残された希望
肌寒い牢獄のさらにその奥に私は閉じ込められている。もちろん、もうこの寒さにも体が慣れ始めてきた頃合いだ。そうとは言っても私はいつまでここにいるのだろうか。
薄明るい光が遠くにある窓の隙間から溢れるようにして差し込んいる。そんな小さな光ですら私にとっては非常に眩しいものだ。
今朝、鉄柵の隙間から投げ込まれた濡れタオルで体を拭き、今日もいつものように硬いベッドへと腰を下ろす。城にいた頃、休日は私はよく本を読んでいた。妹のラフィンほど勉強熱心というわけでもなかったが、知らないことが多いと言うのはどうも嫌で仕方がなかった。
多分、それは私が負けず嫌いだったと言うこともある。子どもの頃はよく姉妹で競い合っていたものだ。剣術に関しては私と彼女とで流派が異なるために直接勝負こそしなかったが、勉学に関してはよく自慢していた。彼女は内政に関しての知識はあるものの、それでも軍事的な戦略というものにはそこまで知っていなかった。負けず嫌いな私はおそらくその部分で優越感を得ていたのかもしれない。
思い返してみれば、子どもの頃の私が嫌いだ。
ガシャンッ
そんなことを考えていると牢獄の大扉が開いた音がした。そう言えば、私に成り済ましている魔族が今日やってくると言っていた。もうそんなに日が経っていたとは驚きだ。どうしても時間が経つのが早く感じてしまう。
いや、そうではないか。毎日が遅いと感じつつも、牢獄と言う変化のない日々に記憶が抜けてしまっているだけなのだろう。
「ご機嫌よう」
そうお嬢様風にその魔族が挨拶をした。
声色と容姿ともに私と何ら変わりない彼女がそう言うとなんだか昔の自分を見ているようで嫌いだ。とはいえ、ここまで癖の強い人物ではなかったと自覚しているのだけれど。
「確か、三日後に来ると言っていましたね」
「だからこうして来たのよ」
「……何かの報告かしら? 面倒ごとは全部部下に押し付ければいいでしょう」
こうしてわざわざ彼女自身が来る必要はない。報告程度なら部下を通して教えればいいだけの話だ。ただ、私はそこに隠されている裏の事情に気付いている。彼女は直接私と話すことで宝剣、つまりは王族に伝わる聖剣の在り処を聞き出そうとしている。
その聖剣はもうラフィンに受け渡した。この王国にはもうその聖剣はない。
「報告だけをしに来たわけではないわ。宝剣の在り処について、情報があったのよ」
「あの祠にないのなら私はもう知りません」
「そもそも祠にはない、そうじゃないかしら?」
「……そもそも、どうしてあなたたちがそこまでしてあの宝剣を手に入れたいのか疑問です」
前回ここに来てから今日までの間、彼女はずっとその宝剣のことについて探していたと言うのだろうか。魔族がどうしてそこまであの剣にこだわるのかは全く理解できないが、何か特別な理由でもあるのだろうか。
エルラトラムから定期的に発表される情報に魔剣とやらを手にした魔族が一定数いると言う話は聞いたことがある。その魔剣とやらのことはあまり知らないが、少なくともあの宝剣が魔剣だと言う話は聞いたことがない。
「あの剣はただの聖剣ではない。そのことは伝説を聞いてわかってるでしょ?」
「剣から飛び出した話ですか。剣に精霊が宿っているのなら不思議ではないでしょう」
伝説には剣から精霊が飛び出してその剣士を導いたと書かれている。当然ながら、聖剣と言うのは精霊が剣に宿ったものだ。それにより、精霊の力を扱うことができる。そして、その精霊の力は神から分け与えられた強力な力の一部だと言うことも知っている。
剣に精霊が宿っているのならその精霊が剣から飛び出して話をするぐらいはあるのではないだろうか。
それに、あくまで伝説であってそれのどこまでが本当なのかもわからない。精霊が飛び出したと言うのは脚色されたものかもしれないからだ。
「ええ、普通の聖剣ならまずそんなことが起きないのよ。精霊の掟があるからね」
「御伽話を本気で信じてるのですか?」
「……あなたたち人間はすぐに死ぬからわからないのね。まぁいいわ。あなたには別の話があって来たの」
「はぁ、次はなんでしょうか」
ため息混じりにそう返事をした。
別に疲れたと言うわけではないが、これ以上私から何を聞き出そうとしているのだろうか。宝剣がこの国にない以上、この国に関わることはないと思うのだけれど。
「聖騎士団の緊急調査が行われるらしいのよ。それを拒否するにはどうすればいいかしら」
「……無理です」
「何よ。私はこの国の王女よ? 拒否する権限はあるわ」
「ないわよ。私たちの国はエルラトラムから聖剣を授かっています。聖騎士団の調査を拒否るすると言うことは、そのまま聖剣取引の停止を意味します」
「チッ」
すると、目の前の彼女は大きく舌打ちをした。
今まで本性を隠していたが、エルラトラムと聞いて苛立ちを隠しきれなかったようだ。それも当然で、エルラトラムは魔族領を最近一つ取り戻したところだ。安定した生活を送っていた上位魔族も腹を立てていたことだろう。少なくとも私が同じ立場ならそう思うのだろうから。
「それでも拒否すると言うのなら、国民からの不信感はより強まることでしょう。それは今のあなたにとっては不都合、ではないでしょうか?」
「……どこまでも邪魔をするのね。あの国は」
「どう判断するもあなたの勝手ですが」
「近いうちにまた来るわ。あなたにはまだ働いてもらうから」
そう言って、彼女は踵を返した。
おそらく私が聖騎士団の相手をしろと言うのだろう。彼女は私の護衛としてすぐ近くにいる。下手な真似をすればすぐにでも私は殺されるかもしれない。
「敵である私を信じるのですか?」
私はそう思い彼女を引き止めた。
「人間は死を恐れるものよ。殺されるとわかっていて妙な真似はしないでしょ」
「それが私にも当てはまるとでも思っているのですか」
「じゃ死ぬのが怖くないのかしら?」
私は妹を守るためなら死んででもいいと思っていた時期があった。それほどに妹のことが好きだからだ。ただ、いざその時が来たとしたらどうだろうか。今はまだ予測でしかないが、多分私は恐いと思う。恐怖を感じるはずだ。そこまで私は覚悟が決まっていない。
アミュラ特級剣士のように命を捨ててでも何かを守れるほど私はまだ未熟なのだ。
「どちらにしろ、この国の未来はそう長くない。どちらに転んでもいいように私も対策すればいいだけの話よ」
そう言い残して彼女はまた踵を返して牢獄から出て行った。おそらく聖騎士団の調査に向けての作戦を考えに戻ったのだろう。この国を乗っ取ろうとしている魔族はきっと彼女以外にもいるはずだ。
その誰かがどう判断するかはわからないが、ゆっくりと計画を実行していきたい彼らからすれば調査権限を拒否するようなことはしないはずだ。今の段階で調査を拒否すれば国内で暴動が起きる可能性もある。
いくら聖騎士団を信用していない国民だからと言っても聖剣取引の停止は許されることではないだろう。
「はぁ」
本日二度目のため息。
ここに囚われる前まではため息なんて吐いたことなかったのにどうしてだろうか。理由はいくらか考えられるが、こんな牢獄で文句を言ったところで改善されることなんてない。
だけど、まだ希望は残されている。聖騎士団の調査でどう私が行動するか、それ次第でこの国の命運が決まると言っていいだろう。
またベッドへと寝転がり、天井を眺めながらその作戦について考えてみる。どう動くかは私の自由だ。彼ら聖騎士団の相手をする私の言動を監視するはずだが、それでも気になることがある。魔族はどこまで私たち人間のことを知っているのかだ。
ただ、そんなことを考えていては結論が出ない。どちらにしろ、一つでも希望があるのならそれに賭けてみるのが人間の生き方というものなのではないだろうか。
それなら私が取るべき行動は……これしかない。
こんにちは、結坂有です。
新章始まりましたっ!
これからドルタナ王国の奪還が始まろうとしています。これからどうなっていくのか、気になるところですね。
そして、戦闘シーンもより迫力あるものになっていくことでしょう。上位魔族との戦いも増えてくることですし、神を喰らいその力の一部を持った魔族も多くいます。
剣聖たちの見せる本当の戦い、これからが本番となりますっ。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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