募る不穏
僕、アギスは王城から出て広場へとやってきた。王城から伸びる一本道には大衆向けの店はなく、王家に関するものばかりが多い。例えば、古くから王家に仕えている彫刻師や画家などのアトリエなどがある。その他には王城関係者に向けての服などを作っている工房などもある。
そんな通りを抜けるとすぐに広場に繋がる。
僕はこのまま防壁周辺の警備へと戻るつもりだ。あれ以上王城にいても大した情報は得られないだろうと思ったからだ。もちろん、王城に繋がる牢獄にはあの事件を詳しく知る当事者たちが囚われている。彼らと少しでも話ができればと思っていたが、どうも難しい様子だ。
当の第一王女もあの王城には戻ってきていないらしい。どこにいるのかは別としてこんな事態になっているというのになんとも悠長なことだ。
まぁ第一王女が引き起こした混乱をこのまま放置するとは考えられない。そのうち何らかの発表を待つしかないようだ。
そんな事を考えながら、歩いていると広場の奥から二人の男女が歩いてきた。このあたりでは見ない顔だ。そういえば、エルラトラムから来たという剣士がいると聞いたことがある。防壁周辺で仕事をしているとそういった情報がすぐに手に入る。
「……少し時間ある?」
長細いレイピアという剣を携えた女性が僕に話しかけてきた。なんの用なのかはわからないが、話ぐらいなら聞いてみるか。国外から来た人の対応をするのも一応警備隊としての仕事だからだ。
「僕にできることなら話を聞くよ」
「そう、よかったわ。さっきまで王城にいたわよね?」
「うん。僕もこの国を守る一兵士だからね」
「それなら逃亡した第二王女の話とかなにか知っているかなって思って」
この人たちは少なくともこの国とは何も関係のない人だ。どうして他国のそんな問題を気にするのだろうか。とはいえ、僕も詳しい情報を持っているわけでもない。気になって王城へと向かったが、空回りだったからだ。
「噂が街で広まってるからね。それで僕も気になって王城に確認してきたんだけど、そこまで大した情報はなかったよ」
「……王城関係者にも秘密にしていることがあるってことかしら?」
「まぁそんなところだね。王城内もかなり混乱している様子だったよ」
どこまで詳細に話していいのかはわからないが、これぐらいなら話しても問題はないだろう。僕自身エルラトラムのことはよく知らない。公開される情報はなにかの伝説でも聞かされているような印象を受ける。
彼らがどこまで強く、どこまで信用に値する人たちなのかはまったくの未知数だ。
「それより、エルラトラムの人がどうしてそんな事を気にするのかな? 君たちには関係のないことだと思うけどね」
「……信じてもらえるかはわからないけれど、私たちはエルラトラム議会専属部隊の小さき盾なのよ」
そう周囲を気にしながら女性は小声で自分たちの部隊のことを話した。剣を持っている時点で剣士だということはわかったのだが、まさかあの伝説の名高い小さき盾だと彼女は言った。
僕たちの国でもエルラトラムの剣聖とその小さき盾という部隊の話は誰でも知っている。最近では魔族領の一つを完全に解放したという話がある。
魔族が出現してから人類は撤退を繰り返すばかり、防衛に成功することはあっても相手を壊滅に追いやることは一度もなかった。しかし、彼らは魔族に攻撃をして壊滅、さらには領土の奪還まで成功させた。聖騎士団を召集したということもあるだろうが、あの報告通りに受け取るとすれば剣聖と小さき盾が先陣を切ったらしい。
なにかのおとぎ話みたいではあるが、その真偽は誰にもわからない。ドルタナ王国は直接それに関わっていないからだ。
解放された領土も僕たちにはそこまで関係のないことだしね。
そんな彼らがどうしてこんな国に来たのだろうか。彼女の言うことを鵜呑みにするわけではないが、ここに来た理由を聞いてみるべきだろう。
「あの伝説のね……。そんな人たちがこんな国になんのようなのかな?」
「この国が魔族によって攻撃されるという話を聞いたからよ。具体的な攻撃内容まではわからないけれどね」
「魔族の攻撃、か」
「なにか心当たりでもあるの?」
「少なくとも大きな事件は起こっていないよ。ラフィン第二王女の反逆行為は確かに大きな事件ではあるけれど、魔族のものとは違うと僕は思っているよ」
そもそも魔族がこのような回りくどいやり方で攻撃してくるだろうか。何度も奴らと戦ってきたが、どれも力で無理矢理押し込むような稚拙な戦術だった。急にこのような情報戦を仕掛けてくるとは思えない。
それに第二王女の謀反を発表したのは第一王女のジェビリーだ。王女には強力な近衛騎士が付いている。そんな彼女に魔族が付け入る隙などあるのだろうか。
魔族が人間に化けでもしない限りは難しいはずだ。
「噂話での推測になるのだけど、魔族が王家に親しい人間に成り済ましている可能性が高いわ。最悪の場合、王家に……」
「待ってほしい。魔族が人間のふりをするなんてあるのかな?」
「はっ、やっぱり知らねぇみてぇだな」
「魔族には上位種と下位種に分かれるのは知っているわよね」
それは聞いたことがある。上位の魔族が下位の魔族を率いているというのは知っている。しかし、僕はその上位の魔族とやらに出会ったことがない。話では言葉をしゃべるらしい。
「その上位の魔族が人間に化けるのかい?」
「ええ、上位の魔族は人間に近い見た目をしている個体もいるわ。簡単な変装で人間に成り済ますなんて彼らからすれば簡単でしょうね」
「僕も魔族と戦ってきたけれど、そんな前例はなかったよ」
「最近になって魔族の攻撃手段が多様化してきたわ。理由はいくつか考えられるけれどね」
エルラトラムは様々な国に聖騎士団や剣士を派遣したりもしている。きっと彼女らもその筋の人たちなのかもしれない。
よくよく考えてみれば、あんな稚拙な攻撃で人類がここまで負け続けるなんておかしな話か。今まで魔族は人類に対して手を抜いていたと考えるのが妥当か。
「……だけど、本当に魔族がこの国を混乱させてなんの得になるのかな。混乱させるよりも先に滅亡させたほうがいいんじゃないかな?」
「彼らにとってこの国を滅亡させるのは簡単なのよ。でも、そんな単純な攻撃はしてこない。つまりはもっと先の戦いまで見据えているってことよ」
「それはどういう……」
「相手の戦術を深読みしてはいけない、戦略を考える上での基本。いくつかは考えられるけれど、今はそれ以上考えていはいけないわ」
「まぁ俺たちの話を戯言だと思うのなら好きにすればいいぜ? 滅ぶのはこの国だけだからな」
すると、女性の横に立っている男がそう無関心そうな表情で言った。
確かに彼女らはエルラトラムという強力な国の人たちだ。ここが魔族によって滅ぶことになっても無事にエルラトラムに帰ることもできるだろう。
そんな彼女たちが僕に忠告してきた。この混乱は間違いなく魔族の攻撃だと。
「君たちがどこまで情報を知っているのかは知らないけれど、第一王女ジェビリーの居場所がまだわかっていないんだ」
「……最悪な状況ね」
そういって彼女は僕から視線をそらして深く考え始めた。その表情はかなり深刻そうだ。
僕には彼女の考えていることは分からない。
それでも一つだけ僕にできることがある。それは僕が彼女たちに協力することなのだろう。
こんにちは、結坂有です。
小さき盾のミリシアとレイはどうやらドルタナ王国のアギスと接触することに成功したみたいですね。
狙って話しかけたわけではないようですが、このままいい方向へと事が進んでいくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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