可能性を信じて
俺は訓練場で自分の出せる最大威力の瞬裂閃をアイリスたちに披露した。
それからのこと、彼女たちは俺にさまざまな質問をしてきた。どうして刀を鞘に納めた状態で前に出すのか、縦方向にもそれらの技術が応用できるのかなどとその内容はいろいろだ。
「なるほど、鞘ごと前に出すのは防御の意味もあるってことなのね」
「ああ、瞬裂閃という技は全身の力をうまく剣先に伝える必要がある。最大の威力を発揮させるにはどうしても時間がかかってしまうからな」
一度鞘から刀を出してしまえば融通はいくらでも効くが、基本的にこの技は初撃として使うものだと俺は想定している。だから、全身の力が一点に集まる直前まで刀身を相手に見せない。
それに鞘に納まった状態とは言え、刀を前に構えている状態でもある。攻撃を繰り出す前に相手が瞬速の攻撃を仕掛けてきたとしてもすぐに技を中断して防御を取ることができるからな。
「エレイン様、縦方向でも使用できるとのことですが、どうしてそうなされないのですか?」
「刀をうまく制御するためだな。技を繰り出したときの剣先は音速を超えている。そんな状態で縦に振り下ろして地面にでも当たれば、それこそ刀が折れてしまう」
上方向に斬り上げる方法にしても同じく、音速を超える剣を腕だけで制御するのは非常に難しい。それこそレイのような腕力か、高い技の精緻さが要求されることだろう。
しかし、横方向に全身を使ってうまく剣速を緩めることができれば制御は簡単だ。
「まぁあえて縦方向に斬るやり方もあるが、それ相応の技術が必要だ」
「……確かにそうですね」
ルクラリズとリーリアはそのような質問をしてきたが、アイリスは自分の持つ木剣を見つめて何かを考えている様子だった。
「アイリス、聞きたいことはあるか?」
「技術的に聞きたいことはもちろんあります。それよりもお兄様はこの技をどこで習得されたのでしょうか?」
「そのことか。基本的には我流だ。地下特殊訓練施設でいろんな流派の技を叩き込まれた。それらがいつの間にか自分の中で融合したんだろうな」
俺でもいつからこのような技が身に付いたのかは正確には覚えていない。気付いたときには自然とできていた。ユウナにも聞いてみたのだが、当時、技を覚えさせられたのは俺がいたときだけでそれ以降は基礎訓練を主に続けていたらしい。
今考えてみれば幼少の頃の高度な訓練は素質のある人を選抜する目的があったのかもしれないな。俺が一定以上の成績を出したことでそれらの厳しい訓練はしなくなったのだろう。
「……私もお兄様と同じく様々な剣術を学んできました。しかし、自分の中で新たに技を作り出すことはできませんでした。そのような技を考える余裕がなかったのでしょう」
「別に必死に考えて作ったわけではない。できそうだと思ったから試しでやっていただけだ」
「発想はあっても実行するほどの能力は私にはないのです。事実、私は教えられたことだけしかできませんでしたから」
特殊訓練とはいっても基準に沿って誰かが評価されているわけだからな。それが高いのか低いのかは今となってはわからないがな。
「最高成績を叩き出したのは事実、そうなんだろ?」
「確かにお兄様と同じ最高成績でした。しかし、同じ成績だとしてもその本質は違うものだと思っています」
「違うもの、か」
「はい。私の成績は想定されていた中での最高記録、お兄様の記録はその想定よりも超えたものだったのではないでしょうか」
つまり、アイリスが言いたいことは同じ最高という記録にも二種類あるのではないかと言っているのだろう。
「その考えはなかったな」
「……客観的に見た私個人の意見です。どのような想定であのような訓練を行っていたのかはもうわかりません」
「まぁそうだな」
俺がそう言うとアイリスはゆっくりと木剣を腰の鞘に納めると体を俺の方へまっすぐ向けて口を開いた。
「それでは、技術的な質問です。お兄様は人形の首を斬りました。しかし、その入刀角度はかなり大きかったように見えます。それにはなにか意味があったのでしょうか?」
彼女の質問はリーリアやルクラリズのそれとは違って、かなり細かい部分の質問だった。もちろん、そんなことを初見で聞いてくるとは思っていなかったが、やはり彼女はよく剣を見ている。
「水平に斬るというのは難しい。だから、鞘から引き抜いてすぐに斬るのではなく、二つの手順を踏んで正確に斬っているんだ」
「二つの手順ですか。そこまでは見えていませんでしたね」
「言われないとわからないものだ」
「二回も見せていただいたのに……」
そう神妙な表情で彼女は何かを考え始めた。おそらくは俺の動きを思い出しているのだろうな。
「まぁ大した技術ではないからな。丁寧に教えるか。ルクラリズ、俺と同じ動きをしてほしい」
「わ、わかったわ」
「剣を持たずに真似をするだけだ」
そういって俺は木刀を置いて、さきほどの瞬裂閃の動きを今度はゆっくりとすることにした。
リーリアも含めて彼女たちはこれからもっと強くなっていくことだろう。それなら彼女たちの可能性を信じて自身の技術を教えていくのは別に悪いことではない。それにもともと自分の技術を独占するつもりもなかったからな。
他人ができるかどうかは別として、教えてほしいというのならできる限り丁寧に教えるべきだな。ミリシアやアレクが剣術学院でやっていたように繊細な技術として教えていかなければいけないのかもしれない。
そう、人類が魔族に勝てるようになる可能性を広げるために。
◆◆◆
私、ミリシアはドルタナ王国の宿にいた。宿が提供してくれた朝食を食べて部屋に戻っている。もちろん、レイとは一緒の部屋だ。ここで二つの部屋を借りてそれぞれ別になっていたら不測の事態に対処できないからだ。
「昨日のやつ、信じるのか?」
「ええ、今のところはね」
レイの言う昨日のやつというのはアギスのことだろう。防壁警備隊としてこの国を守っている彼だが、王家との繋がりは薄いような感じもする。別に繋がりが薄いからといって役に立たないかと言われればそれは違う。
警備隊という人とコンタクトを取ることができたのは大きい。
「はっ、今頃王家のふざけた連中に密告でもしてんじゃねぇか?」
「……どうでしょうね。もしそうならそうで別に大丈夫よ。城の中に入れるんだからね」
「牢屋でもいいってか?」
「閉じ込められるのにはお互い慣れているでしょ?」
「まぁそうだけどよ」
地下訓練施設でとんでもない時間を過ごした私たちだ。そんなところ比べればここの牢屋は大したことではない。その気になれば脱走することも簡単だろう。
「それよりも防壁を守っている警備隊の人がこの国の剣術競技のことを批判していたことが驚きだわ」
「競技の成績がこの国では重要視されているらしいからな」
「……もしかすると本当にあの人が言うように剣術競技は低レベルなものなのかしら」
「そんなことは知らねぇよ。実際に見てみねぇとな」
確かにこの国に来て王政のことばかりを調査してきた。もちろん、私たちがここに来た理由はそこにあるわけだ。
しかし、この国で王家が推し進めている剣術競技のことを私たちは何もわかっていない。直接王政とは関係ないのだろうが、間接的にはなにかあるはずだろう。
アギス曰く、この国の剣術競技は本来の目的を見失っているとまで言っていたぐらいだ。もし魔族が国力を失わせる目的で剣術競技を低レベルなものへと意図的にしているのであれば阻止しなければいけない。
「それなら実際に見に行きましょう」
「まじかよ」
「まじよ。毎日剣術競技が行われているみたいだしね」
「今からか?」
「ええ、当然よ」
それから私たちは少し急ぎめに支度をして宿の外に出ることにしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
エレインの剣術を引き継いでいく人たちが増えていきそうですね。
リーリアは前々から彼の技を見様見真似で練習していたようですが、果たしてどこまで強くなっていくのでしょうか。
そして、ただでさえものすごく強いアイリスはどこまで進化していくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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