纏う影を払って
俺、エレインはラフィンとリーリアの二人と商店街を歩いていた。今のところ誰かに見られているという気配はないものの、警戒しなければいけない状況なのには変わりない。少なくとも、ラフィンはドルタナ王国の王女である人だ。
彼女の写真などはまだ出回っていないとはいえ、何かの事件に巻き込まれてしまわないよう注意しなければいけない。
そう周囲を警戒しながら、商店街を案内しているといきなり彼女から婚約してくださいとの話が出てきた。
「私と、婚約してください」
急に出てきたその言葉に何も返答できずに黙っているとリーリアが俺とラフィンの間に入って話を始めた。
「……以前、アイリスさんと一緒された時、ラフィン王女は婚約の意図はないと宣言していました。それは嘘だということでしょうか」
「いいえ、それは違います。王族である私が自分勝手な感情で、それも独断で婚約するなんてことは致しません。しかし、今回の場合は違います」
「どう違うのでしょうか」
すると、ラフィンは目を閉じ小さく息を吐いてから俺たちの方を見た。
「……話が長くなります。近くにカフェとかありますか?」
「そうですね。わかりました」
このような話を商店街の真ん中でするようなことではない。話が長くなるようなら近くのカフェなどで話すべきだろう。
それから俺たちは商店街の大通りから離れた場所に位置しているカフェへと入った。このカフェにはリーリアがよく通っていたようだ。
「……ごゆっくりと」
リーリアと知り合いだという店主がそう小さく言ってコーヒーを並べる。
「では、先ほどの話の続きをしましょう」
「そうですね」
すると、ラフィンはカップを手にして上品に口の中を潤す分だけ啜ると話を始めた。
「私が婚約をしたいというのはドルタナ王国のためでもあるからです。剣聖であるエレインと私とが婚約すればエルラトラムとの統治権併合の混乱も少ないとことでしょうから」
そう彼女は俺と婚約する理由についてを説明した。
確かに言われてみればそうすることでエルラトラムとの併合を円滑に進めることができるかもしれない。しかし、それは無事にラフィンがドルタナ王国の王女という地位を正式に取り戻してからだ。
「そうかもしれませんが、それはエレイン様はエルラトラムの剣聖であられます。こちらも自由に婚約ができることではございません」
「それは重々承知です。ただ、そう悠長に考えている場合でもないでしょう」
「まぁ状況が状況だからな」
俺も彼女がどのようなことを考えているのか理解している。政略的な意味も込めて、俺との婚約を踏み込んだのだろう。ただ、それがどこまで効果があるのかは今のところ推測の域を出ないのだが。
とはいえ、何かきっかけのようなものがあればドルタナ王国民も納得してくれるのは事実だ。おそらくミリシアも似たようなことを考えていたのかもしれない。
「リーリアさんも王国の伝説はご存知でしょう。その伝説に準えることで少しは混乱も落ち着くはずです。そのことはミリシアさんとも相談しました」
「ですが、私としてはまだ……」
「まだ……なんでしょうか?」
リーリアはそこまで言うものの、彼女がこれから口にすることは個人的な感情を大きく含むものだ。俺は彼女が俺に対して恋愛的な感情を抱いていると知っている。ただそうは言っても無視して王国民の混乱を放置することもできない。
俺との婚約で何かが変わるのなら、そうしてみるのもいいのではないだろうか。
「いえ、これは個人的な事情です。エレイン様はどうなされるおつもりでしょうか」
「問題はないと思っている。何も実際に結婚をするわけでもないのだろう?」
「はい。少し誤解のある言い方でしたね。あくまでも、これは予定の話です」
俺がそういうと彼女は顔を赤くして俺から視線を逸らした。彼女もそこまでのことは考えれていなかったか、それか考えられるほどの感情的余裕がなかったか。まぁどちらにしろ、そのことはどうでもいいことだ。
赤面する顔をカップで隠すようにリーリアは一口だけ口にする。
「……そうでした。結婚の約束、でしたね」
「実際にするかどうかは日を改めて考えましょう。そもそも私が王国に戻れなければ意味がありませんから」
「どちらにしろ、今するべきことはラフィンが正式に王女の地位に戻ることだ。ここにいてはただの一般人だからな」
彼女がドルタナ王国にただ戻るだけであればすぐに捉えられてしまうことだろうが、そうならないよう国内に侵入して実際に王城まで潜入する必要があると言うことだ。ただし、それにはかなり危険が伴うことになるのは間違いない。
おそらくラフィンも覚悟の上だろう。
そして、その先を見越して今回俺に婚約を申し出たはずだ。
「すみません。早とちりでした」
「構いませんよ。私も急な発言は控えるべきでした」
まぁその点はお互い様と言うことだろう。
「それよりラフィンはどのように王城へと潜入するつもりなんだ?」
「まだ国内のことはわかりませんが、王城とは別の隠れ家のようなところがあります。その場所から地下のトンネルを通って入ると言った方法なら可能かと思います」
「……隠れ家から潜入するのですね。敵の退路となる場所から入ると言うのはいい作戦だと思います」
リーリアがそう言うように敵の退路となる隠れ家へのトンネルからの潜入は効率的だと言えるだろう。王城へとそのまま入った場合、気付かれた時に隠れ家の方へと第一王女が逃げてしまうことだってあるだろう。
その逃げる場所があると言うのなら、そもそもその場所から攻撃を開始すると言うのは理に適っていると言える。
「詳しいことはミリシアと相談しようか。それより……」
俺は先のことよりも先ほどから何者かに見られている気がする。しかし、敵意のようなものは感じられない。横目で周囲を見渡してみるも視線を俺たちに向けている人は見当たらない。
「アイリスか?」
自分の影へとそう話しかけると、俺の影が小さく頷いた。
どうやらアイリスが影を飛ばして俺へと何か合図を送ろうとしているようだ。もちろん、影を操ることのできる彼女ならそのような方法ができると言えるだろう。ただ、影が喋ると言うことはないようだが。
「アイリスさんがどうかしたのでしょうか」
「わからないな。ただ、何か伝えたいことでもあるのだろう」
「……では、そろそろ出ましょうか」
そう言ってラフィンはコーヒーを丁寧な所作で飲み干す。俺もそれに続いて飲み干してから店を出ることにした。
店に出るとすぐにアイリスとルクラリズが俺の方へと駆け寄ってきた。
「お兄様、異常はありませんでしたか?」
「いや、今のところはな」
「そうでしたか」
やはり何かを心配して彼女たちが俺たちを追いかけてきたようだ。アイリスは一瞬だけラフィンの方を向いてから俺へと話しかける。
「どのような話をしたのかは想像できます。ですが、今はここから離れるべきです」
「そうよ。また魔族の文字で警告文のようなものが届いたから」
「魔族の文字……」
「エレイン様、どうしましょうか?」
このままゆっくりと商店街でデートの続きというのはどうやらできそうにない。それならラフィンを家に戻してからでも問題ないだろう。
「俺たちはまだ攻撃を受けているわけではない。それにアイリスと合流したことで相手の作戦が変わった可能性もある」
「お兄様の言うとおりです。ラフィン王女は小さき盾の拠点へと戻るべきでしょう」
「そうだな」
どのような攻撃を仕掛けてくるかわからないためにこちらとしても行動は慎重にならざるを得ない。現存する銃が少ないとはいえ、以前のように狙撃してくる可能性だってあるだろう。
まだ一部の貴族や議員の中にはそのような銃を自衛目的で持っているらしいからな。
「相手の目的はわかるか?」
「ラフィン王女とその護衛と書かれていました」
「……戻ってくる間に攻撃を仕掛けてくるかもな」
「はい。影を監視しながら私は進みます」
彼女がそういうと彼女の左目の色が変わった。どうやらその目は影の世界を見ることができるのだろう。
「ああ、頼んだ。リーリアとルクラリズは俺から離れた場所から援護をしてほしい」
「わかりました」
一つの団体として動くのは囲まれたりすればそれこそ自由が奪われてしまうことだ。それなら最初から二手に分かれて行動する方が行動の幅が取れることだ。
「ラフィン、俺から離れるなよ」
「はい。私のフィアンセ」
「……私はラフィン王女のことをまだ信用に値していません」
「ふふっ、妹様の説得は難しいですね」
こんな状況なのにも関わらずラフィンはそう笑顔で冗談を言った。それは余裕から来ている発言ではなく、自らの緊張をほぐす目的もあるのだろう。そう言った精神を持っている彼女だからこそ、こうして強い姿勢を見せることができているようだ。
その発言から改めて彼女の持つ精神の強さが窺える。
それから俺たちは分かれて小さき盾の拠点へと戻ることにした。
こんにちは、結坂有です。
ラフィン王女とエレインを狙う謎の集団は一体何者なのでしょうか。まさか、あの暗殺集団の残党だとでも言うのでしょうか。気になるところですが、ラフィン王女とエレインとの将来についても気になりますね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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