王女の孤立
私、ラフィン・アルテネディスはこのドルタナ王国の第二王女だ。私は今、黒い馬に乗って闇夜を駆け抜けている。もちろん、この場所はドルタナ王国内でもなければ周辺でもない。
私は王国から逃げ出したのだ。
なぜこんなことになってしまったか、それは今朝の話だ。
〜〜〜
第二王城の一室、私専用の部屋で私は目を覚ました。大きな天蓋に覆われたベッドから出て、自分で支度をする。
これは私の中では日常的だ。王女という立場であれば使用人などが身支度をお手伝いすることは普通のことではある。しかし、今の私にはそのようなことはない。言葉を選ばないで言うとただ第一王女ジェビリーが私から使用人などを奪っていったのだ。
理由は単純、私に王家として相応しい実力を持っていないからであった。この国では学術よりも兵術や剣士としての実力の高さが物を言う。私は二級剣士、ジェビリーは一級剣士だ。実戦経験数を無視すれば特級剣士に匹敵するほどの実力を持っている。常識的に考えてありえないような実力の持ち主なのだが、事実なのだから認めざるを得ない。
「……」
私は畳まれた服を丁寧に広げ、無駄なシワが入らないように慎重に袖を通す。使用人がいれば服にシワなどは入らないのだが、一人だと仕方がない。王族としての威厳を保つためにも服の清潔さや美麗さは保たなければいけないのだから。
服に袖を通して、髪の毛を整えていると扉がノックされた。
「ラフィン王女、緊急事態でございます」
野太い声が響いてきた。
この声はアミュラという今年で五〇を過ぎた老兵だ。彼は権威が失われつつある私に残された数少ない警備隊の一人。とはいえ、この国では年齢制限があるために聖剣は王家に返納している。今は一般的な剣を持っている。
そして、彼は私に剣術も教授してくれている。彼の実力は確かなものでこの国でも数人しかいないと言われている特級剣士だ。
そんな彼の緊迫した声は初めて聞いた。
「どうかしましたか?」
私は作業を中断して、すぐに扉を開いた。使用人のいない私は一人で何もかもをしなければいけないのは少し面倒だ。
「それが、第一王女がこのような書状にサインを……」
そういって私は彼の持っていた書状を手に取った。
「このようなことは……」
私は言葉を失った。
その書状に書かれていたことは私が王家に対して反逆意志があるという内容であった。私はそんなことは一切していないし、考えてもいなかった。
一週間ほど前になくなった私の父である国王の代わりになれるよう必死に勉学、主に内政学に励んでいた。そもそも、この国を動かすには兵学だけでは無理だ。政治に精通した人間が必要。
内政学ではジェビリーに勝っていると私は考えている。軍事に関しては姉が、政治に関しては私が担当してうまく運営しようと誓った。
「ジェビリー王女は内政を通じて第一王女である自分の権威失墜を狙っているとお考えのようです」
「そんな……そんなこと一切考えていませんっ」
「はい。それは我々も重々承知しております。しかし、ジェビリー王女には確固たる証拠があると……」
妙な書類にサインした覚えもない。それにそのような反逆的な思想を話したことも一切ない。
どうしてこうなってしまったのか私には全く見当が付かなかった。
しかし、こうなってしまった以上はこの事態をどうにかしなければいけない。私は深呼吸して彼に質問することにした。
「わかりました。これはいつ発行されたものですか?」
「一時間ほど前でございます。私の協力者がいち早く届けてくれたものです」
彼女とその親衛隊は今、実戦経験を積むために城壁警備に向かっていたはずだ。いや、そもそも第一王女ともなる人物がわざわざ警備に向かうなんてあり得ないことだ。しかし、自身の存在力を国民にアピールするには十分過ぎる演出と言える。
この国のために戦っていると国民が知れば、それだけ信頼されるものだ。強い王という存在に国民は惹かれるのだから。
そんなことよりも一時間と言った。彼女のいる城壁警備の拠点からこの王城まではそう遠くはない。軍備を整え、王城に到着するまで残り時間は少ない。
「そうですか」
私にはジェビリーが何を考えているのかを理解した。
彼女の考える筋書きはこうだ。
次期王女となるジェビリーが国のために自ら城壁警備へと向かった。その間、王城に残った私がその隙きに反乱を仕掛けようと企んだ。そして、それをいち早く察知したジェビリーが事態を収拾するために行動に出たと言ったところだろう。
誰もが思いつきそうなことだが、信頼のある彼女が発言すれば誰もが信じる。それに彼女の言っている確固たる証拠というのも私から奪った使用人に無理矢理発言させたものに違いない。
「アミュラさん、私にはもうどうすることもできません」
「何を言っているのですか」
「……私のこの国での信頼はゼロと言って差し支えありません。すべて姉であるジェビリー王女に先手を取られてしまったせいです」
「まだ諦めるには早いです」
すると、彼は真っ直ぐな目で私を見てきた。
「無礼を承知で言います。ラフィン王女、本気で反逆行為をなさってはどうでしょうか」
「っ!」
私はその言葉に怒りの感情が湧き出てきた。
しかし、考えてみれば彼の言う通りなのかもしれない。いずれ私は反逆者として多くの国民に知れ渡ることになる。一度動き出した歯車はそう簡単に止めることはできない。それならばいっそのこと、偽りではなく、本物の反逆者になれば……
「そう、かもしれません。私が生き残るには他国に亡命することが一番なのでしょう」
それをするには大きな代償を払うことが必須となる。
「なんなりと、私をどうぞ利用してください。特級剣士として三十年以上生きてきました。もう私に思い残すことはありません」
「……アミュラ特級剣士、城壁までの突破口を切り開いてください」
「御意のとおりに」
彼のその声が聞こえた瞬間、城門が開く音が響いた。
〜〜〜
特級剣士である彼のおかげで城壁までを抜けることができた。しかし、問題は城壁を完全に突破することであった。
本来であれば彼に最後まで護衛してもらいたいところではあったが、それはもうできない。私の完全突破を成功させるために彼は一人で数十人の一級剣士を相手にしたのだから。
もちろん、城壁までの間に何人もの警備隊が捕縛されてしまった。きっと彼らも私と同じく反逆者としての烙印を押される事だろう。命は助かったとしても人権なんてないようなもの、運が良くても下人として一生過ごすことになる。
果たしてそこまでして私が生き残る価値があるのだろうか。その対価に見合った成果を私が成し得ることができるのだろうか。
ジェビリー王女は明らかになんらかの悪行に手を染めている。その正体を突き止めることなど、国外逃亡した私にできるのだろうか。
こんなふうに弱気になってしまってはいけない。
私はそんな不安を振り払うように、切り払うようにして闇夜を駆け抜けるのであった。
こんにちは、結坂有です。
昨日の更新予定でしたが、諸事情のため一日遅れてしまいました。
ドルタナ王国、一体どうなってしまうのでしょうか。新しい登場人物のこれからについても気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに……
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