英雄の一休み
俺、エレインは買い物から戻ってきたセシルたちにラフィンのことを紹介してからフラドレッド本家へと戻っていた。
セシルたちも人嫌いだというわけではないため、彼女とすぐに打ち解けることができるだろう。もちろん、セシルやルクラリズが魔族だということは説明していない。長期間あの家に泊まることにはならないはずだからな。
ドルタナ王国ではどれほどの混乱が起きているのかはわからないが、ミリシアたちから連絡がないところを見ると大きな問題にはなっていないようだ。
「お兄様、ラフィン王女をあの家に残してきて大丈夫なのでしょうか」
「本人も大丈夫だと言っていたし、アレクやセシルたちと話していても問題があるようには思えなかったがな」
すると、俺と一緒に本家へと帰ってきたアイリスがそう小さくつぶやくように言った。リビングではあのような会話をしていたが、嫌いというわけではないのだろう。現状においては彼女の力になりたいと考えているようだ。
それに彼女はドルタナ王国が魔族に狙われているという情報を聞いてかなりショックを受けていたからな。魔族がどのような存在なのかはここエルラトラムに来てよく理解したことだろう。
当然ながら、魔族によって滅亡に追いやられることだけは避けたいところだ。俺だけではなくアレイシアもミリシアやレイも同じはずだ。
「……慣れない異国の地ということでかなりストレスも溜まっていると思います。ですから、エレイン様に好意があることを伝えたのでしょう」
「それとは違うような気もするが、どちらにしろ彼女の安全は確保した。あとは王国に向かった二人からの連絡を待つぐらいだな」
「もどかしいところですが、エレイン様の言うとおりです。私たちは王国民ではありませんから」
すると、リーリアがそう言いながら戻ってきた。少し遅れてアレイシアも帰ってきたようだ。
「私たちができることは全部したわ。それよりもエレインを狙う暗殺部隊のほうが気がかりよ」
怒りを顕わにしながらそう彼女は言った。
確かに俺やアレイシアを直接暗殺しようと企んでいる部隊がいるのもフィレスから聞いた。魔族らしき人と話し込んでいたらしいからな。それが本当に魔族なのかどうかはさておき、いつになっても自分たちの力を誇示したい連中がいるようだ。わざわざ俺やアレイシアを殺すよりも有志議会軍に入るなどしてしっかりと実績を残していけばいいのだがな。
まぁそういったところで意味はないか。
「アレイシアはなにか心当たりがあるのか?」
「ないわよ」
そうムッとした表情で短く返事をした彼女はまた問題事が増えたと頭を抱えた。
何も彼女が悪いわけではないのだが、悩みの種が尽きないというのはかなり精神的に来るものがあるのだろう。
「アレイシア様は国民のためにさまざまな施策を講じています。中には強行的な一面もありますが、それも人命を優先した結果です。何も恨まれるようなことは一切していないと思います」
そう彼女の横に立っているユレイナが言った。
彼女の言っていることは間違いなくそうだ。国民の安全を確保するために予算を無理矢理組み直したり、議会軍の裾野を広げるために条例を変えたりといろいろしてきた。
もちろん、多くの議員は彼女のその施策を支持している。とはいっても反対するものも少なからずいるのも確かだ。まぁ恨みを買ったと言うのなら予算委員会かもしれないがな。
「なら個人的に俺のことを嫌っている人が集まっているのかもしれないな」
「……急に有名になってしまった代償、ということですか」
リーリアの言うように有名になればなるほど敵は増えていくものだ。俺のことを快く思わない人間が一定数いることは変わりようのない事実で、そんな彼らを説得させることは不可能だ。
当然ながら、広く知れ渡るということは必然的に敵も増えてしまう。
すると、アイリスが小さく息を吐くと俺の目を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。
「相手がどんな人であろうと、お兄様の敵は妹である私の敵でもあります」
「……そこまで考える必要はないと思うが、味方だと言ってくれると嬉しい」
「私もエレインの味方だからねっ」
「同じく狙われている身だろう」
「いいのよっ、エレインの姉としてしっかりと守らないとっ」
そう彼女は言っているが、実際に実行されてしまっては彼女一人では何もできないことだろう。聖剣を持っていない上に足が不自由なのだからな。それでも彼女には議長という地位を持っている。
多くの人材を割いて調査することも可能ということだ。
「はい。エレイン様、本日の会議で正式に暗殺部隊の調査を始めることにしました。これでなにか見つかればいいのですけれど……」
「小さき盾は別任務だしね」
彼らの中でもっとも強力なのはアレク一人だ。しかし、彼一人にすべてを任せることはできない。ナリアやユウナは引き続き議会の警備を担当している。
セシルやルクラリズは対魔族に向けて力を蓄えてほしいうえに、彼女の正体が多くの人間に知れ渡ってしまえばそれこそ大問題だ。色んな理由から小さき盾を今回の作戦に起用することはできないのだ。
「いろいろとやらなければいけないことがありますが、夕食にしましょうか」
「ええ、そうね」
ユレイナの合図で夕食の準備を始めることにした。
夕食を食べ終え、シャワーを浴びた俺は自分の部屋に戻ることにした。
今日一日だけでかなり多くのことが起きた。ドルタナ王国の王女ラフィンの来訪、暗殺部隊の調査などといろいろあった。
別にそれ自体は問題はない。魔族は今も人間を狙って攻撃を仕掛けようとしているのだ。そんな状態で何も起きないほうがおかしいか。
そんな一日を思い返していると扉がノックされた。
「お兄様、よろしいでしょうか」
声をかけてきたのはどうやらアイリスのようだ。
「どうかしたのか?」
「お部屋に入ってもいいですか?」
「大丈夫だが……」
俺がそう言うと寝間着姿のアイリスが部屋に入ってきた。肌の露出が少し多いような気もしたが、ゆったりとした服装で寝るのはいいことだからな。俺はあえてそこのことは聞かないことにした。
「今夜、一緒に寝たいと考えています」
唐突に彼女は恥じらうことなく俺の目を真っ直ぐ見つめながら言った。
「どうしてだ?」
「私は怖いのです。朝、ここに来るとお兄様がいないことが……」
「俺がいなくなるとでも思っているのか?」
「いいえ、思っていません。ですが、万が一という言葉があるように、絶対という保証はないですよね」
確かに絶対という確証はない。俺でも奇襲を受ければ動揺はするし、弱点がまったくないというわけでもないからな。
「まぁそうだな」
「それならば私がすぐ真横にいれば安心、ですよね?」
「……」
「私、では不十分でしょうか」
正直なところ彼女の実力は本物だ。小さき盾に匹敵する実力を持っている。しかし、問題なのはそこではない。
「むしろ十分すぎるぐらいだ。だが、それは自分がしたいことなのか」
「したいことですか?」
「アイリスは俺のためにと一緒に寝ようとしているのだろう」
「いいえ、それだけではありません」
「そうなのか?」
すると、彼女は急に俺から視線をそらして口元を裾で少し隠しながらつぶやくようにいった。
「……おにいちゃんと一緒に寝たい、というわがままでもあります」
薄暗いために細かい表情までは見えなかったが、その顔はひどく恥ずかしがっているようにも見えた。
さすがにこれ以上彼女を問い詰める必要はないか。彼女自身の自由意志でここに来たというのならそれでいいだろう。リーリアやセシル、ルクラリズとも一緒に寝ていることだからな。アイリスだけを拒否するのもいけない。
「わかった。それならよろしく頼む」
「はいっ、しっかりと添い寝させていただきますっ」
俺がそう言うと彼女は袖を下ろした。彼女のその発言に若干の違和感を感じたものの、その表情は少しだけ明るいものに見えた。
こんにちは、結坂有です。
アイリスの意外な一面が見え隠れする回が続いていますね。
まだ幼さの残る彼女は今後、エレインとどのような関係にまで発展するのでしょうか。気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに……
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