見えない場所で
私、ルクラリズは部屋にいた。ミリシアたちはフラドレッド本家に向かったようだ。今日の夕方頃にエレインが帰ってくるそうだ。自分も向かいたい気持ちでいっぱいだったが、それでも行くことはやめておいた。
理由としては私のことを知らないアイリスという女性がいるからだ。
流石にエレインとリーリアのことだ。私のことを伝えているはずではあるものの最初のうちは控えるべきだと考えたのだ。もちろん、私以外にもそのようなことを考えている人がいる。セシルもそうだ。
「……」
彼女は椅子の上でお茶を飲んでリラックスしている。内心どう思っているのだろうか。
「……エレインのところに行きたかった?」
あまり聞いてはいけないようなことなのかもしれないが、それでも聞いておくべきことだ。理由はどうであれ本音を知っておくことは大切だと思ったからだ。
「ルクラリズの思っていることと同じよ。行きたいに決まってるわ」
「それでもミリシアが行くって言ったときにどうして断ったの?」
「さっきも言ったけど、魔の力を持った私がエレインに近い実力を持った人の前に立てるとは思えなかったのよ」
そのことについてはさきほども言っていたことだ。
「それが本音?」
「……」
そう改めて聞いてみると彼女は私から視線をそらした。
その反応からわかるようにまだ本音の部分を答えていない様子だ。もちろん、本音の一つではあるのだろう。それでも根本にあることではない。
すると、セシルはお茶を一口飲んでから言葉を続けた。
「私は一回、力に溺れてしまったわ」
「溺れた?」
「ええ、魔の力にね。エレインやミリシアたちみたいに精神力が強くないのよ」
彼女は魔の力によって人間性を失ってしまった。それは精神力が弱いからというわけではないと私は思っている。魔の力は体も心も蝕んでいくものだ。
それに彼女の場合は力の影響だけでなく洗脳に近いものまで受けていた。それでもなお理性を保っていたというだけでもかなりの精神力があると思う。
「心が弱いようにはとても思えないのだけど」
「弱いわ。こうして自分のことを騙してるぐらいだからね」
魔族だという理由を自分で言うことで本音を押し殺している。そう聞けば確かに自分を騙しているに近い。それでも私は彼女が弱いなんて思わない。
「……私も魔族だけど、自分のことを人間だと信じてるわ」
「本当に信じれてるの?」
「ええ、こうして人間と話すことができているもの」
セシルに対してだけでなく、エレインやミリシア、他のアレクやユウナにも対等に接することができている。それだけで自分が人間だと思える。
「それだけで人間と言えるのかしら」
「私はそう思うわ。だいたい立場ってものは環境が決めると思ってるし」
「環境が決めるの?」
「だって、エレインもアレイシアも周りから称号だったり権力だったりを与えられてるのでしょ? それって環境じゃないかしら」
私はそう持論を彼女に言ってみることにした。
これは誰かから聞いた言葉ではない。アレクやミリシアたちと話していて自分で考えたことだ。
自分の素質としては魔族なのかもしれない。それは変えられない事実だから。でも、私のことを人間だと認めてくれる人がいる限り私は人間なのだ。自分がどう思おうと周りからの言葉は反論することはできても否定することはできない。
「……言われてみればそうかもしれないわね」
私の言葉を聞いてセシルは少し納得したように俯いた。
しかしながら、彼女の心は動くことはなかった。私の持論を聞いて、納得してくれたとは言え、それでも私の意見など彼女にとっては小さなものだ。もちろんだが、私もこれで彼女の心が軽くなるとも思っていない。
「とりあえずは、ゆっくり彼女に近づいていくしかないわね」
「ええ、私も心の準備ができたら会いに行くつもりよ」
私がそう言ってみるとセシルも同意してくれた。私の方がアイリスに早い段階で会うことになりそうだが、それはそれで別に問題はないか。
セシルのことも私からも話してみることにしようか。きっとその方がアイリスにとってもセシルにとっても都合がいいことだろう。
すると、扉がノックされた。
「ちょっといいかしら」
そういって扉がゆっくりと開いた。そこに立っていたのはラクアだ。
彼女は私たち魔の力を宿しているわけではないが、精霊の力を体内に宿している。話によれば精霊が物以外に宿るというのはかなり珍しいことのようだで、彼女の場合は堕精霊と呼ばれる掟に縛られない特殊な精霊だからのようだ。
彼女もこの家に残っている人でマナという子どもの面倒を見てくれている。マナという女の子も私たちと同様に魔の力を内に宿している。
「どうかしたの?」
「変な手紙がさっき届いて……」
そういってラクアが小さな手紙を見せてくれた。
「これ、差出人も宛先も書いてないのよ」
「名前も書いてないの?」
「そうよ」
手紙を真っ先に受け取ったセシルが封の開いていない手紙を調べる。ベッドの上にいる私からでもその真っ白な手紙には不審感を覚えた。
魔族という社会で生活していたために人間のことはほとんど知らなかったが、手紙ぐらいは知っている。普通は差出人や宛先は書くものだ。
「開けてみるわ」
「ええ」
そういってセシルが手紙の封を切って、中から文字の書かれた紙を取り出した。どうやらかなり長文の書かれている手紙だったようだ。
「……これ、私たちの使っている文字ではないよね?」
ラクアにも手紙を見せるセシル。
「異国の文字、にしてもこんな文字は見たこともないわ」
どういうことだろうか。人の使う文字ではないということは魔族ということだろうか。魔族の文字なら私も読むことができる。
とはいっても魔族で文字を書ける者なんてごく限られている。私のような上位種でも六割以上は文字を読むことはできても書くことはできない。
私はベッドから立ち上がってその手紙を見てみることにした。
「やっぱり魔族の文字ね」
「魔族って文字書けるの?」
「文化があって文字ができたってわけじゃないわ。もともと旧天界から生きている魔族が使ってるってだけよ」
魔族に文化というものはほとんどない。いや、特有の習慣などというものはあるが、あんなものは文化とは呼びたくない。人間を娯楽の道具として扱うあの祭りのようなものはもう散々だ。
そんなことはさておき、この手紙に書かれている内容を読んでみることにした。
「……なんて書いてるかわかるの?」
「難しい言葉がたくさんあるわね。こんなの文字を作った神ぐらいしか知らないんじゃないかしら」
だが、いくら難しい単語があったとしても文法的にはほとんど変わりないし、文脈的にもある程度の意味は理解できる。
このような高度な文を書いてくるということは魔族の上位種でも最上位に位置する者に違いない。ゼイガイアと同じだということだ。この手紙を読んでいくごとに恐怖心がこみ上げてくる。
「これ、なにかの計画書みたいなものだと思う」
「計画書?」
「うん。サレディーナ山脈の中腹にあるドルタナ王国に何かを向かわせるって書いてるわ」
「その何かってわかったりしない?」
長い文を読み込んでみてもその単語の意味はわからなかった。とりあえずなにかの計画書なのには間違いない。それに攻撃をほのめかすような内容からして魔族の侵攻と考えるのが正しいだろう。
「ざっと目を通してみたけどわからなかったわ。でも、いつ実行するかは書いてあったわ」
「え?」
「二ヶ月後の初夏、そのときに計画を実行するって書いてあるわ」
もしこの作戦を阻止したいのだとしたら、十分その攻撃に備えることはできるだろう。ただし、作戦に気付かれていると思われてはいけない。
今から聖騎士団の本隊をそのドルタナ王国に向かわせれば、計画に気づかれていると思って作戦を変更してくることだろう。抑止することはできても、危機を取り除いたとは言えない。
「二ヶ月後……」
「備える時間はあるわ。だけど、どうするかはみんなで考えないと」
「そうね。ミリシアたちにも話を通しておかないとね」
ドルタナ王国、ここエルラトラムと違って古くから続いている王政が運営している国だ。王家の名前は忘れたが、かなり歴史のある国ということもあって軍事的にも強国だとは聞いている。それに競技としても剣術が広まっているそうだ。ゆえに強い人間が多数いるということでもある。
もちろん、エルラトラムとの聖剣取引も行っており、国内には聖剣使いが多数いる。その上、実力も高いらしい。愛国心が非常に強く聖騎士団に入団する人はいないのだそうだ。国民の大多数がその王家に絶大な信頼を寄せていることもよくわかる。
そんな強国に大規模な攻撃を仕掛けるとは、すなわち魔族が大きく攻勢に転じたという他ならない。
私はこの手紙に目を通したあと、こみ上げてきた恐怖が心の内から溢れ出てくるのを感じた。またあの悲劇が起きるというのだろうか。それだけは絶対に避けたい。
もう、地獄にしたくないのだから。
こんにちは、結坂有です。
エレインの知らないところでセシルが悩んだりしていましたね。
彼女のこともですが、いったいあの手紙はなんだったのでしょうか。
果たしてこれからどうなっていくのか。
それでは次回もお楽しみに……
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