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信念を貫いて

 私、アミュラ・クラウディオスは王城の牢獄へと囚われていた。この場所は非常に強固な守りとなっており、警備体制も万全なものとなっている。地形的にもそう簡単に脱走できないようになっている。もちろん、老いぼれとなってしまった私としてはもうここを脱出できるような力は残されていない。

 そもそも足を斬られてしまっている。一応治療はされているものの、傷の治りの遅いこの老いぼれではすぐに走れるようにはならないだろう。

 少なくともここで繰り返される尋問に耐えなければいけない。まぁここで死ぬのもまた運命と言うものだ。あのラフィン王女さえ助かっていれば私としてはもう悔いはない。

 あの第一王女、いや魔族の手から逃れることができただけでも幸いというべきだろう。

 私と第二王女ラフィンとの出会いは彼女が幼少期の頃に遡る。


   〜〜〜


 まだ若かった頃の私はドルタナ王国の剣術に将来性がないことを危惧し、他国の剣術を取り入れようとした。流石にエルラトラムへと向かう勇気はなかったが、高い技術力を誇ると言われているセルバン帝国へと向かうことにした。

 特にそこでは指導を受けたことはなかった。帝国が極秘としていたために細かい技術などはわからないものの、それでも私はそこで研究を続けた。彼らの動きを全て吸収していった。もちろん、完璧に再現することは不可能だったが、ある程度は手に入れることができた。

 そう、セルバン帝国の剣術は対人だけでなく、魔族に対しても高い効果を持つとわかった。彼ら帝国の剣術は一体どこまで進化しているというのだろうか。もしくはエルラトラムはもっと強いとされているのだろうか。

 彼らの剣術を研究していくうちに私は絶望へと陥っていった。理由は簡単だ。ドルタナ王国の剣術は対人ばかりを意識した昔ながらの剣術だ。剣技だけは立派ではあるものの、対魔族、それも巨体を持った魔族に対してはあまりにも効果がない。今までそのような大規模な戦闘が起きたことがないために問題こそ提起されていなかったが、当時の私は一種の絶望のような想いを抱いていた。


 そこで私は王国へと戻り、必死に努力した。帝国で研究した剣術を自身に取り入れ、なるべく再現しようとした。彼らの魔族を意識した剣術は非常に有効的で、戦いを優位に進めることができた。

 そして手に入れた特級剣士という階級は私の信用を上げるものとなった。ただ、元々の信頼がなければそれら階級というのは意味を持たない。当然、帝国の剣術を一部取り入れた私の剣術など、誰も教わりたいとは思わなかった。街中で声をかけてみても落ちぶれ剣術には興味がないとばかり言われた。

 そんな私に王女は声を掛けてくれた。まだ子どもだった彼女は私に対してあることを懇願してきたのだ。


 それから十年近く経っただろうか。

 ラフィン王女はそれなりに実力を身に付けていった。もちろん、前線で毎日戦いを経験している剣士と比べれば劣るものの、自分の身をしっかりと守れるまでは成長した。日々内政学を学び、その合間に剣の修行をした。精霊にも認められ、聖剣を手にすることもできた。

 私のやるべきことはもう終わった。あとは彼女らに任せるべきだろう。それにもう一人の弟子もきっと彼女の手助けをするに違いない。彼も私と同じくこの国の剣術に対して否定的な意見を持っている。私ほどに絶望はしていないものの、彼も変革を望んでいるに違いない。

 私たちドルタナ王国は昔のままではだめだ。今でこそ、エルラトラムと協力し、魔族を意識した剣術へと移行しなければいけない。今や対人ではなく魔族を相手にしているのだから。


   〜〜〜


 そう牢獄の天井を見ながら昔のことを思い返してみる。今後のことはもう私にはどうすることもできないだろう。

 私の力ももう限界に来ている。

 そんなことを考えていると、ガチャンっと乾いた金属音が聞こえてくる。非常に重たいその音は牢獄の大扉が開いた音だ。


「ごきげんよう、アミュラ特級剣士」

「……第一王女がどうしてここに?」

「王女たるもの、反逆者の意見も聞くべきかと思いましてね」

「反逆者の意見?」

「ええ、反対意見があるのでしょう。もちろん、この国のためを思ってそれらを政策に取り入れようかと」


 と鉄柵越しに女性は言ってくる。

 彼女はもう王女なんかではない。いや、第一王女なんてもう存在しない。ただ玉座に存在するのは魔族なのだから。

 しかし、そんなことはあの事件が起きる前からわかっていたことだ。私とて馬鹿ではない。とはいえ、この段階で彼女の正体に私が気付いていると思わせてはいけない。


「王家のやり方、特に第一王女のやり方は気に食わん」

「だから第二王女の手助けを?」

「その通りだ。貴様のやり方には反吐が出る」


 そう怒りを込めて言ってみることにした。

 すると、彼女は私の言葉を飲み込むように聞いた。まるで全てを受け入れるかのような穏やかな表情でだ。


「私のやり方に不満があると、そう言いたいのですね」

「妹であられるラフィン王女殿下が一番民のことを考えておられた」

「……もう互いに隠すのはよしましょう。連れてきなさい」


 そう言って彼女は後ろに立っていた大きめの甲冑を着た兵士へと合図を出す。

 しばらくすると、兵士が乱暴にある男を連れ出してきた。


「貴様……」

「はい。全て彼が話してくれました。あなたは私が魔族であると吹聴したようですね」

「アミュラ大師匠っ! 僕は、僕は何も言っていないっ」

「わかっておるわい。そう騒ぐな」

「私はただただ謝罪していただきたいだけなのです。不平不満はいくらでも聞きましょう。ですが、私のことを魔族だなどと言いふらすのはいくら私でも看過できません」


 目の前に座らされている男、キクスの体はズタズタに斬り裂かれていた。致命傷にならない程度に、それでいて強烈な痛みの感じる程度に痛めつけていた。非道な尋問、いや拷問を受けたに違いない。

 しかし、そんなことはこの牢獄にいる時点でよくあることだ。私の協力者の一人である彼には申し訳ないことをしてしまった。


「自分は魔族ではないと、そういうのか」

「どこをどう見ても美しい女性ではありませんか」


 確かに目の前の女性は第一王女そっくりだ。しかし、圧倒的に違う点がある。

 そもそも私は第二王女ラフィンを幼少期から見ている。そしてその姉であるジェビリー王女のこともよく知っている。どのように姉妹が遊んでいたかもよく知っている。

 ジェビリー王女はこんなことをする人ではない。彼女はもっと優しいお方だった。


 妹のことを常に最優先に考えていた。自ら危地へと向かわれたのも全ては妹を危険から遠ざけるため、自分が盾となり妹を守るためだった。自分が強くなり、妹を守るのだと剣士にもなられた。全ては王家のためでなく、大切な妹ラフィンのためだった。

 そんな彼女のことを私は本当の剣士だと思った。

 そう、あの時街中で失望していた私に声を掛けたのはジェビリー王女なのだから。

 ラフィンに剣を教えてやってほしいと懇願してきた。自分は剣士として未熟、だけど頭を下げて妹を守れるのなら何度でも頭を下げると言ってきた。最初は断った。全てに失望した当時の私にはやる気など到底なかった。それでも彼女は何度も何度も懇願してきた。

 その諦めない姿勢、そして誰かを守りたいという強い意志に私はいつの間にか突き動かされた。彼女こそが本当の剣士、彼女こそがこの国を大きく変えるとそう思えた。


 そんなジェビリー王女の本心をラフィン王女はまだ知らない。自ら憎まれ役になることで妹ラフィンを危険を避けているのだ。

 ただ、そんな強い志は今の目の前の女性からは感じられない。見た目こそ全く同じだが、その目つきは全く違う。強い目つきの中にあった優しさは今の彼女にはない。


「……あなたにこの国は変えられない。この国に住まう悪。つまりは魔族となんら変わりない」

「そう、ですか。残念です。あなたは特級剣士として働いてきたという実績があるのに」

「アミュラ師匠っ! 僕はどうなってもいいですから。師匠は師匠の信念を突き通してくださいっ」

「黙れっ!」


 大きな甲冑を身に纏った兵士に顔面を強打され、キスクは地面に強く打ち付けられる。


「……僕にも、僕にも信念がありますから」


 キスクは剣士としての素質はなかった。生まれつき筋肉が付きにくい体だった。小手先の技術だけはあるが、それ以上に強くなることはできなかった。それでもその強い信念はいつか彼を剣士ではない強い存在へと導くと確信している。

 それに彼はまだ若い。老いぼれの私なんかを庇う必要などどこにもないというのに。


「よかろう。貴様が私を悪というのなら、貴様の信念を貫きその悪を罰するがいい」


 そう、王家の侮辱罪は非常に重たい罪だ。とはいえ、それが適用された事例など昨今なかった。王家は皆寛大だったからだ。多少の侮辱などは許すべきだと先代から言われてきたこと。

 だが、私の行った行為は名誉を著しく傷つけるもの。王女が魔族だなんて到底許されることではない。死罪に値すると言っても過言ではない。

 私が間違っていたのなら、それはそれでいい。私もそう長くはないのだから。


「……仕方ありませんね。ですが、一つお聞きします。あなたはセルバン帝国へと剣術修行に向かわれたと聞きました。それは事実ですか?」

「その通りだが」

「なるほど、セルバン帝国ではどのような剣術を?」

「そんなことを聞いて何の得があるんだか」


 正直なところ、私の剣術など見様見真似だ。正式に伝授されたわけでもなんでもない。それに基礎となっているのはこの国の剣術と全く同じものだ。今更そんなことを聞いたところで意味はなかろう。

 そんなに知りたいのなら帝国の生き残りとやらに聞けばいいことだ。滅んだとはいえ、併合したと公表されている。生き残りぐらい何人もいることだろう。中には剣術に精通していた者も多いはずだ。


「帝国はとんでもない技術力を持っていましたからね。どのようなものだったのか知りたいのです」

「剣術に限った話では特に変わったことはない。対魔族にも通用するよう意識しているたのは確かだったがな」

「なるほど、そうでしたか。参考になりました」


 彼女がなぜそのことを聞いてきたのかは全くわからない。ただ、悪いことが起きようとしているのは間違いないだろう。


「……あなたには失望しました。特級剣士でありながら、王家に歯向かうなど許されることではございません」

「アミュラ師匠……」

「よって、あなたを処刑いたします」

「貴様は貴様の正義を貫くといい。だが、人類は諦めない。それだけは覚えておけ」


 世界はまだ広い。本当のジェビリー王女はどこにいるのかはわからない。もう死んでしまったのだろうか。どちらにしろ、この世にはまだ本当の剣士とやらが存在することだろう。

 その本当の剣士がこの国に来るはずだ。その時、この国は大きな変革をしなければいけない。国民の意識が大きく変わるその日はいつになるのやら。

 いや、その日は永久に来ないのかもしれない。


「……誰に向かって言っているのかわかりませんが、一つだけ確かなことがあります。悪は必ず滅びるのです」


 目の前の女性はそう強く断言した。

 彼女は魔族だ。魔族は自身が生き残ることを善と考える。そして、私たち人間は魔族を傷つける存在、つまりは悪だ。彼女は何も嘘は吐いていない。真実を言っている。

 彼女のその強い瞳は全てを物語っていた。

こんにちは、結坂有です。


ジェビリー王女の知られざる本心、妹のラフィンを自ら犠牲になってでも守るという強い意志があったようですね。

しかし、そのことをラフィンは知らない……

彼女は本当のことを知る日は来るのでしょうか。


現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。


それでは次回もお楽しみに……



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