魔剣の試練
エレインが本部に強襲を仕掛けてきた時から一時間ほど経っただろうか。
私はブラド団長と話していた。
「ミリシア、お前はエレインに気付かれてはいけない存在だ。わかるな?」
「うん、わかってるよ。でも彼ならいつか気付かれるわ」
私がそう言うとブラド団長は私に向けて鋭い目を向けてきた。
「いずれバレるのならと、わざと甘い攻撃をしていないか?」
「……そんなことないでしょ? エレインがどれほど強いか、あなたは知らないのよ」
「そうか。俺からすればただの学生に過ぎない。本気を出せばエレインを倒すことなど簡単だ」
団長はそう言っているが、本当にできるのだろうか。
私が知っている限り、彼は一人で魔族千体以上を相手にできるほどの力を持っている。 それに私たちがいたセルバン王国の剣士が束になってかかっても勝てはしない。
それほどの力を持っている彼に団長が一人で勝てるなど、できると言うのだろうか。
「そんなこと、できると思っているの?」
「俺のこの魔剣の能力は”分身”だ。俺と同等の能力を持った分身を数万の単位で作り出すことができる」
まさかとは思っていたけど、魔剣っていうものは使用者に能力を付与するらしい。
そして、その能力は魔剣に依存するらしく、団長の剣は”分身”と言う能力のようだ。
それも数体程度ではなく、何千何万と展開することができると言う恐ろしく強力な能力だ。
団長一人だけでも相当な実力者なのに対して、分身も同じ強さを持っているとなれば流石のエレインでも無理なのかもしれない。
「数万って一つに大隊じゃないの?」
「ああ、俺一人でそれ以上の力を持っていることになる。魔族に対しても分身を使えば簡単に勝てるからな」
まぁ数万の分身という数で押し切れば勝てるのかもしれない。
「ってことはその分身も魔族を殺すことができるってことよね? 無敵じゃん」
「とは言っても全滅は不可能だ。分身には聖剣の能力まで持っていない。あくまで戦うことができるというだけだ」
なるほど、魔族は確か聖剣本体でしか倒すことができなかったはずだ。
いくら分身が大量に存在していようとも無理なものは無理なのだろう。
「そうなんだ。でも物量という作戦であればエレインに勝てるってことなのね」
「魔族に対しては無理かもしれないが、人間相手であれば分身だけでも戦わせることができるからな」
そこが彼の恐ろしいところだ。
彼の分身の有効範囲であれば、どんな場所でも分身を向かわせて自分は何のリスクもなく相手を窮地に追いやることができるという点だ。
作戦としても自由度が高く、人間相手であれば確実に勝つことができるのかもしれない。
「……よくよく考えてみればおかしくない? さっきエレインに勝とうと思えば勝てたはずなのよね?」
「ああ、だがあの場面で俺の分身を展開するのは難しい判断だ」
「どうして? 分身を使えば数で勝てるって……もしかして自分は無防備になるのか」
そういえば団長がいつも分身を使う時、魔剣の方の柄に触れていた。
どうやらそれが影響しているのだろうか。
「その通りだ。鞘に入れた状態で柄を握らないと発動しない。だからあの状態では俺自身が危険な状態になったことだろう」
「そっか、何でも欠点ってあるもんだね」
「そういうことだ」
しかし、その欠点があったとしても最強な能力なのには変わりない。
私自身にはエレインに勝って欲しいのだけれど、事実それは難しいのかもしれない。
その上、彼が勝ってしまってはあのフラドレット家と言う危険な家にいつまでもいることになるのだ。それはなんとしてでも阻止しなければいけない。
「ミリシアがそんなことを心配している場合ではない。今度お前には魔剣を手に入れてもらうからな」
「……え?」
「魔剣だ。ちょうど一つ見つけたところだ」
まさか、私が魔剣を手に入れることになるとは思ってもいなかった。
今持っている剣でも人間と戦う分には十分過ぎるほどだ。
とは言っても聖剣を使った相手とは一度も戦ったことがないのも事実だ。そうなったときは魔剣の一つでも持っていた方が戦いが楽なのかもしれない。
「どう言った魔剣なの」
「ちょうどここに資料がある。これだ」
そう言って机の引き出しから取り出した資料には魔剣の情報が載っていた。
「えっと、レイピア型の魔剣で能力が……ってこれは流石に扱えないわよ!」
「どう言うことだ?」
資料を見たところ、この魔剣の能力は”分散”と言うようだ。
軽くどう言った能力かと言うと実際に剣撃で使えそうなのは防衛に役立つそうだ。
受ける攻撃を分散させることでどんなに強力な一撃でも簡単に防ぐことが可能だと言う。
そして攻撃としてもその能力は使えるようだ。
例えば、レイピアと言う細い形状からして一撃を与える面積は非常に小さい。
しかし、分散を使うことでそれを広範囲に広げることができる。剣撃という面で言えばレイピアという形に囚われない非常に幅広い攻撃が可能だということなのだ。
「私には力がないの。だから私は様々な展開ができる汎用性の高い剣術を得意としているの。こう言った特殊な戦い方は難しいわ」
「ふむ、だがエレインは魔剣を使いこなしているそうだ。エレインにできてお前にできないわけがない」
「……そうかもね」
確かに団長の言う通りかもしれない。
私は私の編み出した剣術に自信がある。そんな剣術が特殊な剣だったとして変わることはない。
「だったら今すぐにでも契約を行おうか」
「い、今から?」
「魔剣と戦うのは目立ってしまうからな。夜の山奥で人目のつかない場所でやりたい」
善は急げと言うが、確かに今だとしても問題はないだろう。
それから山奥に向かい、真っ暗な中を団長と二人で歩いていた。
団長は布に巻かれた棒状の何かを持っているが、おそらくそれがこれから私が手に入れる魔剣なのだろう。
「ではここでやろうか。ここなら十分に広いからな」
そう言って団長は布越しに魔剣の柄を握り、そのまま地面に突き刺した。
本当にレイピアのように見える。
そしてその白い刀身は美しい陶器のようにも見える。
「……私は何をすればいいのかしら?」
「この剣に触れてみろ」
「触れるだけ?」
団長に言われるがままに私はその剣の柄を握る。
すると、その剣が飛び上がり空中に留まる。
「その剣と戦って勝つんだ」
「こんなのと戦えと言うの?」
「ああ」
どうやらこの剣と戦うことが契約の一歩らしい。そして、それに勝つことでそれが完了するようだ。
「やってみるわ」
エレインも同じようなことをしたのだろうか、彼にできたのならきっと私にもできるのかもしれない。
彼に一つでも追いつかなければ、彼に見合う人でなければいけないのだから。
そう考えた私は剣を引き抜いた。
私の持っている剣は聖剣ではないものの非常に精巧に作られたもので、とても質の良いものだ。
うまく扱っていれば壊れることもない。
私が構えに入ると空中に浮いた剣はこちらへと剣撃を繰り出してきた。
人の形は見えないが、想像することでどのような態勢で斬りかかってきているのかわかる。
右足を軸にした左斜め上からの斬り下ろし、ここは受け止めることで反撃を狙う方が……
いや、受け止めるのは危険かもしれない。
この剣の”分散”と言う能力は広範囲での凄まじい威力にある。
これはレイピアのように見えて非常に大きな戦斧と戦っているようなものだ。それならここは受け止めるよりも体を捻って避ける方がいいかもしれない。
ブゥウンッ!
レイピアには似つかわしくないような刃音を立てて白い剣先が私の右横を通り過ぎていく。
そして、私の持っている剣で剣を持っているであろう何かに突き刺した。
「せいっ!」
確かに突き刺さる感触はあったが、無音であった。
すると、脳内に年配の低い男性の声が聞こえた。
『……見事な体捌きであった。この私を持つ資格は十分にあるようだ。心身ともによくできた人間よ、私をどうか使ってくれ』
「えっと、それって契約成立ってこと?」
『その通りだ』
そう言うと剣は私の手元にゆっくりと降りてきた。
それを握るとこの魔剣がいかなるものなのかが伝わってくる。
「どうやら契約が成立したようだな」
「……そうみたい」
「その剣の感触はどうだ?」
どうだ、と言われても不思議な感覚としか言えない。
「まだよくわからない。でもとても馴染んでる感じがする」
触れて間もないのにまるで何年も扱っているような剣のようだ。
「俺も最初はそんな感じがした。すぐに扱えるようになる」
「それならいいのだけど……」
私にはこの契約がどうも引っ掛かりを覚えていた。
こんなにも魔剣を手に入れることが簡単だったとは思えなかった。
「少し魔剣を貸してくれないか?」
「ええ」
そう言って団長は布越しにその魔剣を握ると一気に私に突き刺した。
「ふっぐ!」
「耐えろ。耐えてみせろ」
団長は真っ直ぐな眼差しで私の目を見つめてくる。
これは試されているのだろう。なら、私はそれに応えなければいけない。
「がぁくっ……」
だんだんと意識が遠退いていく。
だめだ。このまま死んではいけない。
これぐらいの痛み、私なら耐えれるはず。
耐えてみせる……のだから。
こんにちは、結坂有です。
ミリシアもどうやら魔剣を手に入れるために試練を受けているようです。
果たして魔剣の試練を無事に乗り越えることができるのでしょうか。
それにしてもブラド団長の能力は少しチート過ぎますよね……
それでは次回もお楽しみに。
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