対策の方針
彼らの話を聞いてみてもおそらく魔族化を実行しようとしている連中がかなり多いと予想される。それに関しては俺も前々から考えていたことだが、想定以上に魔族化している人間が多いのだろう。エルラトラム周辺でもこれだけの人間がいるのだ。世界規模であればもっと多いのかもしれない。
エルラトラムは聖剣を生成できる唯一の場所ではあるものの、ここが陥落してしまってはそれこそ魔族と人間の大混戦が起こってしまうだろう。少なくとも人間が逃げ込める場所、安心して暮らせる場所というものが必要になってくる。その自由と安全を守るための力も当然ながら必要になってくる。魔族が本気で俺たちを滅ぼそうとすればそれは容易なことなのだろうか。
もしかすると、魔族も俺たちと同様で一枚岩ではないのかもしれない。
「どちらにしろ、僕たちのできることは限られている。それでもエルラトラムの安全を第一に考えるべきだね」
「そうね。ドルタナ王国の件もあるけれど、一番は自分たちってことね」
アレクの言うように自分たちの国は自分たちで守らなければいけない。もちろん、聖剣を持っていない、あるいは聖剣使いの少ない国の支援は可能な限り続けるべきだが、十分な自国の防衛力も必要となってくる。他国を守ることに専念したがために自衛が疎かになっては元も子もない。
確認されている中、世界でこのエルラトラムだけが神樹を持っているのだからな。何があっても精霊たちを守るためにこの最後の神樹が失われてはいけない。天界にいる神々も色々と策を練っているようではあるが、しばらくは自分たちで身を守る必要がある。
「基本的には今まで通りの役割分担になりそうね。小さき盾はこの国のために最善を尽くすわ」
「はっ、とりあえずは魔族をぶっ倒せばいいってことだ」
「……無茶のない範囲で、それも防衛が第一だからね」
「わかってるって」
レイのことだ。難しい役割分担よりも単純に攻め込んできている相手を圧倒するだけでも盾としての役割は務まることだろう。それ以上に大変なのは魔族と言う明確な敵対者ではない場合だ。
「アレクは今後も国内の動向について調べるべきだな」
「うん。僕もそう思っていたところだよ。諜報部隊の人たちとも連携してね」
「それに関しては私も協力するわ」
アレクとミリシアにはその点で頑張ってもらうしかないだろう。当面は国内の情勢も不安定になることだろうからな。それは俺たちが剣聖であったり小さき盾として議会が正式に認めたことで変化が起き始めた。
俺としては別に悪いことをしているとは思っていないのだが、そう考えない連中も少なからずいるようだ。それも以前の議会が起こした問題も引きずっているのも原因の一つだろう。すぐに解決できることではないとはいえ、早い段階で解決しないといけないことには変わりない。
「……とりあえずは、その方針で行こうか」
「ああ、その方がいいだろう」
「エレイン様は今後どうなされるおつもりでしょうか」
「俺としては直面している問題を対処したいところだ。今で言えば、ドルタナ王国と言ったところか」
即応部隊、と言うわけではないが、今後起きるかもしれない問題ではなく起きている問題を対処したいところだ。そのための力も仲間も俺にはあるからな。
その点はリーリアもアイリスも納得してくれることだろうし、彼女たちも多くの人を救いたいと考えている。力ある者が弱きを守るのは当然のことだ。まぁ以前会ったベジルはそうは考えていない様子だったがな。
「わかりました」
「アイリスもそれでいいか?」
「はい。私もお兄様と同じ考えです」
すると、少し不満げな表情をしながらルクラリズが俺に話しかけてきた。
「……私はどうすればいいかしら」
「自分のしたいことをすればいい。ただ、自分が魔族であると言うことは忘れてはいけない」
何をするかは彼女自身の自由ではある。しかし、それでも彼女は魔族だ。敵ではないとしても魔族であることには変わりない。事実、彼女からは魔の気配が漂ってくる。かなり隠しているとは言え、完全に隠し切ることは不可能だ。
何がしたいか考えるのは自由だが、それを実行するには他の人と協力しなければいけない。少なくとも彼女を人間だと認める人が必要だ。
「ルクラリズの立場は特に難しいわね。エレインに付いていくにしても魔族であることが邪魔になることだってあるわ」
「……それならミリシアたちと一緒にいるわ。この国なら私の人権が認められているわけだしね」
「その方がいいわね」
流石に俺と同じように国外などに出てそこで活躍するにはまだ彼女の人権が認められているわけではない。だが、この国内では議会が彼女の味方をしてくれるはずだ。聖騎士団も全員ではないにしろ、ある程度は認めている。
この国にいる限りは彼女の自由は保証されているものだ。
それに小さき盾とともに行動するとなれば誰も文句を言う人はいない。
「まぁ不満がないわけではないけれど、仕方ないものだからね」
どこか不満げな表情は変わらないままだった。それもそのはずだ。彼女もリーリアと同じく俺とともに行動したいと考えているらしい。それが彼女の本心なのかは確定したわけではないが、魔の気配を完全に消し去ること、もしくは強い聖剣などを手にすることができればその問題も解決できることだろう。
「ルクラリズの問題は人間か魔族かの判断が難しいことだ。精霊に認められ、聖剣を手にするか、魔の気配をどう消すかさえできれば問題はない」
「……それまではこの国で精進しろ、ってことね」
「そうなるな」
「大丈夫だよ。僕たちも協力するから」
「ええ、ルクラリズには色々と期待してるしね」
小さき盾としても彼女の実力や能力はうまく活用したいと考えている。人間ではない彼女の力は確かに強力なものだ。彼女が完全に人間として生きることが出来るようになった時、俺は彼女を試すことになるだろう。それをどう乗り越えるか、どう解決するかで彼女の人生が決まる。
それはきっと彼女だけの問題ではなく、この世界の秩序すらも変える大きな出来事になるはずだ。
「エレイン様。ドルタナ王国の問題を解決するのでしたね」
「ああ、そうだな」
「でしたら、すぐにでも向かわれるのですか?」
「そうしたいところだが……」
「行っていいわよ。だけど、リーリアのも協力してほしいことがあるのは事実よ」
俺がミリシアの方を向くとそう答えた。確かにリーリアにも仕事がまだ残っているはずだ。アレイシアが彼女の精神干渉の能力を必要としているからな。おそらく暗殺集団のアジトで捕らえた何人かの人を尋問するはずだ。
「……申し訳ございません。エレイン様」
「俺なら大丈夫だ」
「それと、私たちにも作戦があるの。エレインの知らないね」
彼女の計画は以前にも聞いたことがある。聖騎士団の視察に紛れて侵入すると言うことだ。しかし、俺の知らないと言うことはそれ以外の作戦ということだろう。まぁどちらにしろ、国内のことは彼女たちに任せるとして、次の問題はドルナタ王国だ。
うまく立ち回れるかもまだ想像し切れていないが、早急に解決しなければいけないことには変わりない。
「それは……」
「リーリアの悪いようにはしない。だって私たちは同じだから」
「……そうですね。ミリシアさんを信用します」
彼女たちは互いに目を合わせて何か納得したようだ。まぁミリシアの考える作戦だ。王国内に侵入している俺たちを助けることはあっても邪魔することはないはずだ。俺の知らない作戦に関してはひとまず彼女たちに任せるとして、俺はアイリスと第二王女ラフィンに話を通しておく必要があるだろう。
しかし、王国を奪還したとしてもそれで全ての問題が解決されることもないはずだ。魔族だけがあの国の問題ではないからな。
ともかくいい方向へと向かうには俺も慎重に立ち回る必要があるということだ。
この先の顛末を想像しながら、俺は窓の外を見た。そろそろアレイシアも議会に戻ってくる頃だろう。
こんにちは、結坂有です。
ひとまずはこれからの方針が確定しましたね。エルラトラムは小さき盾が存在する限りは盤石と言えそうです。しかし、いつまでも彼らに頼ってばかりではいけませんよね。その辺りのことも今後気になるところです。
次回からはドルナタ王国へと向かうための準備に取り掛かるようです。そろそろ王国内でも事件が起こりそうな予感です。
現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。
それでは次回もお楽しみに……
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