本当の自分を見つめて
それから私はリシアに教えてもらった道をまっすぐに進んだ。
周囲の気配に集中してみるが、私を追いかけてくるような人影もいない。それにしても突如として攻撃を仕掛けてくる相手だ。どんなときでも油断していてはいけないだろう。
リシアから聞いた情報で大体の想像はできている。あとは自分の力に向き合うだけ。
「……」
走っていくと次第に金気のような臭いがしてくる。
それと同時に私の中で最悪な想定が思い浮かぶ。この臭いが何かはすぐに見当がつく。これは血の臭いだ。この生々しく不快な臭いは忘れることはない。
「無事でいてください」
そう言葉に出てしまった願いを胸に私はその臭いのする方角へと走り出した。
そして、東の公園近くへとたどり着く。
今立っている地面には激しく出血した血痕が残っている。まだ乾いていないところから最近のものだと考えられる。しかし、周囲を見渡してみてもシンシアや魔族の姿はない。
キャリィイン
すると、少し離れた場所から剣の折れる音が聞こえた。
私はとっさに左目へと意識を集中させる。
「っ!」
私の背後から何者かが急激に接近する影を感じ取ると私は剣を引き抜いて構える。
「……あの女か」
振り返った先に立っていたのは一人の男性、それも軍司令官の制服を着た男だ。だが、安心できる状況ではない。軍の上層部はすでに魔族化が進んでいるとリシアが言っていた。
味方かどうかを判断するにはまだ早いと言ったところだろう。
「なんでしょうか」
「噂には聞いていたが、本当に勘がいい女だ」
「私はあなたのことは知りません」
軍の上層部、それも司令官の人とは関わりがあった。ある程度の顔も把握しているつもりだ。しかし、今目の前にいる彼の顔は私の記憶にはない。
「この私が名乗る必要はない。ここで死ぬのだからな」
「っ!」
すると、男は自分の名前を名乗らずに短剣を取り出して突撃してくる。私はその攻撃を瞬時に躱す。
それにしても彼の攻撃は人間の出せる速度を超えている。あの短剣が聖剣かなにかで能力を手に入れていると言うことも考えられない。
それならば答えは一つだ。彼は魔の力を手にしている。
ただ、完全に魔族化しているというわけでもなく、まだ理性が保っている状態のようだ。エレインの言っていた適性があるという人間なのだろうか。
「まさか避けるとは……。だが、もう遅い」
「なにがですか?」
「お前の仲間はもう死んだのだからな」
「何を言っているのですか」
「わからないのか。この悪臭の中でも」
考えたくもないことを彼は言った。
この悪臭が人間の血で、それもシンシアたちのものだとでも言うのだろうか。
「……」
「ようやくわかったか。お前らの計画はもう古い。今や、人間の魔族化こそがもっとも効率的なやり方なんだ」
「……効率的かどうかは知りません。私はただ、仲間のために戦うだけですから」
私は改めて考えた。
自分がやるべきこと、それは魔族を倒すという単純なものではない。かと言って何もしないで暮らしたいとも考えていない。
私がやらなければいけないことはただ一つ、この世界を平和にすることだ。
「お前、一体何を……」
平和にするにはこの世界の悪い因子を排除する必要がある。そのために私の力はあるのだ。何も考える必要はない。
今はただ、目の前の”敵”を殺すことだけに集中する。手段は関係ない。
「ふっ」
一歩、一歩だけ前に踏み出す。
それと同時に魔剣の力も利用する。
「あぐぁあっ!」
踏み出したとともに男の片腕が吹き飛んだ。
胴体を狙ったつもりだったが、まだ間合いを把握しきれていない。こればかりは感覚を慣らしていく必要があるだろう。
「なにをしたっ!」
「あなたは悪い人です。この世界を混乱させる因子です」
「くっ、なんのことだっ」
「もう一度言います。あなたは魔族で、悪い人間です」
そして、私はもう一歩また踏み出す。
「あぐぅ!」
今度の攻撃は相手の腹部へと深く斬り込んだ。
大量の血液が傷口から溢れ出す。しかし、普通であれば死ぬような出血量でも彼はまだ立っている。
その時点で人間ではないということだ。
「……この傷、まさか聖剣をっ」
「気づくのが遅いですね。まぁいいです。もう終わりですから」
「お前、この私の力を見くびるなよ」
そういった男は体を変化させ、人間離れした筋肉が隆起する。そして、禍々しく目が光り始めた。
「そんな姿になっても人間だと言えるのですか」
「これは進化だ。この私は新たな人間へと進化して……」
「もう、黙ってください」
私は地面を蹴った。
瞬間的に血飛沫が舞う。刀という軽い武器のおかげもあってか私の動きを邪魔させない。さらにそれだけではなく、私の影も私の動きと同調して攻撃する。一撃が二撃に変わる。私の最速の剣撃で相手は手も足も出ない状況だ。
「アガアァアアアッ!」
魔族へと変貌した彼の声はもはや人間のそれではなく、魔族の声だった。
相手の全身に無数の斬撃を与えた私は瞬時に間合いを取り、再度攻撃する。
相手はまだ死んでおらず、私の姿をしっかりと目で捉えている。
「この、この女がっ」
最後の力を振り絞ったのか巨腕が私の頭上から迫ってくる。ただ、相手もかなり限界なようでその攻撃の速度はとても遅いものであった。
「ふっ」
私はその巨腕を斬り刻み、相手の首へと刃を向ける。
シュンッ!
最小限の風切り音とともに相手の首が地面へと溢れるように落ちた。
その頭部はもはや人間ではなく魔族だ。こんなものは進化でもなんでもない。
「アイリス?」
すると、少し離れた場所から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
その聞き慣れた声に私は振り返る。
「……コミーナ」
そこに立っていたのは傷ついたシンシアを肩で支えていたコミーナだった。
「よかった。アイリスも無事なのね」
そういって彼女はゆっくりと私に近づいてくる。
「大丈夫なのですか?」
「傷は多いけど、浅いものばかりよ。すぐに治療すれば治るわ」
「……では、この臭いは一体なんですか?」
「これは、ベジルが魔族の血がほしいって言って血液をぶちまけながら戦ったのよ。全く汚い戦い方よ」
ムッとした表情でシンシアがそう呟いた。
よくよく思い返してみればこれほどまでの血液がたった二人なわけがない。それに先ほどの男から溢れ出た血液もとんでもない量だった。
「そう、だったのですね」
彼女たちが無事だとわかった瞬間、安堵という温かい感覚が胸の内から溢れ出てきた。
「でも、魔族がこの国に侵入してきたのよ」
「……はい。それは私もわかっています」
「それで、さっき剣聖が奥の方へと走っていったわ」
「そうなのですね。私も向かいます」
私は魔剣を収めるとすぐに走ろうとした。
すると、コミーナが私を呼び止める。
「待って、絶対に生きて帰ってね」
「当然です」
「それと、リシアはどこにいるかわかる?」
「服屋で待機しています。致命傷ではないので、適切に治療すれば治ります」
私がそう言うとコミーナはなにかを思い返しながら大きくうなずく。
「わかったわ。それじゃ気をつけてね」
「はい」
それから私たちはお互いに離れるようにして走り出した。
私は自分の力を信じることにした。一時はその力に恐れのようなものを感じていたが、今はそんな風には思っていない。
今の私ならエレインもきっと私を認めてくれるはず。
「……待っていてください。お兄様」
そうつぶやくように言った私はさらに速度を上げて走り出す。
こんにちは、結坂有です。
ついにアイリスは自分の力を信じることができたようですね。
自分の力に恐怖心を抱いていた彼女は本当の実力を発揮することができませんでした。しかし、これからは思う存分に自分の実力を引き出すことができそうです。
そして、魔剣の力も彼女は徐々に使いこなしていくことでしょう。
それでは次回もお楽しみに……
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