変わる状況、変わらない日常
俺は聖騎士団本部から出てリーリアと一緒に自分の家へと帰っていた。
その途中、リーリアは申し訳なさそうな顔をしてこちらを向いてきた。
「申し訳ございません。私のせいでご迷惑をおかけしてしまって」
「俺にとってリーリアは大切な人なんだ。気にすることはない」
そういうと、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。
「……エレイン様は普通な顔してそんなこと言うのですね」
「不思議なことか?」
「いいえ、そうやって言葉を真っ直ぐに言えるのは尊敬します」
彼女の尊敬する部分というのがよくわからないのだが、特に悪いことではなさそうだ。
「そうか。それにしても背中の怪我はどうだ」
「まだ少し痛みますが、すぐに治療できたので大丈夫ですよ」
そう言って彼女は巻いてある包帯を手で押さえた。
まぁ聖騎士団専属の医者に治療してもらったんだ。二日三日ほどすれば完全に回復することだろう。
それからゆっくりと歩きながら自分の家へと辿り着いた。
時間はちょうど八時を過ぎたあたりだ。
アレイシアたちはもう夕食を食べ終えている頃だろうか。
「おかえりなさいませ。エレイン様」
扉を開けると、そこにはいつものようにユレイナが立っていた。
「……帰るところが見えたのか?」
「ええ、窓から確認しました」
ユレイナがそういうと奥からアレイシアが慎重な足取りでこちらに歩いてきた。
「エレイン」
「すまないな。急に飛び出してしまって」
俺はユレイナとアレイシアに向かって謝罪を入れる。
すると、アレイシアは首を振ってそれを否定した。
「リーリアを助けるために行ったのでしょ? だから気にしないで」
「アレイシア様、申し訳ございません」
改めてリーリアが彼女に向かって謝罪を入れる。
「いいのよ。私だって団長に一言も言えなかったんだから。行動できただけでもリーリアは立派だと思うわ」
そう落ち込んで彼女は拳を握った。
リーリアのように思い切って本部に駆け込むことのできない自分に腹を立てているのだろうが、苛立ったところで自分の体が完治することはない。
「まぁこれぐらい苦労の一つに入らない」
「エレインが気にしないのなら、私はいいのだけど……っ!」
アレイシアのお腹が鳴った。
もしかしてだが、まだ夕食を食べていないのだろうか。
「アレイシア様、エレイン様も帰ってきたことですし、夕食にしましょうか」
「食べていなかったのか?」
「ええ、エレイン様が帰ってくるまでは食べないと言っていましたので」
なるほど、そう言ったところはアレイシアらしいな。
それからはユレイナが夕食を一人で作ってくれた。
いつもならリーリアと手分けして作っているのだが、今回は軽傷とは言え怪我人のためユレイナが全て作ってくれたようだ。
どうやら下拵えは済ませておいたようで、すぐに夕食の準備ができた。
俺が着替え終える頃にはすでに皿が並べられていたのだ。
献立は簡単なスープを主体にした料理であったのだが、リーリアのためか後から肉料理も追加で作ってくれた。
いつもより量が多くどこか贅沢をしているような気分になる。
夕食を食べ終えた俺は自分の部屋に戻ってアンドレイアと会話することにした。
夕食の後は風呂に入って体の疲れを癒したいところなのだが、食べている時から剣を震わせたりと色々と合図を出してきたからこうしてすぐに部屋に戻ってきたのだ。
「話したいことはなんだ?」
俺は部屋の扉の鍵を閉めると、アンドレイアが剣から飛び出てきてそのままベッドの上に座った。
「忘れる前に伝えたいことがあっての」
「伝えたいこと、か」
俺もそのまま彼女の隣に座る。
その行動に彼女は驚きを隠しきれない様子ではあったが、何をそんなに慌てることがあるのだろうか。
「っ……まぁそのなんじゃ。奴の持っていた魔剣についてじゃ」
「あいつも魔剣を持っていたのか?」
「ああ、あの力は間違いなく魔剣じゃ。それもかなり厄介な能力での」
団長の様子が変だったのも、警戒心の強いリーリアが背中に怪我を負っていたのもその魔剣の能力が原因であれば納得はできる。
「なるほど、どう言った能力なんだ」
「分身の能力じゃ。わしの加速と言う能力と同じく最上位の魔剣のようじゃな」
分身、か。
厄介には変わりなさそうだが、それほど脅威とも思えない。
いや、それはどう言った効果があるのかにもよるか。
「分身というのはどれほどの効果を持っているんだ」
「わしが覚えている限りじゃと、持ち主と同等の実力を持った分身を数万単位で展開できたはずじゃ」
数万単位で自分を複製することができるのか。
確かに脅威なのかもしれないな。
「だが、それほどの数を操るわけだ。欠点がないわけではないだろう?」
「そうじゃ。分身を展開している間は持ち主が柄を握っておかなければいけない。当然その間は本体は無防備なわけじゃの」
「……ならそれほど脅威ではない。たとえブラド団長のような剣士が数万いたところで変わりはない」
俺がそういうとアンドレイアが不思議そうに俺を見つめてくる。
「どうしてじゃ? 複数相手をするということはそれほど難しくなるのではないのかの?」
「確かに難しくなるが、弱いものがいくら集まったところで弱いままだ」
0に何をかけても0のままであるように、弱いものがいくら集まったところで弱いままだ。
それに分身というぐらいだ。
集団戦術において同じ実力の者が集まるというのはある意味で愚策とも言える。
数で押し切るという戦術なのかもしれないが、俺の剣術にそれは全くの無意味と言える。
「ふむ、雑魚は雑魚ということじゃな?」
「雑魚だとは思わないが、それに近いな」
そうアンドレイアは悪言を吐いてそう言った。
彼女のいうようにいくら頭数が増えたところで変わりはしないということだ。
「……それにしてもいつもと距離があるな」
「っ! なんじゃ、わしに抱きついて欲しいというのかの?」
「いや、それは困るのだがこの距離感はいつもと違うからな」
先ほどからアンドレイアは俺から一人分、間を開けて座っている。
今までなら密着距離で話していたのに妙だ。
「これならどうじゃ!」
俺の言葉を聞いた彼女は勢いに任せてこちらに密着してくる。
だが、体に触れた瞬間顔を真っ赤にしてまた間を開けて座り直す。
「……無理をしているのが見え見えだ」
「わしじゃて乙女なんじゃぞ?」
「それはわかっているが、心境が変わり過ぎだ」
いつもなら大胆に行動を取ってくるものなのだが、今日の彼女はいつもと少し違う。
それが何なのか俺には知る必要があるからな。精霊のことは何もわからない。
もし彼女に何か悪い影響があるとすれば、それを改善するのも持ち主である俺の務めではないだろうか。
「お主に対しての……」
「ああ」
「羞恥心が芽生えたみたいなんじゃ」
なるほど、だからそんなに距離を取っているのか。
「もしかして今まで無理をしてくっついていたのか?」
「無理なんかしとらん。本心から抱きつきたいと思っておったのじゃぞ? それが今になって恥ずかしくなったのじゃ」
今まで勢いで行動できていたが、冷静になった今はそれがなかなかできなくなったということか。
人間でもよくあることだ。きっと精霊である彼女たちにもあるのだろうな。
「話したいことはよくわかった。俺はこれから風呂に入ってくる」
「お、お風呂じゃと!」
「何だ?」
「さ、さすがに心の準備が……」
アンドレイアはひどく慌てているが、何を考えているのだろうか。
「俺一人で入るのだが」
「っ! それならそうじゃと早く言っておくれ」
「まぁいい。俺が戻るまで剣の中で待機だ」
「わかっておるわい」
ふんっと顔を逸らしてから剣の中へと消えていった。
全く感情の掴めない精霊だな。
それから風呂の更衣室に入る。
俺が服を脱ぎかけたときに扉が開いた。
「エレイン……」
「アレイシアか。どうしたんだ」
着替えを持っていることから、これから風呂に入ろうとしているようだ。
だが、順番的に俺が一番先に入る予定だ。
どうして今アレイシアがいるのだろうか。
「ユレイナに言ってから来てるからね? 安心して」
「話が掴めない。どういうことだ?」
俺がそう質問すると、アレイシアはいつもの凛々しくも美しい表情を崩して、頬を赤く染めた。
「一緒にお風呂、入ろって」
おそらくユレイナが忙しいから俺が代わりに介抱しながらお風呂に入って欲しいとのことだろう。
リーリアも怪我をしていることだしな。
「ああ、俺で良ければ別に構わない」
「え?」
すると、俺の発言が意外だったのか呆気に取られたような声を上げた。
「……一緒に入るのだろ?」
「あ、うん。入るわ」
そう言って俺は服を脱ぎ始める。
俺の行動の一つ一つを目に焼き付けるように凝視する彼女に若干の恥ずかしさを感じつつも俺は服を脱いでいる。
「脱がないのか?」
「や、やっぱり恥ずかしいから……」
俺から視線を逸らしながらそう言ったが、すぐに首を振って正面に向き直る。
「いいえ、入るわ」
そう何かの覚悟を決めたかのような真っ直ぐな目で俺を見つめる。
すると、アレイシアはゆっくりと上着を脱ぎ始めた。
その白い素肌は非常に滑らかでその健康的な体の輪郭と相まって芸術的にも思える。
そして、その美しいブロンドの髪は光の当たり方なのか、輝いており碧眼の目も透き通っており吸い込まれそうだ。
さらに若干の恥ずかしさからなのか、頬が薄らと赤く染まっているため色気が漂ってくる。
そんな彼女に息を飲んでしまう俺ではあるのだが、ここではそれを表に出してはいけないだろう。
彼女だって恥ずかしいのだからな。
「……どう?」
すると、全てを脱ぎ終え局部をタオルで隠した彼女は俺に対してそう聞いてきた。
「どう、と言われてもな」
正直美しいの一言に尽きる。しかし、それを言ってしまったら俺がいやらしいことを考えていると思われてしまうかもしれないからな。
迂闊にそのようなことは言えたものではない。
「綺麗とか美しいとかない、のかな?」
「……」
俺がしばらく無言でいると、アレイシアは少し怒った表情になって風呂場への扉を開けた。
状況は変わりつつあるのだが、こうした日常的なことはいつまでも変わらないようだ。
俺は彼女の苛立ちの理由を思案しながら、彼女と一緒にお風呂に入るのであった。
こんにちは、結坂有です。
エレインの過ごしている環境も変化してきているようです。
もちろん、聖騎士団との協力関係がなくなったこともありますが、人間関係に関しても変わってきています。
これからエレインたちはどうなっていくのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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