしてくれるようだが、それもどこまで頼っていいのかは不明だ。少なくとも彼女たちは聖騎士団としてあの国を訪れる。加えてミリシアは一度あの王国に入っているわけだ。方法はなくはないが、共に潜入できるとは思えない。あまり目立つような行動はできないだろう。
「まぁあの時とは大きく違うわけだ。しっかりと気をつけないとすぐに足元を掬われることになる」
「はい。私も潜入に関しては訓練したことがありませんので」
「潜入と言っても、二人なら強行突破できるでしょう」
「できなくはないが、今回は無関係の市民もいる。個人的には暴れたくないものだ」
「ふふっ、そうでしたね。魔族だけでなく人にも気付かれてはいけませんからね」
今回に関しては前回のように強行的なやり方は通用しない。それに魔族と無関係の人間が多くいる以上、思い切った行動は避けるべきだろう。まぁいざとなれば少しばかり強引な方法を使うことも考えておいた方がいいか。
「とは言っても場合によるだろうがな。状況によっては強引な方法を取る必要もあるからな」
「そうですか。では、私はそれが必要にならないよう祈ります」
ラフィンはそう言って小さく手を合わせて祈る。多少の戦闘訓練を受けていたとはいえ、彼女は剣士というわけではない。戦うことを生業としているような人たちと比べれば戦闘能力はそこまで高くはない。
それでも彼女は再びこの国に戻り、王女として復権を望んでいる。それに現在の状況は王城が魔族によって制圧されているらしい。どのような作戦になるかはわからないが、それでも激しい戦いになることは避けられないだろうな。
「とりあえず、初めのうちはうまく潜入することを優先する。どのような状況であれ、情報がなければ俺たちも聖騎士団も動けないからな」
「はい。私たちにはドルタナ王国の情報を全く持っていません。まずは情報収集からですね」
「どうなるかは行ってみないとわからないが、その方針で行くべきだな」
「わかりました」
アイリスは俺に一瞬目を合わせるとすぐに逸らした。薄暗いためにどう言った心情なのかはわからないが、多少不安の残る作戦であるのには間違いない。ともかく今は聖騎士団が俺たちのことをうまく隠し通すことを祈るしかないか。
「……エレイン様、剣聖としての活躍を期待しています」
ラフィンが耳元でそう囁くように言った。
〜〜〜
それからしばらく荷馬車に揺られ、そして止まった。
どうやらドルタナ王国へと到着したようだ。外の様子は見ることができないものの、時間にして五時間程度だろうか。
早朝に出発したとはいえ、外はもう昼過ぎになっているはずだ。
俺は聞き耳を立てて音だけでも外の様子を伺ってみる。
「聖騎士団団長のアドリスと言う。先刻、伝達した通り調査に来た」
アドリスが門番らしき人に話しかけているようだ。事前に通達していたのなら全く問題はないはずだ。
「荷馬車に積んでいる荷物は確認させてもらう。それぐらいの権利はこちらにあるだろう」
門番の人は当然の権利だと言う。確かにこれから国の中に入ると言うのだ。確認する権利は当然持っているはずだ。それに、ドルタナ王国が完全に魔族に支配されてしまっていると言う確証がない以上は聖騎士団も強く言うことはできない。
「……ちょっといいかしら」
すると、聞きなれた声が聞こえてきた。どうやらリーリアが話しかけているようだ。
いつもの口調と全く違う凛々しいその声に新鮮さを感じるが、俺のメイドとして配属される前はあのような喋り方だったのだろうか。そんな彼女の昔の様子を想像しながら俺は再び外の音を聞く。
「そんなことは知らねぇな」
「私たちの事情も知らずによくそんなことが言えるのね」
「ただの調査だろ。そんな大量の食料なんて必要ないはずだ。それに我々の国にも食べるものぐらいはある」
「……ふっ、では君たちが食事を提供してくれると言うのかな?」
すると、アドリスがリーリアと門番の話に割って入る。
「王城に行けばいくらでも食える」
「彼らは我々団員の健康状態を把握しているのかな。個人に合った栄養バランスがある。総勢三十人の適切な献立を提供できるのかな」
「そんな全員の健康なんて把握してるのかよっ」
「私たちは常に最高を維持する必要があるのよ。団員の健康状態も当然ながら管理するもの。それとも、あなたたちはそのようなことをしてないのかしら?」
確かに団員それぞれの健康管理も大隊を率いる組織からすれば当然のことかもしれない。しかし、そのすべてが実際にできているかと言われればそうではない。定期検診などで健康状態を把握していたとしても身体というのはごく短期間で不調を来すことだってある。
健康管理で検診などをしている組織は多いのかもしれないが、食事までも管理している組織はないだろう。例に漏れず聖騎士団もそこまで管理できているわけではない。
「……ざっと見るだけだ。それならいいだろ」
流石の門番もそんな膨大な食料を検査できるはずもないと諦めたようだ。詳しい検査までされては布を被っただけの俺たちはすぐに気付かれてしまう。
今回はリーリアに助けられたと言うことのようだ。
それから門番はしばらく荷馬車の食料箱のラベルを確認したあと、俺たちを含めた聖騎士団の通行を許可した。
その門番の合図とともに荷馬車が動き出す。
この時点で俺たちはドルタナ王国へと不法に侵入したわけだ。魔族だけでなく、あまり人に見られてはいけない存在だ。もし王家に不審な人がいると報告でもされればすぐに聖騎士団の調査は中断させられることだろう。
国への不法侵入は流石の聖騎士団でも擁護できないからな。
そしてそれと同時にこの任務を成功させなければいけないと言う義務も発生する。聖騎士団も魔族が支配しているという確証がなければ大きく動くことはできない。つまりはこの荷馬車から出たら最後、聖騎士団の正式な援護は得られないと言うことになる。
「いよいよですね」
「ああ、この馬車から出たらすぐに任務を開始する。悠長に外を探索している暇はなさそうだ」
「……ラフィンさん、隠れ城の場所はどのような場所なのですか?」
アイリスが馬車に出る前にそうラフィンに質問する。確かに荷物を整理するのなら今しかないからな。
「森に囲まれた場所です。少々湿った森ですね」
「そうですか。これ以上の荷物は必要なさそうです」
森程度ならそこまで警戒する必要もないだろうな。やはり気になるといえば、そこまでの経路が問題だな。寄り道せずまっすぐ目的地に辿り着ければ問題はないが、おそらくそうはいかないだろう。
聖騎士団の調査が来るとそれなりに警備を強めている可能性があるからな。
「問題は経路だな」
「いくつかの隠し通路があります。それを使えばすぐに辿り着けると思いますが……」
「問題でもあるのか?」
「ジェビリーも隠れ城のことはよく知っています。きっと魔族にも知っているはずですよね」
確かに魔族と結託しているのならその隠れ城なる存在も知っていて当然だろう。
「もしかすると隠れ城に魔族を集結させている可能性がありますね」
聖騎士団からの調査に逃れるために逃げ込んでいるかもしれない。そうアイリスは言いたいようだ。その可能性も十分に考えられるだろうな。
「ただリーダー格の魔族はいないはずだ。彼ら魔族は基本的に人間を信じることはしないからな。人間の用意した城なんかに逃げ込むことはしないだろう」
「お兄様の言う通りです。ただ、上位の魔族はいないにしても魔族との戦闘は避けられないでしょう」
「まぁそうだな」
「状況がどうあれ、今は行動あるのみと言うことですね」
ここでいくら議論したところで意味はない。ともかく馬車から出てその隠れ城なる場所へと向かうべきだな。
そうして準備を整えていると荷馬車が止まった。どうやらドルタナ王国が用意してくれた駐屯地に到着したようだ。
それから聖騎士団の人たちが周囲を確保した後、俺たちは荷馬車を出ることにした。
こんにちは、結坂有です。
ついにエレインたちはドルタナ王国へと侵入することに成功しましたね。
今回はリーリアとアドリスに助けられる形での侵入でしたが、今後はそのような支援はない状態となります。果たしてどのようにして隠れ城を制圧するのでしょうか。気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した最新版も随時公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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