知らない人からの警告
私、アイリスはお兄様であるエレイン様のデートを邪魔してはいけないとルクラルズと一緒に家で待機していた。もちろんこの家は二人にとってはかなり広い家だ。とはいえ、今はメイドがいるわけでも、アレイシアがいるわけでもない。
最近までは執事もいたそうなのだが、今はもういないそうだ。何があったのかはよくわからないけれど、待遇が悪かったから辞めたというわけではないらしい。とはいえ、今の私にはあまり関係のないことなのだけれど。
「暇ね」
すると、リビングでくつろいでいたルクラリズがそう呟くように言った。確かにこうして二人でずっといるというのは暇なものだ。自由に動けるのであればミリシアたちの家へと向かって訓練の続きをしてもいいのだが、エレイン様が帰ってくるのを待っていたい気分だ。
これは私の勝手なのだろうか。
「私はお兄様を待ち続けます。ルクラリズさんまで無理に付き合う必要はありませんよ?」
「そう言われてもね。一人で外を出歩けないのよ」
「……確かにそうでしたね」
思い返してみれば彼女は魔族だ。もちろん、人類の味方をしてくれているものの、多くの人は彼女のことを敵だと判断することだろう。ただ、多くの市民は魔の気配というのをあまり感じ取れない。それは魔族と戦ったことがないからだ。
とはいえ、聖騎士団や魔族と戦ったことのある軍出身の人からすれば魔族との区別は付かないのかもしれない。
「まぁもう少し私が人間に慣れてきたら大丈夫なのだろうけどね」
「それでは私と一緒に家の方まで行きますか?」
「……いいわよ。私もエレインを待ちたいところだし」
「待ちたいのですか?」
「私も気になるから」
どうやら彼女も私と同じようにラフィンとの話し合いの結果が気になると言ったところなのだろう。
私としてはエレイン様とラフィンが結婚しようとも彼の妹として付き従い続けるつもりではいる。しかし、それも心の整理が必要ということもある。今の私は鼓動が少しばかり速い。
緊張とは違った力強いこの鼓動は一体なんなのかは理解できていないが、これが恋愛的な感情に近いということだけはわかる。私はお兄様に恋をしているのだろうか。いや、おそらくそれとは違うはずだ。
「……誰か来ますね」
今の自分の気持ちから目を背けようと意識を外に向けると何者かの気配がこの家に近づいてきていた。
方角と気配からこの家に来ることは間違いないようだ。
「え? 本当に?」
「はい。そこの窓から様子を見てみましょう」
カーテンの隙間から片目を出して外の様子を見てみる。
すると、大きなハットを被った人が家の方に来ていた。体格から見て普通の人というわけではなさそうだ。明らかに長年訓練を積んできたであろう鍛えられた体をしている。近いというわけでもなく、服で大部分が隠されているものの足元を見ればある程度は把握できる。
それに彼はただ鍛えられているというだけではなさそうだ。彼の服装や身につけている装飾品などを見てみるとかなり高貴な人なのかもしれない。貴族騎士、というものなのだろうか。
「アイリスと言い、エレインと言い、本当に人の気配を感じ取るのが得意なのね」
「そういう訓練を受けてきましたので」
「どんな訓練を受けたらそのような感覚を身につけるのかしら」
言われてみれば気配を感じ取ることに重点を置いた訓練はなかった気がする。さまざまな訓練を通して自然と身に付いたのだから。
そんなことよりも外で彼は何をしているのだろうか。ここからだと彼が何をしているのかみることができない。
「……行ってみる?」
「いいえ、ここは留守ということにしましょうか」
「私もあの人のことは知らないからね。不審な人には近付かない方がいいわね」
私よりも長くここにいる彼女でも知らない人がここに来たというのはかなり不自然ではある。何かに巻き込まれる可能性を考えてここは自分たちの方から接触しないほうがいいだろう。
実害があれば対処するまでではあるけれど。
「しゃがんだわね」
「はい。何をしているのでしょうか」
カーテンの隙間から二人して外を覗いているとその大きなハットを被った男の人が急にしゃがみ始めて、何かをしている。
「……行ったわね」
「そのようですね」
しゃがんだと思うとすぐに立ち上がり、何処かへと歩いていった。
「何か置いた?」
「わかりません。しばらく様子を見てから確認しましょう」
「そうね」
それから数分ほど様子を見て誰も来ないことを確認した私は二人で正門付近を調べてみる。
先ほどのハットの男が何かをここに置いていくような仕草をしたのだから何かあるのかもしれない。
すると、何か封筒のようなものが門の下の隙間から投げ入れられていた。
「手紙?」
「……普通の手紙だったら郵便受けに入れるはずですけれど」
「じゃ何?」
「わかりません。ですが、私たちが中にいるということを知って入れたのかもしれません」
「気づいてたってこと?」
どのタイミングで私たちに見られていると思ったのかはわからないが、少なくとも私たちに気付いていたのは間違いないようだ。ただ手紙を送りたいだけなら郵便受けに入れるはず。
「開いてみる?」
「そうですね」
私は手紙を手に取り、家の中に戻ることにした。
誰かがすぐにでも見てほしいと思って投げ入れた手紙だ。きっと何かの情報が書かれていることだろう。そう思い封筒を開いてみる。
「……これは、なんの文字なのでしょうか」
「ちょっと見せて」
手紙には人の文字とは思えないような異質なものが書かれていた。流れからして何かの文章なのはわかるが、それ以上のことはわからない。この文字は人間が使っているものとは異質なものだからだ。
「どうですか?」
手紙を見せるとルクラリズは何かに気付いたようでそれを手に取った。
「……攻撃指示、ラフィンとその護衛を殺せ。そう書かれているわ」
「ラフィン王女のことですね。護衛、というのはお兄様のことでしょうか」
「そうかもしれないわね」
「すぐに行きましょう。ここにいてもわかりません」
「ええ、わかったわ」
攻撃指示ということは既に何者かに命令しているということだろう。時間的にも作戦が既に実行されているかもしれない。この手紙を投げ入れた人が一体何者なのかはわからないが、ドルタナ王国の危機を知らせてくれた人なのだろうか。
しかし、そんなことを考えている場合ではないだろう。
今のお兄様が危機なのかもしれない。
私は急いで剣を腰に携え、軽く身だしなみを整えてルクラリズと一緒に商店街の方へと向かった。
商店街の方へと向かうといつもと変わりない様子で人々はそれぞれ買い物を楽しんでいる。食料品や日用品以外にも本や玩具などと言ったものもここでは売られている。本を読むことはあっても玩具などで遊ぶという経験がないためにどう言ったものなのかはわからないが、娯楽というように楽しいものなのだろう。
「ルクラリズさん、何か変わったところはありませんか?」
「見たところ普段通りという感じだけど」
「そうですか。ですが、警戒してください。何者かが既に動いているはずですから」
あの手紙に書かれていることが事実なのだとしたら、既にこの群衆の中にラフィン王女やお兄様を攻撃しようと企んでいる連中がいるということだ。
もちろん、見ただけでわかるような不審な人は今のところ見当たらない。少なくとも群衆に紛れてお兄様たちのことを探しているのだろう。
「私たちも普段通りに商店街を歩きましょう。お兄様を見かけたら教えてください」
「ええ、わかったわ」
攻撃をしようと企んでいる連中よりも先に見つけることができれば問題ないのだが、どうだろうか。相手はお兄様のことを探している様子ではあるものの、具体的な場所はまだ把握していないとみるべきだ。
事前に商店街へと向かうことを知っていたとしてもその具体的な場所というのはわからないはずだ。ここの商店街と言っても人通りの多いメインストリート以外にも路地裏へと道が続いている。蜘蛛の巣状とまではいかないが、それなりに複雑な構造をしている。監視役がいれば問題なく作戦を実行できるものの、おそらくそれはないだろう。お兄様がそのような監視に気づかないわけがないからだ。
相手がどう言ったことを考えているのかはまだわからない。ただ、ラフィン王女を狙って動いているのは間違いないはずだ。
それから私たちはお兄様たちを探すべく群衆の中へと入っていくことにした。
こんにちは、結坂有です。
またしても謎の存在から警告文が届いたようですね。ドルタナ王国が狙われているということ、その第二王女がエルラトラム国内でも追われていること……
一体誰がこの手紙を送っているのでしょうか。気になるところですね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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