兄妹の目指す世界
翌朝、俺たちは目が覚めた。
朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる。その光は若干の温もりがあり、程よくベッドを照らしている。
「……お兄様、起きましたか?」
「ああ、ちょうど目を覚ましたところだ」
すると、頬が触れそうなほどに近くにいるアイリスがそう小さく呟きかけてきた。
最初の頃は驚いたが、もう毎日のようになっているためそこまで驚くことはない。二人きりの時はいつもこれぐらい彼女は近づいてくるのだ。
一体何を目的としているのかは未だわからないままなのだが。
「私もちょうど起きたところです。やはり同じような訓練を受けていたのか同じ時間帯におきますね」
「かもしれないな」
「そろそろ朝食の時間ですね。そろそろ起きましょうか」
そう言って彼女は絡んだ足を避けると上体を起こす。
続いて俺も起き上がり、一緒に服を着替えてベッド近くに立てかけておいた剣を同じように腰へと携える。
もう日課になりつつあるこれだが、俺としては気に入っている。もちろん、アイリスも問題なく、加えてどこか嬉しそうにしている。
「そんなに嬉しいのか?」
「はい。こうしてお兄様と同じような生活ができていると考えると嬉しくて仕方がありません」
「そうなのか。俺にはわからないが」
「私個人の感想です。平和を維持することができればお兄様も気付けるかもしれませんね」
「ああ、そうだな」
俺には平和というものがまだわからないでいる。魔族によって人類の生活が脅かされているというのは事実だ。人類の生活を守るためにも魔族と対抗しなければいけない。しかし、それ非常に理性的な考えだでもある。
人類の生活を守り、平和を維持すると言うことがそれら発展以外のためであるのなら、それはきっと愛だとか、意地だったりとか、感情的なことも大いに関係しているはずだ。
ただ、俺にはまだその感情的な理由で人類の平和を守りたいとはまだ心から思っていない。俺にも感情的になれることはあるはずなのだが。
「お兄様、気にする必要はありません。一緒に歩いて行きましょう。平和への道を」
真っ直ぐに見つめてくるアイリスには俺と同じ目をしている。しかし、そこには強い信念のようなものを感じる。彼女は俺と違って感情を優先するような人だ。俺よりも彼女の方が剣聖という名がふさわしいのかもしれないと思うほどに。
「俺ももう少し周りを見てみることにしようか」
「はい。共に成長しましょう」
生まれた時から人間的な生活を経験してこなかった俺たちがどう成長できるのかは想像できない。いや、これすらあの地下訓練プログラムの想定したことなのかもわからない。
ただ、俺の考えではアイリスは俺たちセルバン帝国のやり方とは違って、無感情を強いるような訓練はしていないらしい。だからこそ、彼女は俺よりも人間的なのだろう。意味があるかないかで言えば、一個人の感情など大したものではない。しかし、感情が希薄だというのもそれはそれで人間的ではないのかもしれない。
人間的に成長するとはおそらくそれら感情とどう向き合っていくかにあるのだから。
「エレイン様、起きていますか?」
すると、ノックをしてリーリアが話しかけてきた。
どうやら朝食の準備ができているようだ。
「ああ、着替えを済ませたところだ」
「そうですか。失礼します」
そう言って彼女は扉を開ける。
彼女はいつものように美しい所作、美しい容姿で俺を出迎えてくれる。彼女からは可愛さ、というよりも綺麗が似合うようになっている。最初に出会った頃とは比べ物にならないぐらいに所作が洗練されている。元々聖騎士団で、中でも公正騎士を担っていた一流の剣士だったということもあり、誰かの元でメイドとして慕うということはなかったのだそうだ。
今となってはそうしたメイドとしての生活にも慣れ、日々のユレイナからの指導もあってか当初よりも美しさが際立っている。
「……どうかしましたか?」
「いや、最初に出会った頃とは大きく変わったのだなと思っただけだ」
「はい。私も剣聖に慕うものとして、日々精進してまいります」
そう言って笑顔を見せてくれた彼女は可愛らしいものだ。容姿だけで言えば、美しいよりかは可愛いに入るのだろうか。
「俺もふさわしい人間にならないとな」
「一生慕うに値すると私は確信しております。エレイン様がどのようなお方になろうとも、私は付き従います」
「……極悪人になったとしてもか?」
「その覚悟はできております」
仮に俺が人類の敵になったとしても彼女は俺に付き従うつもりのようだ。そこまで俺のことを強く信頼しているとは驚きのほかないのだがな。一体何が彼女をそこまでさせるのかはまだわからない。
おそらくは俺のことをスカートの中に隠している魔剣で分析したことがあるのだろうが、その詳細については教えてくれることはない。少なくとも、公にできないような秘密なのかもしれない。
俺の知らないような、重大で危険な秘密なのだろう。
「お兄様、私も同じく付き従います。私たちは兄妹として、平和な世界という目指すべき道をともに歩みましょう」
「まぁ、人類の敵になることはない。多少非道なことをするかもしれないがな」
「必要悪という言葉もあります。正しいかどうかはものの見方次第ですから」
確かにリーリアの言う通りだろう。
「朝食が冷める前に食べようか」
「はい。こちらです」
それからリビングの方へと案内され、アレイシアたちとのおいしい朝食を食べることにしたのであった。
朝食を食べ終えると、アレイシアとユレイナは議会の仕事へと向かった。小さき盾のことは毎日ユウナとナリアから報告を受けているそうで、彼らのこともアレイシアは把握しているのだろう。
俺は昼頃にラフィンと商店街へと向かう予定がある。作戦日が近づいているものの、もう少しこの国のことを知りたいと商店街や議会近くの広場を見て、勉強したいのだそうだ。
確かに一般人として普通の生活ができると言うのは彼女にとってもいい機会なのかもしれないな。ここでは彼女は王族という立場ではなく、一般人と何ら変わりないのだから。
「エレイン様、今日のラフィン様との約束なのですが……」
「一緒に来るのだろう?」
「はい。その、私のわがままになりますが」
「別に大丈夫だ。何か問題でもあるのか?」
何も街を見て回りたいというだけだ。アイリスとのデートと違って、普通の散策なのだから一人増えたところで何ら問題はないはずだ。
しかし、リーリアの表情を見るに少しばかり気になるところがあるらしいな。
「いえ、気になることがありまして」
「……お兄様。私の思い違いでなければですが、ラフィン様はデートをしたいと思っておられるようです」
「そうなのか? 俺には普通に街を歩きたいだけだと思うのだが」
先日、届いた手紙にもそう書かれていた。街を歩くことで王族として何が必要なのかを勉強したいと。
確かに文字で書かれていたために建前であって、本音はまた別にあるということも考えられるか。しかし、それにしてもどうしてデートになるのだろうか。
「以前、私がラフィン様とお話しした時を覚えていますか?」
「ああ、覚えている」
「彼女はお兄様に好意を抱いております。それは彼女も認めている事実です。今回の一件で少しでもお近づきになりたいと思っていることでしょう」
「はい。私もそう考えています」
ということは、あの時は婚約は考えていないと言ったものの、それも状況が変わるにつれ、少しでも俺に近づこうとしているということだろうか。
しかし、王族という肩書きを持つ彼女がそう簡単に婚約へと踏み込むことは考えられない。ラフィンも慎重な人だと俺は認識しているからな。
「政略的理由もあるのでしょう」
「……真意まではわかりませんが、エレイン様のためにも私が同行するというのはどうでしょうか」
「まぁそう言ったことには疎いからな。そうしてくれると助かる」
「リーリアさんでしたら、私も安心です」
とは言え、街歩きで何が起きるかは想像できないのも事実だ。ただ、リーリアがいればラフィンも思い切った行動は控えることだろう。彼女に強い想いがなければの話だが。
こんにちは、結坂有です。
ついに始まるラフィンとのデートですね。
一体どのようなことになるのでしょうか。彼女のことですから、きっと少しばかりは思い切ったことを始めそうですね。
とは言え、幕間ということで本編にはあまり大きな影響はありません。しばしの平和な日常回です。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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