一歩前に進むために
それから私たちはフラドレッド本家の門をくぐり、そのまま訓練場へと向かった。この家の訓練場は私の思っていた以上に広く、さすがはフラドレッド流宗家と言える佇まいをしている。それに立てかけられている模造剣も非常に多くの種類があり、私の知らないような特殊な形をした剣もあった。
それらは置いておいて、どうしてここに来たのかと言うとそれはミリシアという女性に私の実力を見せつけるためだ。
もちろんだが、手を抜いていては簡単に足元をすくわれることだろう。エレインとともに自身を研鑽してきたと言っていたことからも非常に高い実力を持っているのは間違いない。
「ミリシア、どんな勝負をするんだ?」
深く息を吸って精神を整えているとレイがミリシアにそう質問した。
「激しい戦いは避けたいところね」
「うん。明日も仕事があるからね」
「では、ミリシアさん。先に当てたほうが勝ち、という形にしてはどうでしょうか」
「そうね。実際の戦いではいかに初撃を与えるかが大事になってくるしね」
どうやら初撃を与えたほうが勝ちといった勝負をするようだ。
確かにミリシアの言ったように初撃は非常に大切だ。だが、本当に大事なのは攻撃を与えた部位だ。一撃で致命打を与えることが望ましいとは言え、実戦ではそう簡単に相手は隙きを見せてはくれない。
まぁ今回の勝負は自分の力を見せることに重きを置いている。生きるか死ぬかの戦いをするわけではないと、そう自分に何度も言い聞かせる。
「アイリス、それで大丈夫そうか」
すると、エレインが私に話しかけてきた。
「大丈夫です」
私は軽く頷いてから言った。
「なら、早速始めましょうか。私はこの剣で行くわ」
そういってミリシアが立てかけられている剣を一本手に取った。
形状としては細長い剣でレイピアに近い見た目をしたものだ。もちろん模造のため鋭い刃はない。
相手が間合いの取れる剣を取ったということは確実に初撃を当てに来るつもりなのだろう。私が取れる動きとしては防御に回るか、それとも相手よりも強い攻撃で挑むかの二つしかない。中途半端な動きではすぐに相手に追いつかれてしまう。
「でしたら、私はこれで行きます」
並べられた剣を眺め、しばらく考えを巡らせてから剣を取った。
私の選んだ剣は短剣、非常に軽い剣で扱いやすいものだ。相手よりも間合いは短いものの、相手の攻撃にうまく合わせれば懐に入ることもできるだろう。
「……では、行きましょうか」
ミリシアは私の剣の取った剣を見て少しだけ考えてからそういった。
何を考えたのかはわからないが、おそらくは私がどのような動きをするか推測でも立てていたのだろう。相手の武器などから動きを推測するのは当然ながら誰もがしていることだ。
「はい」
私はミリシアに続いて訓練場の中央へと向かうことにした。
ここの訓練場は非常に広く、激しい戦いになったとしても広さに不満を抱くようなことはないだろう。それにフラドレッド流剣術の中には特殊な移動法を用いて戦う技もあるようだ。そのような移動法を訓練に組み込むには広さは必須と言える。
広い空間ともなればそれだけ取れる戦術が変わってくるものだ。
「じゃ、僕の合図で試合を始めるよ」
すると、アレクという男性が私とミリシアの間に立ってそういった。ミリシアと話しているときは気にならなかったが、よくよく彼を見ていると動きに若干のぎこちなさがある。
しかし、集中すべきはアレクではなくミリシアだ。
自分の実力を発揮するまでもなく、初撃を受けてしまっては元も子もない。
そう自分の中で意識を切り替える。
それを見たアレクは腕を上げた。
「始めっ」
彼の声とともに腕が下ろされ、ミリシアとの戦いが始まる。
腕が降ろされた刹那、彼女は地面を勢いよく蹴って私の方へと近づいてきた。
やはり間合いを詰めてきて手数で押し切るつもりだろう。
「はっ!」
想定通り、彼女は刺突から攻撃を仕掛けてくる。最初の攻撃を避けると、さらに続けて攻撃が私を襲いかかってくる。
非常に速い速度で繰り出されるそれらの攻撃は私の動きを制限してくるものだ。
「……ふっ」
私は最小限に動きを抑えてそれらの攻撃を防いでいく。自分の持っている短剣は受けに弱い武器ではあるが、技術でその問題は補えるものだ。ただ、そのような力技がどれだけ続くかは怪しいところだ。荒業のほとんどは持久力に欠けるところがある。
「よくもそんな短い剣でこの攻撃を受けきれるわねっ」
「……これでもかなりきついですよ」
もちろん、それは本音だ。
彼女の攻撃はエレインの神速の攻撃と比べれば弱いものではあるが、それでも私のよく知っているコミーナよりも素早い攻撃を繰り出している。
人間の繰り出せる最速の連撃なのではないかと思えるほどだ。
「でも、いつまで付いてこれるかしらねっ」
すると、ミリシアは一歩だけ後ろに下がってから再度攻撃を仕掛けてきた。
当然ながらそれを見た私はとっさに防御姿勢に入ってしまう。しかし、それがよくなかった。
「かかったわね」
そういったミリシアは私の眼前から薄れるようにして彼女の姿が消えていく。まるで幽霊にでもなったかのように。
「……っ!」
私は短剣を回転させて、逆手にして左側に構える。
ジュンッ!
その音が聞こえたと同時に私の左下腹部に鈍い痛みが走った。
◆◆◆
私、ミリシアはアイリスの背後に立っていた。
私の剣は地面と水平、確かに相手を斬ったという感触はあった。それは間違いない。
しかし、私の思っていたほどの衝撃は腕に伝わってこなかった。つまりは浅い攻撃だったということ。
それよりも私の首に走る鋭い痛みはなんだろうか。私の体は一番知っている。今朝寝違えたとかそういったものでないのは明らか。先ほど私が”閃走”という技を繰り出した直後からだ。
もちろん、閃走の最中は意識のほとんどが筋肉制御に回る。まさか、あの閃走中の私に攻撃を与えたとでも言うのだろうか。
「……お見事ですね」
すると、アイリスはいつの間にか逆手に持っていた短剣を下ろした。
「どういうことかしら?」
「この勝負、ミリシアの勝ちだ」
この試合を見ていたエレインが口を開いた。
「え?」
「お兄様の言うとおりです」
私の思考が追いつく間もなく、アイリスもそういった。
一体私が閃走をしているときに何が起きたというのだろうか。
「ミリシア、簡単に言うと閃走は確かにアイリスの意識を惑わした。それで僅差ではあったが、ミリシアの攻撃が速かった」
「……でも、攻撃は浅かったわ」
「はっ、忘れたのかよ。この勝負は最初に攻撃を与えた方が勝ちだぜ」
「そうだね。それに深いも浅いもないよ」
レイに続いてアレクもそういった。ただ一人だけ、ユウナは口元に手を抑えてよくわからないといった表情をしている。
しかし、この勝負に私が勝ったというのは間違いないようだ。
「……私はこの勝負には負けてしまいました。ですが、私の実力は見ていただけたでしょうか」
まだ混乱の収まらない私に対してアイリスが畳み掛けるようにしてそういった。
もう私の中では結論付いていることだ。それでも口にしたくないというのが本音だ。なぜなら私の心が認めたくないと強く思っているからだ。
しかし、アイリスの実力は確かなもの、エレインに匹敵するとも言えないがそれでも妹と言うには十分な実力。
戦いには何度も負けてきた私だが、こうした負けは人生で初めてだ。
「もう、わかったよ。認めるわ」
自身の心を抑え込んで私はそういった。
きっと彼女は本気になれば私なんて簡単に殺してしまうような人だろう。聖剣や魔剣を使わない純粋な戦いでは彼女に軍配が上がるはずだ。
「だけど、一つだけ忠告よ」
「なんでしょうか」
「絶対にエレインを困らせないこと、いいわね?」
「妹なるものとして、お兄様を困らせるようなことは絶対にしません」
そう真っ直ぐな目で彼女は言った。
理由はわからないが、彼女のその言葉を聞いてからというもの私の心の中にあったもやが晴れていくような気がした。
きっと私の心が結論を飲み込んだのだろうか。まだ無意識の感情というものがよくわからない。ただ、一つ言えることは彼女に対しての不信感というものがなくなった。
「ところで、さきほどの技はどのようなものなのでしょうか」
「……教えるわけないでしょ」
「そうですか。自分なりに研究しておきます」
「……」
表情を変えずに真剣な表情で考え始める彼女だが、仕草はまだ幼さの残る顔立ちと相まって可愛らしい。
私にはないものを彼女は持っている。剣技の高さだけでなくそのような可愛らしさも私にはまだまだ足りない。
もちろん、ここで諦めるということはしない。彼女にこの勝負で勝ったということは事実だ。私ももっと強くなれる素質があるということだろう。そう私は胸野中に刻むようにして言葉を飲み込んだ。
こんにちは、結坂有です。
ミリシアとアイリスの戦い、いかがだったでしょうか。
短い戦いでしたが、それぞれ実力を認め合うことができてよかったですね。
それでは次回もお楽しみに……
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