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妹様の本音

 アレクと実戦形式での訓練を終えたアイリスはすぐに俺のところへと急ぎ足で近寄ってきた。


「お兄様……ずっと見ていたのですか?」

「いや、さっきここに来たばかりだ。アレクとここで訓練をしていたのか?」

「はい。交代して何度かしていました。アレクさんとは本日二回目です」


 少し息の上がっていた彼女は小さく深呼吸して息を整えてからそう話した。


「私のときは三回でしたよぉ……」


 俺の後ろでガクッと肩を落としながらユウナがつぶやいた。回数としては少ないが、それでも彼女にとって濃密な訓練となったのだろうな。とはいえ、アイリスの剣術は非常に丁寧でそれから学べるところもあるはずだ。

 まぁ結果としてユウナにとっては有意義なものだったに違いないか。


「ところで、そちらの方は?」


 そういってアイリスは俺の横に立っていたラフィンの方を向いた。


「私はドルタナ王国第二王女のラフィンです。この家にしばらく滞在させていただくことになりました」

「お、王女様っ!」


 一番驚いていたのはユウナだった。

 すると、アレクが遅れて近寄ってきた。その目は彼女の心意を探ろうとしているようだ。


「……しばらく滞在する、いつまでいるつもりかな?」

「正式に私の処遇が決まるまでですので、長くても数日だと思います」

「そうなんだね」


 その表情は少し困った様子でもあった。確かにこの決定は彼と相談したわけでもないからな。急に言われれば困惑もするか。


「都合でも悪かった?」

「いや、別にそうではないんだ。気にしないでほしい」

「お兄様、あの情報は本当だったということでしょうか」


 すると、心配そうにアイリスがそう俺に聞いてきた。彼女ももちろんドルタナ王国が攻撃されると書かれたメモのことを知っている。魔族の言語で書かれたでルクラリズが翻訳してくれたのだ。

 最初は彼女に対してアイリスはかなり懐疑的だったからな。敵意を向けることが何度かあったものの、今ではもう互いに打ち解けている様子だ。


「どうやらそうかもしれないな」


 俺がそう言うとルクラリズは口元に手をやった。この話はあのメモを翻訳した彼女にとってあまり聞きたくないことなのかもしれない。本質として魔族である彼女だが、考えや想いはほとんど人間だ。

 今まで魔族の世界にいたために人間的な常識は若干欠如している彼女でも悲しいと思うのは普通のことだ。


「だが、王国が戦場となっているわけではない。今のところはまだ平穏なのだそうだ」

「そのとおりです。私がこの国に亡命しに来たときは混乱が生じましたが、それもすぐに収まることでしょう」

「ですが、お兄様。警戒は続けるべきですよね?」

「そのためにミリシアとレイが向かった。彼らなら大丈夫だろう」


 大きな攻撃があるとなれば事前に彼らがその兆候に察知するはずだ。自分たちで解決できそうなら阻止するだろうし、無理そうなら応援を要請することだろう。少なくとも彼らから緊急の連絡がない限りは魔族による攻撃は心配しなくていい。


「そうかもしれないがな。俺としてはもう一つの方が気がかりだ」

「……お兄様を害する者が何者であっても私は許しません」


 そう小さくつぶやくようにアイリスが言った。もう一つの問題とは俺や議長であるアレイシアの暗殺計画だ。その情報は議会の諜報部隊となったフィレスが報告してくれた。今彼女はセシルの祖父に当たる人物と自主的に修行しているそうだ。


「エルラトラムにも問題があるようですね」


 俺とアイリスのやり取りを見てラフィンがそう言った。


「魔族に対抗する最大で最後の砦だからな。魔族からも狙われる上に、内部からも狙われる」

「一枚岩にはなれない、ということですね。どこの国でも同じですか」


 人間一人一人の思想はまったく違う。だから、同じ目標や同じ志を持って一つになることはそう簡単ではない。それは共通の敵である魔族がいたとしても変わらない。世界の危機だとわかっていても互いに協力し合うことができない。最大の短所であり長所でもある人間の欲求がそれを邪魔しているのだ。

 合理的に考えれば矛盾しているが、それは仕方のないこと。人間である以上、生物である以上はそれら欲求が不可欠だ。


「とりあえず、ラフィン王女のことは僕たちが見るよ」

「ああ、頼んだ」

「僕はアレク、短い間になるかもしれないけれどよろしくね」

「こちらこそ、よろしくおねがいします」


 そういってラフィンは差し出された手を握ってアレクと握手をした。

 最初は緊張していた彼女だが、彼らの様子を見て徐々にそれはほぐれてきている様子だ。これなら明日にでも慣れることだろう。彼女のことは彼らに任せて、しばらくは自分のことに集中するべきだな。


「でしたら、休憩にしましょうっ! もうすぐセシルさんたちも戻ってくることですしっ」

「だけど、まだ訓練が残っているよね?」

「え? もう私は三回も……」

「一日に五回はお相手させてほしいって言ったのは?」

「っ! こ、今回だけはっ」


 全力で懇願するユウナだが、俺はそのやり取りを知っている。彼女は自分の実力不足を解消したいとアレクやレイに相談していた。そのときに最低でも五回は実戦形式の訓練の相手をしてほしい。それに加えて自分の意志の弱さを補うべく、強制してほしいとも言っていた。

 その相談を受けたレイはかなり乗り気だったのを覚えている。


「約束に例外はない、そうだろ?」

「エレイン様までぇ……」

「じゃ始めようか」


 アレクのその優しい微笑みはユウナからしてみれば悪魔のそれに見えただろうな。


 それから、俺たちはアレクとユウナを訓練場に残してリビングへと向かった。


「流石に王城とまではいかないだろうが、何不自由なく過ごすことができる家だ」

「構いません。無礼者の私には贅沢過ぎるほどです」

「そうか」

「ですが、私の本音として剣聖であるエレイン様に護衛していただきたいところでしたが、さすがに叶わぬ夢でしたね」


 そういって彼女はリーリアが淹れた紅茶をゆっくりと口にした。

 まぁその発言にどういった意図があるのかは不明だがな。横に座ったアイリスが彼女の発言に右に首を小さく傾げながら、口を開いた。


「無礼を承知で言いますが、私からはラフィン王女はお兄様に好意を抱いているように見えます」

「剣聖の妹のアイリスさん、でしたね。強くたくましい人を好きにならない道理はないでしょう」

「では、お兄様の何を知っているのですか?」

「今日初めて出会ったお方です。当然ながら、知っていることはごく限られています。しかし、噂通りの人だとお会いしたときにわかりました。まさか妹がいるとは考えもしませんでしたが……」


 一体外国でどのような噂が広まっているのかはエルラトラムにいる俺は知らないのだが、少なくとも誇張された噂が流れているわけではなさそうだ。確かに議会は剣聖の情報を最低限かつ正確に公表しているからな。そこからとんでもない噂がすぐに出てくることはないだろう。

 すると、アイリスは左にまた首を小さく傾げて口を開く。


「つまり私はラフィン王女にとって想定外だったということですね」

「あら、何を言っているのでしょうか?」

「剣聖であるお兄様との婚約には私の説得も必要になるということです」


 そのアイリスの突然の発言にティーカップを持つ手が一瞬震えたラフィンだが、すぐにカップを机に置いてこほんっと軽く咳払いした。


「……自分でも突飛だとは思わないのですか?」

「思いません。ラフィン王女は護衛にしたいと言いました。護衛騎士と王女の婚約はよくある話です。その多くは政略結婚というわけではなく、心から一緒になりたいという純粋な結婚だと聞きます」

「剣聖の妹ということでどのような方かと思っていましたが、本当に驚くことばかりですね」


 そういってラフィンは小さく笑った。

 その様子を見てアイリスはまっすぐに彼女の目を見つめる。


「お兄様は正真正銘の最強剣士です。しかしながら、こうした話にはかなり疎いのです」

「確かにアレイシア議長との関係を見てもそうなのでしょうね」


 二人の会話はまったくわからない。俺でもその点は疎いのだろうと思っているが、アレイシアとの関係は良好なものだと思っている。

 俺の右隣にスカートを握っているリーリアに小声で話しかけることにした。


「少しいいか?」

「っ!」


 小さく話しかけると肩を震わせて彼女は驚いた。何をそこまで緊張しているのかはわからないが、話を続けることにした。


「リーリアから見てもそうなのか?」

「はい。アレイシア様にも問題はありますが、そう思いますよ」

「……改善しないといけないな」


 自覚のない問題点を改善するのはかなり難しいかもしれないが、仕方ない。俺が原因でアレイシアが落ち込むというのは避けたいところだ。ゆっくりとリーリアに相談しながら解決していくとするか。


「もし、私の発言が少しでも違っていましたら謝罪します」

「……いいでしょう。初めてお会いして心惹かれたのは事実です。そこに恋愛的な好意があったことも認めましょう。ですが、私は王族です。安易に婚約へと踏み切ろうとはしていません」


 まぁ王族としてはそうだろうな。


「そう、ですか。わかりました」

「仮に婚約するとなれば、お兄様のことが大好きなアイリスさんを説得することはきっと難航することでしょうね」

「っ! 私はお兄様の将来のためになるお方でしたら問題はないと思っています」


 すると、アイリスはなぜか頬を若干赤く染めながらそう答えた。


「ふふっ、本当に可愛らしい人ですね」

「……敗北を認めた上で追撃に出るとは思い切った王女様ですね」


 二人のやり取りの半分は理解できなかったが、俺としては険悪な関係にはなっていないのなら問題ないだろう。それに彼女たちは少し似ているところがあるからな。良い友人にでもなってくれればいいと俺は横で見ていて思った。

こんにちは、結坂有です。


無事にラフィンの身を預ける場所が見つかってよかったですね。

しかし、それでも完全に安心できるわけではないようです。アレイシアやエレイン自身を暗殺しようと企んでいる組織がいる以上は気の抜けない生活になることでしょう。


それでは次回もお楽しみに……



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