幕間:政略的、エレインとのデート作戦〜後編〜
私、ラフィンはエレインとのデート、いや街道散策をするために準備を整えていた。おしゃれをすることは今までほとんどなかったためによくわからないでいたが、ラクアに教えてもらいながらも髪型を整え、軽く化粧などをしてそのエレインが来るのを家で待っていた。
当然ながら、彼のメイドであるリーリアがやってくることは予想している。別に私は妙な提案をしようとしているわけではない。婚約をするだけでドルタナ王国との自治権併合、そして聖騎士団との交渉もそれによって円滑に進めることができるはずだ。
それに彼の活躍をあのドルタナ王国の伝説に準えることでも国民は納得してくれることだろう。私はそう考えての婚約だ。決して、自分の意志だけ、自分勝手の考えだけということではない。リーリアも、アレイシアもきっと納得してくれる。
私はそう信じて、彼とのデートを待ち望んでいる。
「張り切ってるわね」
すると、ラクアがそう横から話しかけてきた。
「……これで私の国の未来も変わることでしょう。私がいくら国民に説明したところで、材料となる交渉材料がありませんから」
そう、エレインと婚姻することで国民に理解が得られる。あの伝説と同じようなことが起きたとなれば、きっと彼ら信じてくれることだろう。そう考えてのことだ。
「そうじゃなくて、緊張してるんでしょ?」
「はい。国の未来が関わっていることですし」
「……それだけじゃないでしょ?」
正直なところ、この胸の高鳴りはただの緊張というわけではない。そのことは自分でも自覚している。ただ、これが一体何なのか、自分ではあまり考えたくないものだ。
「今は考えたくないです」
「そうとは言っても無理なはずよ。私がそうだから」
「え?」
「だって、エレインと一緒だと平静を保つだけで精一杯だからね。ただ歩いてるだけなのに」
確かに彼の容姿は非常にかっこいい。いや、自分の好みだからだろうか。そんなことはどうでもよくて、彼は私の……。
「ま、私には関係のない話なのかもしれないけれどね」
すると、奥の部屋から一人の少女が走ってきた。
「エレインの話っ!」
「……マナ、まだエレインは来てないわ」
「なんでよぉ」
「でも、もうすぐ来るから」
奥から走ってきたのはマナだ。彼女はここではあまり訓練をしている様子はないものの、彼女は剣の形状に興味がある様子ではあった。彼女は少し特殊な事情を抱えているために外を出歩くようなことはしていない。
その事情に関しては私にもわからないが、公に話せるような内容ではないことは確かなようだ。
「……一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ええ、何かしら」
私は昨日からずっと思っていたことを聞いてみることにした。彼女はこうして私の作戦を応援してくれている。それはとても嬉しいことではあるのだけれど、私としては少しばかり微妙な状況ではある。
理由としては彼女もエレインに対して好意を抱いているという点だ。
「ラクアさんも剣聖エレインのことが好きなのですよね?」
「まぁそうね」
「でしたら、どうして私のやろうとしていることを応援していただけるのでしょうか。ラクアさんから見れば、私は恋敵のようなものでしょう」
そう率直に彼女に質問してみることにした。当然ながら、彼女もそのことについては自覚している上に、彼女からも好意を抱いているという旨の話を聞いた。そんな彼女がどうして私の作戦を応援してくれるのか、そのことが昨晩からずっと疑問であったのだ。
「それとこれとは別問題だと考えてるからよ。だって、ここで私が妨害したところでドルタナ王国の問題が解決できるとも思えないしね」
「ですが……」
「それに、エレインだって王国民の理解を得るためって理由があるのならそうするはずだから。彼はそういう人だからね」
「つまりは、彼の考えることも想って私を応援していただいている、ということでしょうか」
「そういうことよ。私たちのことは気にしなくて大丈夫だから」
ラクアさんがエレインに対して強い想いを抱いていることは理解していた。しかし、これほどまでに彼のことを想っているとは考えてもいなかった。おそらくリーリアという女性も、議長であるアレイシアも、加えて彼の義妹であるアイリスも同じく彼を想っている人なのだろう。
私はそんな人たちの想いを押し通してでも彼を私の作戦に取り入れようとしている。平和的に自治権併合を考える彼なら私の作戦に乗ってくれることだろう。私を応援してくれるのはエレインだけではない。目の前にいるラクアやアレイシアたちの想いも引き継いでいると考えるべきだ。
「ありがとうございます」
「……だけど、婚約だけだから」
「はい。もちろんです。さすがの私もそれ以上に踏み込むのはまだ勇気が足りません」
実際に結婚するというのは本当に勇気のいることだ。おそらく愛の告白をする以上に緊張することだろう。そんなこと、今の私には難しい。
「エレイン、来たっ!」
「え?」
マナがそう大きな声を上げると扉がゆっくりと開いた。扉を開けたのは先ほどまで話していたエレインであった。
「こ、こんにちは、お久しぶりです」
「……数日程度だったと思うのだが?」
「エレイン様、数日でも愛おしいと思うものです」
「愛おしいとか、そういうのではございませんけれど……」
彼の横にいるリーリアがそう解説するものの、私には一切そのつもりではなかったと伝えておきたい。いや、事実なのだけど。
「エレインっ」
「マナ、しばらく顔を合わせられなかったな」
「そうだよっ」
「またしばらく会えなくなる。我慢できるか?」
「……言いたいことあるけど、我慢するっ」
マナとエレインとはどう言った関係なのだろうか。私としても気になるところではあるのだが、彼女についてはそこまで詳しい情報を教えてもらっているわけではない。もちろん、彼女とエレインとの関係についても何も聞かされていない。
ただ、彼女からは普通の人とは違った何かを感じる。ラクアと似たような、それでも少しばかり異質な何かを。
一体、ラクアとマナは何者なのだろうか。ヴェルガー連邦で何があったのだろうか。
そんなことは私の知る由がないか。
「それで、商店街の方に……」
「ああ、わかった。すぐにでも行こうか。ここからなら十分程度で着く」
「はい。行きましょう」
それから私たちは商店街の方へと向かうことにした。
商店街へと到着すると、この国の平穏というものが伝わってくる。商店街を歩いている人たちが活気付いているというのが見てとれる。ドルタナ王国でもこのように商店街を歩くことはあったが、どういうわけか、この国とは違った雰囲気を漂わしている。おそらくは剣術競技が盛んになってしまったことが影響しているのだろう。
戦いに慣れるためとはいえ、競技として技術を広めるのは無理があるのだから。
「何か気になることでもあるか?」
「そうですね。やはりこの国では剣術に対しての考え方が違うように感じます」
「というと?」
「私の国では剣術というのは勝ち抜くための技術だとみんなが意識しています。ですが、ここではやはり騎士道精神と言ったものが強く根付いているように思います」
昨日のラクアの話を交えながら、そう感じたことを話してみることにした。この国は本来あるべきドルタナ王国の姿、理想といったものが体現されているようでもあった。私もこの国から学ぶべきことがまだまだ多くありそうだ。
議会ともこれからお世話になることになるだろう。今後ともその辺りのこともゆっくりと勉強していこう。
「まぁ確かにそう考える人が多いだろうな」
「はい。私の流派も剣士としてではなく、人として生きろと何度も言われました」
「そうなのですね。ドルタナ王国では競技としての剣術ばかりが広まり、いつしか勝ち抜くことに重きを置き始めました」
確かに勝つためにはそう言った考えを持つことは何も悪いことではないだろう。しかし、そればかりが剣士の生き方というわけではない。おそらくそこには勝ち負けや技術力だけでは測れないような精神的な部分もあるのかもしれない。
そして、鍛え抜かれたその精神はきっと強大な魔族との戦いにおいても優位に味方してくれるはずだ。精神力がなければ、強大な魔族に気圧されてしまうからだ。それでは思うように実力を発揮することができない。
「それではいけないと考えているのか?」
「はい。それだけでは足りないと思っています。あの国ではどこを歩いても競技ばかりですから」
この国と違ってドルタナ王国ではどこを歩いても、どこそこの会場で剣術競技が行われるだとかの情報が目に入る。
結果として剣を学ぼうとする人は多いものの、それは間違った方向に向かっているのではないかとすら感じてしまう。
「剣術学院もここではパートナーを組まされる。もちろん、他流派との交流も含めてな。それがいいように働いているのだろう」
「学生だった頃、私も同じように他流派の人と組みました。その人とはよく言い合いになったこともありましたね」
リーリアはどこか懐かしむようにそう話した。エレインもリーリアも同じく学生だった頃があったらしく、どのような生活を送ってきたのか気になるところだ。まさか、最初からエレインは最強だったというのだろうか。
とはいえ、異次元の力を持っているというのは小さき盾の彼らを見ているとそう感じてしまう。
「そう、なのですね。それもこれも剣聖エレインの運命なのかもしれません」
「……運命か。考えたこともなかったな」
「はい。その……」
こうして改めて彼と話してみてわかったことがある。彼は私と同じく平穏な世界を望んでいる。私の考えもきっと彼なら納得してくれるはずだ。
「私と、婚約してください」
私は話してみることにした。もうその段階には入っているのだから。
こんにちは、結坂有です。
この幕間ではラフィンの心境を主に描いてきました。
政略的な意味も含め、彼女が婚約へと踏み切るところまで来ましたね。これからどういった流れになっていくのでしょうか。気になるところですね。
果たして、リーリアやアレイシアは納得してくれるのでしょうか。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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