逸脱されし者は……
私、ミリシアはドルタナ王国中央広場でとある男とベンチに座って話をしていた。レイは私の横に立って周囲を見てくれている。彼の行動を見てもどうやら私たちに敵意を向けている人物はどうやらいないようだ。
私もそれなりに気配には敏感ではあるものの、それでも彼の直感にはまだ敵わないところがある。
そして、私はその中央広場のベンチで王国の防壁警備隊として所属しているという男とと接触した。最初は私たちに対してかなりの警戒心があったようだ。それもそのはずで、この国では他国の人間に対してかなり懐疑的な視線を向けるが普通のことだからだ。この国の歴史からしてもそれは仕方のないことだとは思うが、誰しも悪い考えを持って近付いているというわけではないのだからもう少し気を許してくれてもいいと思うのだけれどね。
「……君たちのことはとりあえず信じることにするよ」
「はぁ、本当に疑い深い国民性なのね」
「この国では実力こそが全てだから仕方のないことだね」
そう彼は言っているが、おそらく彼の言うとおりなのかもしれない。他国との交流の少ないこの国では必然的にそうなることだろう。外国からやって来る人たちはどこかの貴族が多いとはいえ、その多くは観光が目当てだ。
経済を潤してくれる存在、というだけであって信用に値するかどうかは別の問題だ。
「それでも私たちのことを信じてもらえたのは嬉しいわ」
「だけど、僕に話しかけたのはどうしてかな? 君たちならもっと上の人と話すこともできるよね?」
「私たちにも色々と事情があるのよ。詳しいことはまだ言えないけれど、私たちはこの国の王家にはあまり信用していないわ」
非難を覚悟で小さくそういったが、彼は意外にも私に敵意の目を向けることはなかった。むしろ少し驚いている様子だ。
「……立場上、僕は大きな事を言えない。良ければどうしてそう思うのか聞いてもいいかな? もしかして絶対王政、だからかい?」
「もちろん、最初はどのような体制で王国を維持してきたのか気になっていたわ。だけど、武力や恐怖で直接支配しているというわけではないからそれは理由にはならない。一番の大きな理由は先日、第二王女の国外逃亡したことよ」
エルラトラムの情報を使わずに言うとそういったところだ。まぁ近いうちにドルタナ王国が攻撃されるというメモ書きが魔族の文字で書かれていたという事前情報もあるとはいえ、この国で起きた事実だけで見ても王家が怪しいというのは明白だ。
第二王女ラフィンを国外逃亡にまで追いやったこともそうだが、この国ではいろいろとよくわからないところがある。
元来、王というのは国を統べるリーダー的存在だ。それなのに自ら危険な場所に行く必要はない。自身の強さを見せる機会であるとはいえ、王女に強さを求める人はそういない。人々が求めるのは安定と平穏なのだから。
「なるほどね。ここだと人目が多い。別の場所で話さないかい?」
「ええ、確かにそうね」
中央広場と言う場所でこういった話をするのは危険だ。レイがいるから安心ではあるけれど、声を遮断しない限りは完全とは言い切れない。思わぬところから聞き耳を立てている人がいるかも知れないからだ。
私が立ち上がるとそのアギスという人もゆっくりと立ち上がった。
「……僕もこの国には少し疑念があるんだよ」
「そうなのね」
そういって彼はゆっくりと歩き始めた。
それからアギスという人と歩くこと十数分、人気の少ない裏路地に来た。
「ここなら少しはゆっくり話せそうだね」
「まぁ汚いことを除けばだけど」
「王国も完璧ってわけじゃないんだ。剣術競技に命をかけた結果、落ちこぼれになってしまう人も多いからね。僕は運が良かったほうだよ」
この国の現状を重たい口調で彼は言った。
どこの国でも完全というわけではない。それはこの国でも例外ではない。いくら国家の体制がよかったとしてもすべての人を平等に救うことは無理だ。当然ながら、道に外れ路頭に迷う人が出てくることもあるだろう。
特に、この国では剣術競技に認められることでやっと一人前になれるようなものだ。それに人生を捧げて失敗したときにはもう遅いのだから。
「そもそも、こんなに剣術競技が広まること事態がおかしいわ」
「僕もそう思うよ。まぁそれのおかげで剣術の技術が進化したというのもあるからね。劣化した部分も少なからずあるけれど」
「エルラトラムでも剣術競技はあるわ。それでも対人戦に特化したものであって魔族相手にはほとんど通用しないのよ」
「はっ、当然だろ」
私の話にレイもそうはっきりと言った。
確かに彼は魔族と力比べで対等になったことがある。人間離れした彼が難しいというのだから単純な勝負ではすぐに決着がついてしまう。そのために私たち人間は魔族に対抗するために対人戦だけではない技術を身につける必要が出てきた。
そんなことを見越してセルバン帝国は私たちに超過酷な試練を与えてくれたが、そんなことすべての剣士が達成できるわけがない。
「僕も魔族と直接戦ってわかったんだ。今のままじゃこの国はいつか衰退してしまう。魔族を相手にするにはもっと別の技術が必要なんだよ」
「だけど、多くの人はそう思っていないみたいね。直接魔族を見たわけでもないから……」
この国はどうしてか魔族を直接見た人が少ない。もちろん、写真などで外見などは知っている人も多いだろう。だが、彼ら魔族がどれほどの脅威なのかは知らない。
エルラトラムでは剣術学院以外でも魔族の脅威についてしっかりと勉強させられるのだけど、この国では魔族を知る人間があまりにも少ないようだ。それも相まってこの国では対人戦に特化した技術だけが進化し、それ以外は徐々に衰退しつつあるようだ。
「この国の図書館にも行ってみたのだけど、やっぱり魔族の攻撃が少ないのも原因の一つのようね」
「防壁周辺ではよく見かけるけれど、明確な攻撃の意思があるようには見えないね。まるで牽制しているような感じだった」
「魔族との戦闘経験が少ない人間がすぐに攻撃に対処できるわけもないからね。よほど天才ではない限りは不可能よ」
エレインやレイと違って多くの人はしっかりと訓練した上で技術を身に付ける。誰しもが直感でできるわけではないのだから。
「全くその通りだと思うよ」
「あなたの話を聞いていると、この国の現状を正確に捉えられているようね」
「正確かどうかはわからないけれどね」
「……そんなあなたから見てこの国はどう思っているの?」
そう私が彼に質問した。
これの返答次第では私たちと協力関係になることだろう。ただ、想定していたことと真逆の考えを持っているのだとすれば……
「僕は本当のことを知りたいんだ。あの騒動を起こしたジェビリー王女が一体何を隠しているのかを知りたい」
「つまりは真実を隠す王家に不信感があるってことでいいのね?」
「そうだね」
私の想定通りの答えが返ってきた。もちろん、言葉の節々から彼の疑念という感情が見え隠れしていた。王城に向かっていたのはおそらく真相を確認しに行ったのだろう。
私の予想が正しければ、はっきりとした答えは返ってこなかったか無視されたかのどちらかだろう。どちらにしろ、この国を調査していく以上は彼と協力していくことが不可欠だ。
警備隊という立場の人間を仲間に引き入れることができたのはかなり大きい。王家の真相解明までそう長くはないはずだ。
「じゃ、私たちと協力しましょう。この国の正体を知るためにね」
「……それをして君たちになんの得があるのかな? 他国の問題なんだから無視してもいいと思うけどね。この国に大侵攻が起きればすぐに滅んでしまうんだから」
「人々を助けることに損得なんて考えてはいないわ。それに多くの人が死んでしまうというのはデメリットだらけだからね」
人口の多さというのは発展していく余地があるということ、もし人間の数が急激に減少すれば発展の速度も低下していことになる。だから、一王国が消滅することは人類にとって大きな損害になるのは明白だ。
それに私としてももうセルバン帝国のような惨状を二度と起こしたくない。
こうして目の前で起きようとしているのに阻止しないという選択肢はない。私が、いや横に立っているレイ、もちろんエレインやアレクもそう思っていることだろう。
「やっぱりエルラトラムの信念は本物のようだね。聖騎士団の人たちとは一度も会ったことはないけれど、師匠が言っていたことは事実だったんだ」
「……それで、協力してくれるのかしら?」
「もちろんだよ。僕にできることなら何でもするよ」
「助かるわ。早速なんだけど……」
彼と協力関係を築く事ができた私は広場からここまでの道中で考えてきた今後の調査活動について彼に話すことにした。彼はその話を聞いた途端、びっくりしたように口元を覆った。
「君たちはすべてお見通しなんだね」
「巷の噂ってのも一種の情報よ。元をたどって一つ一つ丁寧に調べていけば真実を見つけることができるもの」
「小さき盾というのは名前だけかと思っていたけれど、すごい人たちの集まりなようだ」
「エルラトラムには俺よりも強ぇ剣士がいるぜ」
「噂に聞いたけど、剣聖のことかい?」
「ああ、まったくとんでもねぇからな」
レイがそういうとアギスは少し面白そうに笑った。
彼からそんな話を聞いて興味が湧いたのだろう。剣聖という言葉が色んな国にすぐ広まったのも伝説と言っていい功績を実際に残したからだ。疑いの目も当然あるが、多くの人類にとって希望の光になったのは間違いない。
魔族に圧制された今、人類の反撃にはとてつもなく強い最強の英雄が必要なのだ。
こんにちは、結坂有です。
ミリシアたちもドルタナ王国で思い切った活動ができそうですね。
こうして防壁警備隊のアギスと協力関係になることができた彼女たちですが、これからどのようにして王国の隠された真実を見つけるのでしょうか。
そして、真実はどこにあるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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