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進化を感じたい

 私、セシルは祖父の家へと久しぶりに来ていた。私の父があのように魔族になってしまったのも祖父であるガダンドはどうやら知っていたようだ。彼がどうして本当のことをずっと黙っていたのかはよくわからない。ただ、一つだけ確かなのは私のことを想っての決断だったということだ。

 祖父とはそこまで深く関わったことがない。今まで話したこともそこまでなかった。時折、母からは手紙を送ってきてくれる。

 そもそも祖父から剣術を教わったことすらもなかったのだ。彼の技術はとんでもなく強力なものであるとこの国人であれば誰もが知っている。聖騎士団副団長の剣術だと言えばすぐにでも尊敬の眼差しを向けてくるものだ。とはいえ、それもとある事件をきっかけに変わりつつあるのだ。それは彼が魔族へと変貌してしまったということが周知の事実となってしまったからだ。


 剣術として優秀なのは誰もが知っていることだ。あらゆる状況でも対応できるほどの高い汎用性もある。それでいて攻守を自在に組み合わせた攻撃は相手が人であっても魔族であっても問題なく対処することができる。

 変幻自在とも言えるサートリンデ流剣術は今や国を代表するものとなりつつある。


「……セシル、まだ続けてたの?」


 すると、訓練場の扉をカインが開けると私に話しかけてきた。

 その祖父の家で私は聖剣を握って型の練習をしていた。もう朝からずっと続けているものの、私も魔族となってしまっているためかそこまで疲れというものが溜まっている様子はない。

 それに私がここに来た理由というのは相談したいことがあったからだ。サートリンデ流剣術を進化させたいと思っている。そのことを祖父に相談しようとここに来たのだ。

 しかし、彼は朝からどこかへと向かったようで帰ってくるまでこうして訓練でもして待っていた。


「ええ、帰ってくるまで訓練でもしておこうかと思ってね」

「それにしてもやりすぎよ」

「大丈夫よ。疲れはそこまで感じていないわ」


 私がそういうと彼女は小さくため息をついて私の近くのベンチへと座った。


「自覚していない疲労もあるものよ」


 そう言って彼女はベンチに座るよう促してくる。

 彼女の言うように自覚のない疲労というものがあるということは理解している。いつでも戦えるようにということで訓練しているのに、その訓練で怪我をしてしまっては元も子もないだろう。私はベンチの方へと向かい、彼女の横へと座ることにした。


「それにしても本当に強いのね。この流派って」

「サートリンデ流剣術は非常に高い技術だからね」

「セシルはもうマスターしてるってこと?」

「完全には習得できていないと思うわ。先代の話と比べて私なんてまだまだ未熟者よ」


 その通りだと思っている。何も自分に自信がないと言うわけではないけれど、先代の偉業と比べればまだまだだ。聖剣などを使わずに魔族と戦うなんてまともな精神では考えられない。それでも先代の何人かはただの鉄剣で魔族を退けたなんて話もある。

 何も魔族と戦うのに聖剣がないといけないわけではない。ただ致命傷となる傷を与えることができないだけで、大きな傷自体は与えることができる。しかし、そうと分かっていてもその戦いで自身のポテンシャルを最大限に発揮できるほど精神力が高いかと言われれば私なんて未熟者以下なのかもしれない。

 事実、魔族の洗脳に屈してしまった過去があるからだ。今もその洗脳の後遺症となるものは残っていることだろう。未熟な精神力で剣士が務まるわけではない。

 命を懸けると誓っていたとしてもいざ強敵を相手にすると自身の生存本能が恐怖を感じ、それが邪魔をするものなのだから。その全ての精神を制御し、支配することができればどれだけ自由に戦えるかは想像すらできない。もしかしたら、エレインや小さき盾のみんなはそれができていると言うのだろうか。


「……未熟者だと思うから未熟者なんじゃないの?」

「ええ、だけど私は諦めていないわ。自分の弱さを自覚し、克服する。それが必要ってことでしょ」

「まぁそうだけど……」


 確かに自分の限界などと言うものを自覚した瞬間、急に無力感のようなものを感じることがある。しかし、それは鍛錬の段階で必要な過程に過ぎない。

 そこをどう乗り越えるかで、その人の本質がさらに飛躍して成長することだろう。ただ、その乗り越え方次第では父のようになってしまうかもしれない。そのためにも目標をしっかりと立てて、向かうべき方向を間違えないようにしないと。

 私の目標は、おそらくエレインのような剣聖になることだ。人間として剣聖になることはもう無理なのかもしれない。それでも人々から剣聖として認められるほど実力を付け、魔族でありながらも人間としての自覚を、意志を持っていることこそに意味があるはずなのだ。


「強い意志があるのは結構だけど、結局のところ自分のことが一番大事なのよ?」

「何が言いたいの?」

「セシルの訓練を見てるとどうしてもエレインに追い付きたいって感じが伝わってくるのよ。まぁ私もあまり剣術訓練はしたことないから言えた立場ではないのかもしれないわね」

「……やっぱり他人からもそう見えるのね」

「自覚はあったんだ」


 私の目標としてエレインと並びたいと言うものがある。彼と同じく剣聖として世界を旅したい。その根底には恋愛的なものなのかもしれない。それが一時的な好意なのかもわからない。

 だけど、ここまで私を突き動かしているのは彼なのだから。


「カインは誰かを本気で好きになったことってあるの?」

「え? な、ないと思うけど」

「私はエレインのことが好きなの」

「……」

「それは多分彼も気付いていると思うわ。だけど、私にはまだそれを伝えられる立場ではない」


 彼は私のことをどう想っているのかはわからない。少なくとも魔族となってしまった私に恋愛的な興味を持つとも普通であれば考えられない。

 そう、これは私の一方的な片想いだ。


「今の段階ではまだ私の片想い、だけどそれだけで終わらしたくないの。私は私のために剣を極めているわ」


 誰かのため、なんて大義名分は上辺だけの存在なのだ。確かに結果として人類のためになっているかもしれないが、結局のところそれは結果論だ。

 私自身、そこまで高尚な意志を持って剣を極めようとしているわけではない。全てはエレインへの恋愛感情、片想いが原動力。自分勝手なものなのだから。


「その想いがセシルを突き動かしているのね」

「そうよ。自分勝手かしら」

「少なくとも、魔族が蔓延る世界だからね。自分勝手に生きるってのも悪いことではないかもね。言ったでしょ? 自分が一番大事なんだから」

「……その通りなのかもね」


 魔族に支配されつつあるこの世の中で赤の他人のことを深く考えられるほど余裕のある人なんてなかなかいないだろう。私はそこまで聖人になれない。強い意志はあるものの、それは自分のためなのだから。


「それより、少し遅いけれどお昼ご飯にしない?」

「……遅い?」


 時計を見ずにずっと訓練していたのだけれど、そこまで時間が経っていたと言うのだろうか。振り返って時計を見てみると確かに針が二時を過ぎようとしている。


「そんなに時間が経っていたのね」


 ここに来てもう四時間ぐらい経っている。それなりに体を動かしていると時間がどうしても早く感じてしまうのはどうしてだろう。まぁ今に始まったことではないのだけれど。


「そうね。魔族化してからは空腹って感覚がどうもおかしくなってしまってね。全く気付かなかったわ」

「その辺りのことも一緒に調べていかないとね」

「ええ、そうね」


 それから私たちは訓練場を出て家の方へと向かった。門下生の人たちは道場の方の食堂を使うのだけど、家族関係者である私たちはそこに行く必要はないのだ。

こんにちは、結坂有です。


魔族となってしまったセシルの心情はどうやら変わっていないようですね。むしろ、魔族という人ではない存在になったとしても頑張っていこうという決意のようなものも見られますね。

そんな彼女のこれからも応援したいところです。


現在『カクヨム』にて一部加筆・修正した物語も順次公開していますので、そちらの方でも楽しんでいただけると幸いです。


それでは次回もお楽しみに……



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