王女の護衛として
商店街を抜け、しばらくは人気の少ない場所を通ることとなる。
俺とアイリスはラフィンを護衛するべく共に歩いている。リーリアとルクラリズは少し離れた場所から俺たちを見守ってくれている様子だ。一つに固まっている方が危険だと判断したからだ。
少数であればそこまで気にすることではないのだが、相手がそれなりの大人数なのだとしたら囲まれた時に退路を確保しやすくなるだろう。もちろん、状況によってはリーリアたちの方から聖騎士団などに連絡するのも可能だ。
「一つよろしいでしょうか」
周囲を警戒しながら人気のない道を歩いているとラフィンが話しかけてきた。
「なんだ」
「エルラトラムは治安が良いと聞いておりますが、それは本当なのでしょうか?」
確かに比較的平和だと言われている。それはラクアがこの国に来た時にも言っていたことだ。普通であればこの国は非常に過ごしやすいことだろう。しかし、俺のような変わり者は知らないところで恨みを買われることだってある。
今回の場合は特殊な事例ではあるが、相手としてはおそらく暗殺を企んでいた連中と同じようなものだろう。
「一般の人たちからすれば平和なのだろうな」
「……つまりは彼らからはこのようなことは見えていない、と言うことでしょうか」
「まぁ議会の強力な情報統制が関係している。全てがなかったかのように動かしている」
「そうなのですね。国民が平和に過ごす裏ではこのようなことが行われていると言うことですか」
ドルタナ王国ではどのようなことをしているのかはわからないが、少なくともエルラトラムのようなことは起きていないだろう。少なくともドルタナ王国民は王家に対して強い忠誠を誓っているようだ。強い人に縋りたいと言う気持ちは確かに何の力もない国民なら考えてしまうことだ。
そのことはミリシアから聞いた。一部では王家に対して神格化している人たちもいるようだ。それほどにあの国ではドルタナ王国の伝説が神話のように広まっている証拠でもある。俺との婚約と言う作戦もその伝説に準えるとすれば統治権併合についてもそこまで混乱は生じないことだ。
ただ、それよりもあの国がどういった状況に陥っているのかが気になるところだ。場合によっては王権の奪還は難しいことになるかもしれない。最悪な場合は全面戦争になることも覚悟しなければいけない。
「お兄様」
そんなことを考えながら歩いているとアイリスがそう俺の名前を言って立ち止まった。
彼女のその目は真剣そのもので影の世界を見ることができる彼女が何かを捉えたと言うことだろう。俺は左腕でラフィンを引き止める。
「……どうかしましたか?」
「左方にて何者かが動きました」
「音はしなかったが、確かなのか?」
「はい。動く影が見えました」
細かい音にも警戒していたが、どうやら相手は音を隠しながら移動したのだろう。それもかなり距離が離れたところから。
そのことからも俺たちの能力に関して相手はある程度知っているとみていい。
「家まではまだ離れていますね」
「アイリス、相手の数はわかるか?」
「流石にそこまでは……」
そう話していると周囲から心音が聞こえ始める。ざっと五、六人はいるだろう。
「このまま家に帰すわけにはいかねぇな」
目の前に現れた男はそういってフードを脱いだ。
「っ!」
すると、ラフィンは目を見開いた。
「エナデルト特級剣士がどうしてここに……」
「それはこっちの台詞だぜ? 反逆者ラフィン」
「知り合いか?」
「……直接的な関係はありません。私の国の有名な剣士です」
どうやら目の前に現れたのはドルタナ王国の特級剣士と呼ばれる人のようだ。話程度には聞いていたが、それなりの実力者がそのような地位を得るのだそうだ。基本的にドルタナ王国では剣術競技で良い結果を残せば地位が向上する。しかし、特級となるにはそれに加え魔族の討伐数も必要となる。
一人で八体以上の魔族を討ち取る必要があるのだそうだ。と言うことはある程度の実践経験のある連中だと言うことだろう。
周囲を取り囲んでいる人もおそらくはドルタナ王国からやってきたと見るべきだ。
「ここまで追いかけてくるとは流石の私も想定外です」
ラフィンはそう言って明らかに動揺してみせる。嘘なのか真なのかはさておき、そう見せておくことで揺さぶりとなるはずだ。
「はっ、剣聖ってのもただの人間だ。俺たち四人に囲まれでもすればただじゃすまねぇだろ」
「本当にそう思っているのか?」
「少なくとも俺様が相手だ。そこの反逆者ならわかるだろ。この俺様が来たことの意味がよ」
「……」
ラフィンは動揺した様子で俺の方を見つめる。
「彼は魔族を一人で二十体以上倒した方です。ドルタナ王国最多の討伐数を誇る現状最強の剣士です」
「そうだぜ? アギスって剣士よりも圧倒的に多い数だ」
「なるほど。それがどうした?」
「……剣聖エレイン。私はここまでのようです。彼の強さは本物ですから」
そう言って諦めたかのように頭を下げる。
どうしてそこまでする必要があるのかはわからない。だが、俺はこのラフィンを守る護衛だ。そのための職責は果たさなければいけない。最後まで彼女を家に送り届ける。それが今の任務なのだからな。
「剣聖ってのがどれほどの力なのか、見せてみろよ。人払いなら済ませておいたからな」
「他国に来ていきなり迷惑行為か。困った連中だな」
「そうですね。お兄様」
「あ? 随分余裕そうだな?」
「もう一度聞く。その数で本当に倒せると思っているのか?」
俺が一歩前に出てそう言ってみせる。
すると、彼はあからさまに顔を赤くして態度を荒げる。俺の言葉が挑発しているかのように聞こえたのだろう。確かにラフィンの嘘っぽい言動とは裏腹に俺は全く態度を変えていないからな。それはアイリスも同様だ。
確かに立ち居振る舞いからして彼は相当な実力者の持ち主なのには変わりない。腰に携えている聖剣の刃も肉厚で非常に攻撃的な直剣だ。
「その澄ましたような面を無茶苦茶にして、二度と人前に出られねぇようにしてやるよ」
「……いくら無茶苦茶になろうともお兄様はイケメンでございます」
首を傾げながら少しとぼけたような言い方でアイリスは真っ直ぐにそう言った。どういった意味でそのような発言をしたのかは全く理解できない。流石の俺も人間の体だ。顔を何度も殴打されたら腫れ上がってしまう。
それではいくら整った顔だったとしても格好が付かないと思うのだがな。
「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇ! 殺すぞっ!」
「殺意を孕んだその言葉、後悔しませんか?」
「うるせぇ、ガキがっ」
すると、隠れるよう俺の後ろにいるラフィンは小声で話しかけてきた。
「命を奪う以外でしたら、如何様にしても構いません」
俺は無言で小さく頷くと彼女は再び俺の背後へと隠れるように身を小さくした。
「お前らっ! 行くぞっ!」
そう言ってエナデルトは剣を引き抜いた。それと同時に彼の背後に待機していた三人が一気に俺の方へと走り込んでくる。
一瞬で方を付けることは簡単だが、それでは意味がないだろう。ラフィンの言うように命を取らない限りはどのようにしてもいいとのことだ。少しばかり遊んでやるか。
今後彼らを利用することもあるかもしれないからな。
「ふっ」
俺は聖剣イレイラを引き抜き、三人の攻撃を順番に受け流していく。火花が飛び散るが、それらは俺の剣が削れているのではなく相手の剣が削れているものだ。
「このっ」
「三人で囲んでおいてその程度か?」
「クソがっ!」
すると、一人が聖剣の能力を使って炎の剣閃が走る。
「なっ」
俺はその攻撃を剣で受け切ることもせず、体を使って寸前で避ける。彼らは確かに剣士としては十分な実力を持っているものの、剣術学院にいる生徒と何ら変わりないものだ。聖騎士団の平均と比べると数段劣る粗末なものだ。
ただ、それでも妙に練度が高いのは剣術競技を行なっている故だろう。まぁそのような技は対人ではいくらか通用するかもしれないが、魔族相手では全く意味をなさない。
次に左方向から刺突が繰り出される。躱した直後を狙った攻撃だ。まぁそのようなことをしたところでこちらとしては読み通りの動きだ。
キャリィィンッ!
難なくその攻撃を左手に構えたイレイラで軽くいなす。それと同時に自分の体軸をほんの少しだけ横にずらす。
相手の剣先は俺の体をすり抜けるようにして右方向から攻撃してくる男へと向けられる。
「っ!」
最小限の動きと直前まで攻撃の意図を見せなかったことで右から来る男の反応が遅れる。
刺突を受け流され体勢を崩しかけた男は攻撃を中断すべく踏ん張ろうとする。そして、その踏ん張ろうとする足を俺は左足で払うことで勢いを落とすことなく剣先は男の右側腹部へと突き刺さる。受け流す角度を加減したために内臓からは外れているはずだ。
「うがっ!」
さらに俺は逆手で魔剣を引き抜きそのまま振り下ろすことで目の前にある長剣を半分に切断。その反動で左右の男が仰反るとすかさず俺は左の男をイレイラで斬り裂く。大量の血液が地面に滴るが、加減をしているために内臓へのダメージは少ない。
「なんて動きだ……」
「てめぇ、殺すぞっ!」
すると、エナデルトともう一人が俺へと攻撃を仕掛ける。もう一人の男には申し訳ないかもしれないが仕方ない。
俺はイレイラを納めると、魔剣を両手で構える。
「せいやっ!」
エナデルトが一気に攻撃を開始する。その勢いは先ほどの男とは比べ物にならないほどに強烈だ。
ただ、それも受け流すに難しくない。
「馬鹿なっ!」
「その程度なのか?」
「ふざけんなよっ」
そう言って俺から距離を取った彼は剣の能力で風で作った刃を飛ばしてくる。ただ、マフィの風刃という能力ほど強力で縦横無尽に襲いかかってくるものではない。
ジュンッ! ジュンッ!
何度も飛ばしてくる風で作った刃を避けながら一気に俺は彼へと突撃する。しかし、それを見越してかもう一人の男が横槍を入れてくる。
「はぁっ!」
彼の勢いは確かにあるものの、隙のある攻撃だ。
ズゴンッ!
飛ばしてくる風の刃を寸前で避けながら俺は走り込んでくる男へと剣の腹を使って吹き飛ばす。アンドレイアの加速を使わずに攻撃することで彼の肋骨が折れた程度だろう。もし加速を使っていれば骨は複雑に粉砕し、内臓を破壊していたはずだ。
「お前っ」
そう言ってエナデルトは風の刃を飛ばすのを止める。
「なんだ?」
「化け物かよ」
「……この程度でか?」
「くっ!」
すると、エナデルトは決死の覚悟で俺の方へと走り込んでくる。
最初は彼の実力を見誤っていたようだ。おそらく彼の言った討伐数は偽りではなく、本物の戦績なのだろう。その走り込みからして魔族と戦ったことがあるのはわかる。軸がぶれることなく、真っ直ぐ俺の方へと向けられている。それで振り下ろされる剣は荷重がしっかりと乗り、凄まじい威力を発揮することだろう。
「ふっ」
しかし、それを俺は寸前で避ける。難しいことはしていない。ほんの少し体をずらすだけだ。
「嘘だろっ!」
「何度も聞いた言葉だ」
そしてそのまま俺は魔剣の腹で彼の顔面へと強烈な一撃を入れる。
ガコンッ!
強烈な脳震盪を起こし、そのままエナデルトは頽れた。それも当然だ。金属の塊が顔面を直撃したのだからな。
ただ、今回は魔剣も聖剣の力も利用していない。それに加え俺もかなり手加減したからな。
「……お兄様。こちらの二人も制圧しました」
そう言って俺の横からアイリスが話しかけてきた。彼女も影の能力を使わずに制圧したようだ。まぁこのような連中に能力を使うほどのことでもないか。
すると、少し離れた場所から見ていたラフィンが話しかけてきた。
「お二人は本当にお強いのですね」
「この程度の相手なら問題ない」
「私は最初から信頼しておりましたよ。私の演技、いかがだったでしょうか?」
「まぁ少しやりすぎな感じもしたがな」
やはり彼女の動揺っぷりは演技だったようだ。俺からすれば明らかに演技だと分かったが、エナデルトたちは騙されていたな。それほどに彼らは国内で最強と揶揄されていたのだろう。事実、確かな実力があった。
「エレイン様。ご無事でしたか」
「ああ」
「私たちは議会の方へと連絡しました。すぐに議会軍の方が取り押さえることになります」
離れた場所から俺たちを見ていたリーリアとルクラリズは議会に通報してくれたようだ。亡命している人を攻撃した、それもドルタナ王国からの刺客となれば拘束する理由にもなるか。
気絶、悶絶している彼らはすぐに処置されることだろう。
「とりあえず、家に向かうか」
「はい。わかりました」
もちろん、ドルタナ王国ではどのようなことが起きているのかはわからない。ただこうして国を越えてまでラフィンの命を狙いに来たのは間違いない。そろそろ王国の方も魔族の侵略が進んでいると見ていい。
少なくとも、こうして部隊に指示を出せる程度には乗っ取れていると言うことだからな。
倒れている彼らを見て、想定し得る最悪の状況に若干の焦りを感じつつも俺は踵を返して帰路を急ぐことにした。
こんにちは、結坂有です。
今回にてこの章は終わりとなります。引き続き、次章ではドルタナ王国の奪還作戦が開始することになります。
前編と後編のような形ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
ちなみに今回は少し戦闘描写を多く取り入れることにしました。予告みたいですが、次章でも多くの戦闘が見られることでしょう。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
次章『ドルタナの奪還』、それではお楽しみに……
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