訪れた刺客
アレイシアが暗殺集団のアジトを襲撃してから翌日。俺、エレインはアイリスと共に商店街を歩いていた。彼女の生まれ故郷のマリセル共和国はここのような商店街では全くなかった。計画都市といえば聞こえはいいが、マリセル共和国の商店街は基本的に効率だけを重視したような地形となっていた。
もちろん、それも重要なのだというのはわかっている。特にあのマリセル共和国は谷を切り拓いて建てられたという経緯があるためにある程度は計画的に都市を作っていく必要があったのだろう。それとは違い、ここエルラトラムの商店街は古くから存在しており、それは王国時代の頃からだそうだ。そのため、計画的に設計、整備された共和国とは全く違うものとなっている。
道も最初から整備されていたわけでもないために、脇道が多く存在しており大通りというものはあるものの、そこから蜘蛛の巣のように脇道や小道が張り巡らされている。そして、それらはやがてどこかの大通り繋がっており、その大通りは元王城の議会へと繋がっている。改築や増築を繰り返し、所々歴史を感じさせるものが点在している。
アイリスはそのような商店街にかなり興味を持っている様子だ。
確かにこうして見てみると同じ商店街ではあるものの、その中にも個性というものがあるのだと感じる。経緯や歴史の違いもあるだろうが、国民性というのもまたそれらの違いを生んでいるのだろうとも思う。
これから剣聖として世界を旅することになる。ただ人類を守るだけでなく、こうした風土や歴史というのも守っていきたいところだ。
「お兄様、何を考えているのですか?」
すると、横を歩いていたアイリスが話しかけてきた。
「いや、守るべきものは人間だけではないのかもしれないと思っただけだ」
「……この商店街、いえ、風土そのものも破壊されないよう守っていきたいと、そういうことでしょうか」
どうやら彼女も同じことを思っていたのだろうか。俺と考えているのが同じというのは意外ではあったが、まぁ同じ景色を見ているのなら思うことが似ていても不思議ではないか。
「そうだな。人を守るだけでは本当の平和はないのかもしれないと思ってな」
「はい。人々の歴史やその土地の風土なども失ってはいけないものではあります」
「できるかどうかはわからないが、最初からできないと諦めるわけにもいかないからな」
「私もそう思います」
セルバン帝国からこの国にやってきた当時は魔族さえどうにかすればいいとばかり思っていた。魔族さえ滅ぼせば平和が訪れる、そんな甘い考えが当時にはあった。
聖騎士団に入り、魔族という脅威から人々を守るために戦い続ける。もちろん、それで人々の生活は守れることだろう。聖騎士団の遠征部隊に所属すればエルラトラム以外の国だって守ることだってできるはずだ。
しかし、こうして人々の生活を改めて見てみると自身の命だけ守られたとしてもそれが平和に繋がるというわけではないようだ。命を守るがあまりに今まで守り続けてきた歴史や風土を失っては意味がない。それは国民の存在意義が失われるということでもあるからだ。そう簡単に失ってはいけない上に、守り続けなければいけないことだ。
それに、敵は何も魔族だけというわけではない。魔族と結託し、不必要な革命を引き起こそうとする連中も少なからず存在する。
「少なくとも、それら歴史や風土は人々に生きる意味を考えさせるものだ」
「人々がどう生きていくか、どう変わっていこうか、それを考えさせる一助とはなっているでしょう」
「ああ、俺たちが守るべきなのは人間だけではない」
「どこまで守れるかはわかりません。ですが、そのために尽力しなければいけませんね」
アイリスは商店街の様子を見ながらそう意気込むように言った。
俺たちの力など天界の神々と比べれば大したものではない。神の力を使えば俺たちが今考えていることも容易く実行できるはずだ。しかし、それでは意味がない。いつまでも神にばかり頼っていてはいけないのだ。
「……あの人、先ほどからずっと私たちを見ていますね」
そんなことを考えながら歩いているとアイリスがそう奥の通路を見ながら言った。思い返せば商店街に入ってからずっと視線を感じていた。明確な敵意や殺意といったものがなかったために無視していたのだが、ずっと監視するように見ているのは気がかりだ。
話ぐらいは聞いてみてもいいだろう。
「そうだな。さすがに意味があっての監視だろうからな」
「はい。敵意などは感じられませんが……」
「どちらにしろ、不愉快なのには変わりない」
二人で穏やかな日常というものを味わいたいところではあるが、しばらくは難しいだろうな。議会の方針でさえ、一丸となれていないのだから仕方ないか。
俺たちは小道へと逸れ、監視し続けていた男を待ち伏せることにした。
案の定、彼は俺たちの後を追って小道の方へと入ってきた。
「そこまでですっ」
隠れていたアイリスが飛び出してその男へと話しかけた。
「っ!」
「ずっと俺たちのことを付け回していたようだが、一体何のようだ」
「あの距離でも気づかれるとは」
「それで、本当の目的は一体なんですか?」
剣は引き抜いてはいないものの、俺とアイリスは警戒体制を取っている。彼がもし攻撃を仕掛けてきたとしてもすぐに対応できるようにだ。
まぁここにリーリアがいればすぐにでも尋問して本当のことを吐かせることもできただろうがな。
「……復讐を達成するためだ」
「先日のフードの男も同じようなことを言っていましたね」
「俺に対して復讐心を抱くというのはどういう意味だ?」
「お前もわかっているはずだ。この世に想定外の事例など残していてはいけない」
何のことを言っているのか俺には理解できないが、個人的な恨みを持っていうのは確かなようだ。しかし、それにしても妙な点がある。
目の前の彼や先日出会ったフードの男といい、同じような考えを抱いているというのは変だ。
「……その恨みを持っているのはお前だけなのか?」
「どうだろうな。だが、ここで俺を殺しても終わりはない」
「洗脳か何かでしょうか」
「そのような不安定なものではないだろうな」
アイリスがそのように推測するが、おそらく彼のそれはそのようなものではない。少なくとも洗脳と言った類のものではないだろう。何か素体となる人間の意志を複製している、おそらくはそう言ったもののように感じる。
俺も詳しいことはわからないが特殊な魔剣なら、神の力を手に入れた魔族自体なら可能だろう。事実、リーリアの魔剣が精神系に干渉する能力を持っているからだ。自身の強い思いを複製するような能力があったとしても不思議ではない。
それにそれを悪用すれば、より強力な従者を作ることだってできるだろう。
ゼイガイアの行っていた洗脳とは違った意味で脅威となり得るか。
「俺に教える義理はない。それに、ここで勝負を仕掛けるなんてことはしない。俺は他の連中とは違って力があるわけでもないからな」
「そこまでしてあなたは一体何がしたいのですか?」
「復讐を果たすため、そのためならどんな非道なことでもしてみせよう」
すると、彼は踵を返してどこかへと歩き始めた。
彼は最後まで攻撃の意を示すことはなかった。
それから事情を聖騎士団に話し、後処理を頼むことにした。彼の死体からは魔族の体内にあると言われている黒い石のようなものも出てきた。聖騎士団は商店街の警戒を強めるらしい。
まぁ警戒するに越したことはないが、彼の本当の目的は俺にあるだろう。商店街や議会に被害が出るということはないだろう。
「……このまま放置してもいいのでしょうか」
「素体となる人間がいるのなら、わざわざ探し出して拘束したとて意味はないだろう」
「殺しても終わりはない、そう彼は言っていましたね」
「相手の出方次第にはなるが、今は気にすることでもないだろう」
「……危険ではありませんか?」
「まぁ彼のような連中を相手するよりも今はドルタナ王国の問題を解決する方が先決だ」
「確かに、そうかもしれませんね」
実害がないのだとすれば、今は放置していても問題はない。それに国内で大きな問題を今は起こしたくはない。暗殺集団を排除したばかりで議会も処理に追われていることだろうからな。加えてドルタナ王国との話もある。
「俺の邪魔をした時は全力で排除する、今はそれでいくつもりだ」
「わかりました」
どうやらアイリスも納得してくれたようで俺の方針にそう頷いてくれた。危険な存在なのかもしれない。裏で魔族と繋がっているのも事実だろう。
しかし、そのような問題を挙げればいくらでも出てくるものだ。直近の危機で言えばドルタナ王国、それ以外の問題は少しばかり放置するべきだ。
こんにちは、結坂有です。
危険な存在ではありますが、エルラトラムに何か害を与えるというわけではなさそうです。
今はまだ大きな問題を起こしたくない上に、狙いがエレインであるのなら放置したとしても問題はなさそうです。
それに、魔族と繋がっている人間は彼以外に多くいそうですしね。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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