守るべき帰る場所
私、セシルは一日祖父の家で泊まることになった。
すぐに帰ってくるとは思ってもいなかったが、帰ってくるのが夜だとは思ってもいなかった。
元気になったからといろんな活動を再開しているようではあるが、カインはあまりよろしくは思っていない様子だ。確かに元気になったからといってすぐに動いてはまた具合が悪くなってしまうことだろう。
「ところで、セシルよ」
そんなことを考えながら昼食を食べていると祖父のガダンドが話しかけてきた。フォークを置いて彼の方へと向いてみる。その表情はどこか真剣な顔をしていた。
「わしのことをどう思っておる?」
「……私がここに来た理由は今朝話した通りよ」
私がここに来た理由はサートリンデ流剣術から独自のものにしたいと思っているからだ。自分としてもエレインから何度か剣術に対する指導を受けたことがある。そのどれもがこの剣術にはなかった考えのものばかりだ。そしてその技すらも私の見たことのない全く新しいものだった。
それらの要素をうまく組み合わせることができればもっと強力な技を編み出すことができることだろう。
「やはり、独自の剣術をつくろう、そう言いたいのじゃな」
「ええ、とても強力なものではあるのだけど、私はもっと先を行きたいの」
「……」
私は改めてそう彼に言うと彼は少し物悲しそうな表情をした。
「どうかしたの?」
「……その、なんじゃ。意外だと思っての」
「意外かしら。私は父から基礎を教わっただけ」
本当はもっと教えて欲しかったところだ。サートリンデ流奥義の真髄とやらをもっと私に叩き込んで欲しかった。しかし、今となってはそんなことはもうできない。父をよく知る聖騎士団の人と共に訓練を続け、高度剣術学院の入学時評価一位を取った。
それでも私の実力は根本的なところから高いと言うわけではなかった。そもそも私はエレインに近づくことさえできなかったのだから。
「奥義を、技をもっと知りたかった、そう言いたいのじゃな」
「そうよ。でももう遅いわ」
「剣聖、エレインと言ったかの」
「彼と一緒に歩んでいけば私はもっと強くなれるわ。そう確信しているから」
サートリンデ流剣術は非常に歴史あるものだ。それでいて魔族との戦いに特化したものでもある。その美しい技は実戦で洗練され続けた結果とも言えるだろう。
しかし、そんなものでもエレインの超絶的な技巧に匹敵するとは思えない。剣術とは技術だ。歴史ある技術だからといってそれが最善最良の技というわけではないのだから。
「セシルがそこまで言うのなら、そうなのじゃろう」
「……エレインの技術はとてつもないものよ。全てを真似できるわけではないけれど、彼から学べるところも多いと思ってるわ」
「ふむ、意志が固いと言うのはわしに似ておるの」
なぜか昔を思い出すようにして彼は言った。
「どう言うことかしら」
「そのままの意味じゃ。思い出話は好きではないがの……」
祖父の若い時の話はほとんど聞いたことがない。そもそもあまり話したことすらないのだ。ただ、それでも彼は何かを伝えたそうにしている。
「先代の技に限界を感じたことがあったんじゃ。まだわしがお前ぐらいの頃にの」
「どうして限界を感じたの?」
「わしらの剣術は良い意味でも悪い意味でも型に縛られているんじゃ。あらゆることを想定して考えられてはいるものの、想定外のことが起きれば技としての優位性が一瞬にして崩れてしまう」
その点は私も感じていたことだ。事実、私の最初に生み出した独自の技”大蛇崩し”はあえて構えを崩すことで技の自由度を高めている。いいことばかりではないが、活用できる場面はそれによって広がったとみえる。
私と同じようなところをやはり彼も私と同じ頃に感じていたと言うのだろう。
「それからわしは色々と試行錯誤をしたんじゃ。今となっては的外れなもんじゃがの」
「……じゃどうして師範になったの?」
「成り行きじゃよ。結局わしも型の呪縛から抜け出せんかったわけじゃよ」
その理由はわからない。彼が何を想い、何を考えていたのかは今の私には知る由もないわけだが、それでもその先を聞きたいと思った。
「何かあったわけね」
「独自に考えた技でしばらくは魔族と戦っておった。知っての通り、聖騎士団なんてもんはなかった」
祖父の時代は聖騎士団と言ったような魔族専門の精鋭部隊というものがなかった。議会軍の中の特殊部隊という枠組みしかなかったのだそうだ。それに今よりも聖剣を持っている人も一握りしかおらず、戦力としては魔族の攻撃をなんとか防げる程度の力しかなかった。今のように魔族の拠点へと攻撃を仕掛けたり、ましてや魔族領へと赴くなんてことはできなかった。
「ある日、魔族が攻撃を開始したのじゃ。雷が鳴り響く豪雨の中にの」
「……」
「その日の防衛戦なら大丈夫だとも思っていた。当時の妻もいつも通りの戦いになると信じていた」
「だけど、そうならなかったの?」
「そうじゃ。奴ら魔族はわしらの想定していた数よりも多かった。わしは少しでも数を減らすべく、前へと向かった。わしの技は対複数戦を意識したものを考えておったからの」
確かに複数と戦闘することを考えていれば、その人が前衛に出るのは当然とも言える。しかし、それは時に諸刃の剣となってしまうことだってある。想定外は積み重なるものなのだから。
「じゃが、わしの予想に反して魔族は左右に回り込んだのじゃよ。豪雨に紛れての。それで後ろにいた妻と親友を……亡くしてしもうた」
「それは自分の技のせい、ってことかしら」
「そうじゃよ。独自に考えた技は所詮、自分を守る技でしかなかったのじゃ。強力な技なら大切な人を守れるとばかり思っていた、そもそもその考えが間違いじゃった」
自分だけが強くては意味がない。他人を守るために自分が強くなればいいというのは間違った考え方だ。それはエレインから何度も聞いたことがある。
ただ強ければいいというものではない。本当の強さというのは状況に合わせてそれを制御することだ。エレインが私にそうしてきたように、私もそのことをしっかりと心得ておく必要がある。
「……そんなことがあったのね」
「もう何十年も前の話じゃ。ただの昔話じゃよ」
そう彼は言っているが、そうは思えなかった。私も自分の技を極めようと必死に努力してきた。しかし、それは時に自分や大切な人を傷つけることもあるということだ。強くなるにつれ、周りが見えなくなる。状況に応じて視点を変えるべきなのだ。
「それでも私は自分の道を進みたいの」
「そこまで言うのなら止めはせん。好きにするといい。じゃが、たまにはこうして戻ってきなさい」
「……そう言ってくれて嬉しいわ。話をしてくれてありがとう」
すると、彼は表情を戻して口を開いた。
「老兵の話はためになったかの?」
「ええ、十分過ぎるほどにね」
彼がどんな人生を歩んできたのか、それは私の知るところではない。だけど、そこから少しでも学ぶことができたのは私にとって大きなことになるだろう。
彼の忠告をしっかりと聞き入れて、私はこれから切り拓いていかなければいけない。自分の道は自分で作っていかなければいけないのだから。
◆◆◆
昼食を済ませて、またしばらくアイリスと商店街を見て回った後、俺、エレインは家に帰ることにした。
家に帰るとユレイナやリーリアが夕食を作って待っていてくれていた。
どうやら他の人も帰ってきているようでアレイシアやユレイナも一日の仕事を終え、議会から戻ってきていた。
「エレイン様、アイリス様、おかえりなさいませ」
リビングへと入るとユレイナがすぐにそう頭を下げて出迎えてくれた。テーブルに料理を並べていたリーリアも気付いたようで丁寧な所作で一礼をする。
「それで、兄妹のデートはどうだったの?」
「商店街を見て回りました。ゆっくりと歩くことができたので楽しかったです」
すると、俺の横に立っていたアイリスがそう言って今日の感想を言った。
確かに二人でゆっくりと歩くのは今まであまりなかったことで、楽しいものではあった。まぁ商店街に入った直後に妙な男に付け回されたのだが、そのことはここでは伏せておくことにしよう。後のことは聖騎士団に任せたことだ。今は気にする必要はないだろう。
「本当は私も行きたかったんだけどね。自由に出歩くことができないわけだし……」
「はい。アレイシア様はこの国の議長であられます。それに昨日のこともありますので」
「わかってるわよ。でも、二人っきりなんて羨ましいわよ」
彼女とはこの国に来た直後によく街を案内してもらった。あの時は足が不自由なのにも関わらず、自分から率先して案内してくれたのを覚えている。理由は特になく、メイドであるユレイナに任せることもできたはずなのだが、それでも彼女は俺と一緒に外を歩くのが楽しかったのだろう。
正直なところ、当時の俺はそこまでする理由がないとばかり思っていた。ただ、今となってはその楽しさとやらもわかるようになってきた。
「……アレイシアと二人で自由に歩けるような、平和な国にすればいいだけだ」
「っ! そ、そうよねっ」
俺の言葉にアレイシアは何故か顔を赤くした。変なことでも言ったかと思ったが、別にそう言うわけではないのだろう。
「それより、夕食にしましょ。冷めてしまうわ」
気を取り直して、彼女はそういった。
今日の夕食は商店街でどのようなところを見て回ったのかと言った会話が続いた。
おそらく魔族との戦いはそうすぐには終わることはないだろう。人類と魔族の戦いは今後も永く続いていくことだろう。しかし、人類は前進することができた。敗走ばかりの歴史に初めての勝利を得ることができた。魔族領を奪還し、国同士の貿易もより自由に安全に行うことができるようになった。
そればかりではなく、国同士の繋がりもより強固になってくることだろう。フィレスのいたパベリという都市も、クレアのいたヴェルガー連邦やアイリスのマリセル共和国といった国々とも徐々に交流を広げつつある。
各国が連携し、魔族に対する防衛をうまく連携させることができれば、こうした平和も永く守り続けることができるだろう。
もちろん他の国を助けないわけにもいかない。ドルタナ王国も魔族の攻撃を受けていると言う事実がある。まだ魔族領は世界に多く広がっている。ほんの少しでも俺たちは前進していることだろう。
魔族によって崩されたこの平和を取り戻すにはまだ遠い。それでも俺はいつか平和が訪れると戦い続ける。
そう、俺は今日の夕食を通じて決意をしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
エレインとセシルの場所はこのエルラトラムにあります。それは守るべきものであり、帰る場所でもあります。
世界のために戦う彼らはこれからも強くあり続けるのでしょうね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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