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牢獄の最奥にて

 私、ジェビリーはこのドルタナ王国の第一王女だ。本当であれば今頃私は善戦の兵士たちと共に修行を積んでいたはずだ。そして、魔族からこの国を、大事な妹を守っていたはずなのだ。

 この国では確かに剣術競技が盛んではある。しかし、それらの多くは対人を見据えたものとなっている。本来、聖剣は人間を魔族から解放するためにあるものだ。そんなものであんな競技ばかりしていてはダメなのだ。もちろん、対人が全くの無意味かと言われれはそれもまた違うのだが、そればかり意識していては絶対に意味はないと言える。それは私が妹の剣術指南役に任命したあのアミュラ特級剣士がよく理解していることだろう。


 そんな未来はただの理想であって、私は今牢獄にいる。それも最奥となる場所だ。普段こんなところは使ったことすらない場所だ。

 しかし、そんな場所に私は閉じ込められている。服も囚人用の服でただ布を張り合わせただけの簡素なもの。それにかなり奥まった場所となっているために悪臭が漂い、さらにはじめっとした空気は季節と相まって妙な蒸し暑さを際立たせている。

 当然ながら石鹸を使って体を洗うことはできず、毎日支給されている濡れタオルで体を拭うぐらいしかできない。

 こんなところに閉じ込められて絡もう何週間経っただろうか。私の精神がまだ正常に保てているのが不思議なぐらいだ。


 それでもはっきりと意識を保つことができるのはきっと希望があるからだろう。私の中でそう確信のようなものがあるからだ。アミュラ特級剣士は非常に強いお方だ。聖剣を持っていないとはいえ、私の協力もあって彼には協力者なる人が多くいる。その協力者の多くは妹のラフィンの親衛隊だ。彼らがきっと私を演じている魔族を始末してくれるはずだ。

 いや、きっとそうに違いない。

 最後に来てから何日もあの魔族が話をしに来ていない。定期的に牢獄の大扉が遠くの方で開く音が聞こえるものの、私のところにはやって来ていない。おそらくは妹ラフィンの、アミュラ特級剣士の対応に追われているはずだ。

 私の希望となる二人がいてくれるだけで私はこんな環境にも耐え抜くことができる。私の大事な大事な妹なのだから。


   〜〜〜


 妹のラフィンが生まれて来たのは私がまだ五歳の頃だった。もう十数年も前の話なのに鮮明の覚えている。

 あの時は生憎の雨だった。私の母が急に膝を突き、腹痛を訴えた。まだ出産の予定日より早い時期、つまりは早産だったのだ。

 生まれた時の体重はかなり低く、子どもの私が軽々と抱けるほどだった。

 最初の頃は体が弱くなるだろうと医者は言っていた。しかし、それからのこと彼女の体重は急激に増え、体も次第に大きくなっていった。医者や看護師たちの懸命な支援もあってか彼女は平均的な女の子へと成長していった。特に障害を持っているわけでもなく、運動能力もそれなりにあった。

 その時の父は神が救いになられたとばかり信じ切っていた。


 ただ、そんな幸福な家族の時間もそう長くはなかった。ラフィンが生まれて三年後、母が謎の急死となった。昨日まで元気だった母は翌朝、ベッドの上で眠ったまま起きることはなかった。最初は毒殺だと周りの人は騒いでいたが、結局のところ犯人となる人物は見つからなかった。

 そして何よりも毒物となるものがどこからも見つからなかったのだ。毒を持った虫や動物が噛み付いた傷もなかった。

 それから父は残された私たちにさまざまなことを教えてくれた。もちろん、遊ぶこともいっぱいした。

 父は私たちが遊んでいるときによく言っていた。


『今のうちにたくさん遊びなさい。こうして自由に遊べる時間は限られているのだから』


 その時の私は二時間という短い時間のことを言っているのだと思っていたが、今となってはその言葉の真意もわかる。全てはこうなった時のために幸せな時間をたくさん作っておくべきだと言いたかったのだろう。

 父も最愛の母を失ってからは体調が優れない日々が続いていた。

 しかし、その状況が数十年も続くことはなかった。ラフィンが生まれてから八年後、彼の体調も急に具合が悪くなったのだ。

 父の具合が悪くなり、この先は長くないと医師に診断された直後、私とラフィンとであることを約束した。それは内政と軍事を二人で分担しようとしたのだ。私もその方がいいと考えた。

 妹には悪いことをしているという自覚はあるが、それでも彼女は私のことを信頼してくれた。本当はというと私はもっと彼女と遊びたかった。ただ日々状況というものは変わっていくもので、そして時間というのは残酷なほどに私たちを蝕んでいくものだ。平和なほど時間は速く過ぎ去る。

 そんな後悔など、私の勝手な感情だ。


   〜〜〜


 この国では国王伝説のせいも相まって軍事に関することに興味関心を持つ国民が非常に多い。内政ばかりを担当していたラフィンは実績という点ではそこまで高いというわけではなかった。

 しかし、それでも彼女は国民の声に耳を傾け、彼らの要望を可能な限り実現していった。そのおかげもあってか城下町の印象は大きく変わった。美しく整備された道路に街路樹は印象を大きく変え、街に明るさをもたらした。

 あまり目立つようなことではないにしろ、国民も彼女のことを信頼してくれていることだろう。そのことは距離を置いていた私でもわかるぐらいだったからだ。街に出て民と話をすると必ずと言っていいほど彼女の功績と見られる話を聞くことができた。私と違って頭の回る彼女は非常に優秀で自慢できる妹なのだ。


 すると、牢獄の大扉が遠くの方から開く音が聞こえた。珍しく二回となる音だ。何かあったのだろうか。

 それからしばらくすると、足音が近づいてきた。


「……」


 この音は嫌な予感がする。カツカツッとヒールの音が近づいてくる。


「四日ぶりね。ジェビリー」

「……まだ生きていたのですね」

「私がそう簡単に死ぬとでも? ありえないわね」

「すぐにでもあなたは死にます。悪は必ず滅びるのですから」


 前回会った時と同じことを私はまた言ってみせた。

 魔族だと確信している彼女は私の口調を真似しようと色々と試行錯誤していた。それも私が意図的にしていたことだ。彼女が私の真似をするのは知っていたからだ。

 ただ、前回でそんな私のささやかな作戦など気づかれてしまったわけなのだが。


「まぁいいわ。私に対してまだ反抗的な態度を見せるのね。最初の時もそんな風に丁寧な言葉で話さなかったみたいだし?」

「少しでもあなたを騙すことができたのなら私としては良かったと思っています」

「あんまり私のことを甘く見ないでもらえるかしら。あなたがどんな小細工を使おうと私はあんたの代わりを務めるわ」

「本当にできるのでしょうか?」


 今の私の口調は今まで通りの口調と変わらない。しかし、一度は言動を変えられたということで彼女もきっと警戒しているはずだ。今の私の言動が本物だと確信はできていないことだろう。

 そもそも、彼女に私の代わりが務まるわけがない。彼女が一体何をしようとしているのかはこの牢獄にいる限りでは何もわからない。巡回してくる甲冑を着た兵士すらも口をまともに聞いてくれない。

 まるであの前線基地にいた時のような感じだ。まさかあの基地が既に陥落していて、甲冑の兵士が全員彼女の手下だったとはわからなかった。つまりあの時、私は罠にかけられたということだ。そんなこと、今になって気づいたところで全く意味のないことなのだけれど。


「あなたを身近に知る人を先ほど処刑したわ。最後まで気高い人だったわよ」

「……」

「そんなことを言ったところで意味はないけど、そろそろ話す気になったのかしら?」

「……どんな犠牲を払ってでも私は王家にまつわる宝剣の在り処を話すつもりはありません」


 そう、彼女が私を殺さない唯一の理由はそれだ。ドルタナ王家に伝わる宝剣のことだ。どのようなものかは私も知らない。なぜならそれはラフィンが持っているからだ。もちろん、その姿形は王家である私が知っている。しかし、多くの人はその宝剣の形など知らない。

 あのラフィンですらも知らなかったのだ。父が私にだけその在り処を教えてくれたからだ。そして、その宝剣をどうするかも私に委ねてくれた。最初はどうするべきか迷っていたものの、最終的に私はアミュラ特級剣士から剣術指導を受けているラフィンにそれを託すことにした。

 彼女が持っている方が一番安全だと思ったからだ。その宝剣がどのような能力を持っているかはわからないが、優秀だと思う人に託すのは自然なことだ。それに私もそのときにはすでに聖剣を持っていたわけだ。二本手にする訳にも行かず、あのまま祠に放置しておくのも精霊に申し訳ない。

 当然ながら、ラフィンがその宝剣を持っているわけで現在どこにあるかなんて私がわかるはずがない。


「そんなに大切なのかしら。宝剣のことが」

「そうです。宝剣はこの国の宝、この国の将来がかかっているのですよ」

「ただの剣がこの国の将来、ね。全く意味がわからないわ」

「わからなくて結構です」

「少なくともあの伝説の祠にはなかったわけだし、どこかに隠したか、誰かが持ち出したか」


 私は表情を見せないよう、彼女から顔を逸らすことにした。表情というものは無意識にも変わってしまうのだから。


「……まぁいいわ。宝剣のことは後回しにするしかなさそうね」

「そう、敵ながら賢明なのですね」

「鬱陶しいことを言わないでくれるかしら。私をあまり怒らせない方がいいわよ」

「いっそのこと、怒りに任せてもいいのですよ。結果は変わらないでしょうけれど」

「っ!」


 そう挑発めいたことを言うと彼女は鉄柵を強く蹴り付けてきた。

 ガンッと乾いた音が牢獄に響き渡る。もちろん、こんな大きな音を立てたとしても外にいる人には全く聞こえないことだろう。


「いい? あなたは囚われの身、立場というものを弁えるべきよ」

「私は第一王女でもありますが、国を守る軍人でもあります。この程度のことで屈するわけもありません」


 正直なところ、それは半分ハッタリではある。覚悟はあると自負していても実際に死を宣告されればその時こそ動揺することだろう。妹のために死ねる覚悟はある。ただ、天国というものがあるのならきっと後悔するだろう。

 もっと彼女と話したかった、一緒に街中を歩きたかったと。


「いい度胸ね。どこまで粘るか楽しみにするわ。三日後にまたここに来るから」


 そう言って彼女は怒りに満ちた表情のまま外の方へと歩いていった。

 彼女が宝剣以外で一体何を企んでいるのかは全くわからないが、妹だけは助かってほしい。私にできることなんてこれぐらいしかないのだ。

 状況は日々最悪に向かいつつある。認めたくない現実がすでに迫りつつある。けれど、諦めてはいけない。私もこんなところで屈してはダメなのだから。

こんにちは、結坂有です。


第一王女本人は生きていたようですね。確かにドルタナ王国には知られざる謎のようなものも多くありそうな感じがしますね。それにラフィンの持っている聖剣はどうやら王国に伝わる宝剣のようです。そんなことを知らないラフィンはこれからどうなっていくのでしょうか。

果たして、伝説の通りになるのか……気になるところですね。


現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。


それでは次回もお楽しみに……



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