魔族化した兵士たち
俺、エレインはリーリアとともに軍司令部の中にいた。
ジディール司令とともにいるために他の上層部の人間に引き止められることはないだろう。ただ、いい目を向けられるかはよくわからないがな。
ここの軍隊は特別な体制のようで、俺の横に言えるジディール司令ははみ出しもののような存在らしい。とはいっても軍で一番地位の高い人間だ。彼の横にいればある程度は安全だろう。
しかし、そうゆっくりとしている場合ではないようだ。
「まさか人間が魔族に変化するとは……」
「あのようなことは最近になって初めて確認されたものです。魔族が人間に化けている場合もございますし、人間が魔族に変貌することもあります」
エルラトラムでは人間が魔族に変わることが、ヴェルガーでは魔族が人間に化けていた。
そして、このマリセル共和国では高い地位にいる人間が魔族化したのだ。
「じ、ジディール司令っ。我々はどうすればよろしいでしょうかっ」
すると、近くの兵士が彼に話しかけた。
そう、今彼ら兵士は混乱しているのだろう。目の前で仲間だと思っていた兵士が魔族化したのだからな。
俺も驚いたことだ。まさか横を通り過ぎた兵士が急に立ち止まったかと思うと、皮膚がはち切れて内側から隆々とした禍々しい肉体が露出してきたのだ。
とっさの判断でリーリアがその魔族化した兵士を倒してくれたのだが、問題はあのような兵士が一体どれほどの数がいるかだ。
「……剣聖エレインに問いたい。私たちは一体どうすればいいのですか」
ジディールが俺に向かってそう質問してきた。彼らは経験したことのない事態で混乱しているのだろう。
「適性のない人間が無理やり魔族化すると強烈な力に自我が保てなくなる」
「はい。私の精神干渉でも人間性を取り戻すことはできません」
「最悪な事かもしれないが、同胞が殺されることを覚悟してほしいとしか言えないな」
「魔族化を止める方法はないのですか?」
「水面下に進められたことだ。実際に具現化するまで誰が魔族化するかはわからない」
魔族化が起きるときに魔の気配が強まるのは間違いない。
しかし、人間として保っている間はその魔の力が弱い。俺やリーリアが判断できないほどだ。
それに魔族化の施術を受けたのがどれほどの数がいるのかは全くの未知数。記録が残っているのなら対処することはできるだろうが、ジディール司令の権限だけでは難しいらしい。それに兵士たちは日々様々な薬などを打っている。自分でも自覚できないほどの大量の薬だ。
魔族と戦うには超人的な肉体が必要、そのため薬を使って人体改造をしている軍がほとんどだ。エルラトラムや聖剣取引に成功している国であれば、そういったことをしていないのだがな。
とはいえ、ここの兵士たちは高い身体能力を手に入れる代わりに大量の薬を打っている。
「……適性のある人間は魔族化を制御できるのですか?」
「できる場合もある。より高い適性があれば魔族化せずとも魔の力を手に入れることだってできるだろうな」
「ですが、それには高い代償が付きます」
そう、セシルの場合と同じだ。
「高い代償、ですか?」
「人間ではないということです」
魔族の力を手に入れたときに人間としての力の大半は不必要なものとして消されていく。人間として生きることを選んだとしても、自分は魔族のままだ。
人間なのに人間ではない。だが、本心は魔族なのに人間として生きたいと思っている。
その強烈な葛藤は自分の精神を蝕んでいくことだろう。
セシルの場合はリーリアが援助したこともあって壊れることはなかったがな。
「人間ではないのに人間として生きろというのは酷なことだ」
「……」
「それより、ここの上層部の人間は一体何をしているんだ?」
俺はそうジディール司令に話しかけた兵士に聞いてみることにした。
「それが、見当たらないのですよ」
「どこにいるのかもわからないのか?」
「はい。あの騒動以降、行方がわからなくなってしまって……」
あの騒動というのは建物に入る前、兵士から直接聞いた。どうやら司令本部内にある研究棟でベジルたちが暴れ、逃亡したらしい。
魔剣を持っていたベジルが逃亡したというのは気がかりだが、おそらくは軍上層部の実態について知ってしまったのだろうな。
「彼らがこの魔族化の実験を主導していたのは事実です。そして、その主導者たちが今は行方をくらませている、最悪な状況ですね」
ジディールは頭を抱えた。
この状況を全く知らない彼らからすればこの事態を無事に収めることは難しい。いや、不可能だ。
聖剣を持っていない彼らが魔族化した連中に敵うわけがない。
「俺が協力しよう。この国は聖剣を持っていないことだからな」
「……よろしいのですか?」
「構わない。もともと魔族を倒すことが俺の仕事だからな」
「それは頼もしい……」
目を丸くして俺を見つめるジディールだが、そんなに驚くことだろうか。
まぁ他国の事情に干渉したくはないとはいえ、魔族のこととなれば話は別だ。
「俺とリーリアは逃げ出した上層部を探すことにする。ジディールはここで動ける兵士たちを集めてほしい」
「動ける兵士、ですか?」
「はい。自我のはっきりした兵士は施術を受けていないか、そもそも適性がある人です。逆に自我を失いかけている先ほどの兵士のような人は魔族化して暴走する危険があります」
「その場合は隔離するなりで対処してくれ」
「……了解です」
ジディールはそう言ってすぐに横に立っていた兵士へと指示を出し始めた。
まぁここにいる多くの兵士は魔族化の施術を受けていないと思うがな。理由としてはここの軍の体制にある。司令官には直属の部隊がいくつかあるらしい。おそらく施術を優先的に行うのは自分の部隊だろう。
ジディールの話ではここに残っている兵士の多くは中立の常駐兵士らしいからな。
彼に付いている部隊や反乱しようとしている派閥とは関係のない兵士は議会の警備に向かっているらしい。二つの派閥で議会の警備を交代しているのだそうだ。
「エレイン様、私たちはどうしますか?」
「すぐになにか大きな事件を起こすとは考えられないが、市場などにでも向かってみるか」
「はい。アイリスさんとレイさんが向かった場所ですね」
「で、伝令っ。市場にて魔族の死体が確認されましたっ」
すると、横で兵士たちに指示を出していたジディールに一人の兵士がそう伝えた。
「エレイン様、向かいましょう」
「ああ」
俺の想定よりも早くに事態が動き始めているようだ。
展開がまだ掴めていないままに俺たちは市場へと向かうことにした。
それからしばらく走り続け、市場へと到着した。
すると、兵士たちによって誘導される市民たちがすぐ目に入った。
「家に戻るよう案内されていますね」
「魔族の死体を確認したのだからな。それよりその死体はどこにいるのだろうな」
「聞いてみます」
そう言ってリーリアが俺から離れる。その直後、俺の背後から矢の風切り音が聞こえてくる。俺はとっさに振り向いて神速の抜刀でその矢を斬り落とした。
「っ!」
「リーリア、俺のことは気にするな」
「……はいっ」
俺がそう言うとリーリアはすぐに案内をしている兵士の方へと走っていった。
だが、どうやらそれを快く思わない連中がいるようだ。もちろん、その存在はずっと前から知っていた。俺たちを監視している連中だ。
「気付かれていないとでも思ったか?」
「くっ、囲めっ」
矢を撃った男がそう支持を出すと俺の周囲を取り囲むようにして十人近くの兵士たちが集まった。それも建物の屋上。
一斉に飛びかかってくる作戦だろう。
視線を落として矢尻を見てみると薄っすらと湿っているのがわかる。毒でも塗っているのだろうな。もし少しでも切られていたらそこから毒が体を蝕んでいた。毒の強度にも夜が、神経毒だった場合はこの状況を乗り切るのは難しかったな。
「目的はなんだ」
「……新たな力を手に入れた。もう聖剣を使う必要もない。誰もが平等に力を手に入れることができるんだ」
「魔族化をなめているな。その代償は大きい」
「精霊の試験なんて馬鹿げている。努力しても精霊に認められなければ能無しも同然っ」
確かに精霊の意志で持ち主は選ばれる。だが、多くの場合は正しい心を持ってさえいれば引き抜くことは可能だ。そのさきの深い契約まではできなくとも魔族と戦うことはできる。
なにも自分の実力を高めることだけが努力ではない。心を律することも努力の一つだ。
「そうだっ。皆平等に力を受けるべきだっ」
まさかとは思うが、彼らは適性がなければ魔族化を制御することができないと思っていないのだろうか。誰もが力を手に入れることができると心から信じているのだろうか。
自分の部下を騙してまで、一体何を考えているというのだ。
すると、目の前の男が踏ん張り始める。そして次第に彼の体は肥大化し、人間ではない姿へと変貌していった。
「……市民の避難はできている。ジディール司令の部下が代わりにやってくれた。お前らっ、剣聖に計画を邪魔させてはならないっ」
そう魔族化した兵士が叫ぶと俺を取り囲んでいた兵士たちも体を豹変させていった。
「もし攻撃するのなら俺は容赦しない。それでもいいのか?」
「この状態で勝てるわけがないっ」
「……警告はした。それでもいいのか」
「構うなっ。訓練通りにっ」
俺は聖剣イレイラを前に構え、丁寧に刀を引き抜く。
ジュォオンッ!
刃を水平にして、勢いよく空を斬り裂く。俺の繰り出した瞬裂閃によって周囲の展開していた魔族化した兵士の体が横に半分に斬り裂かれた。
彼らは声を上げることなく、そして苦しむことなく崩れていった。
こんにちは、結坂有です。
ついに戦闘が始まりましたね。
これからもっと激しい戦闘が続くことになりそうです。
そして、魔族化を実行した一部の司令上層部は一体何を考えているのでしょうか。
気になることばかりですね。
それでは次回もお楽しみに……
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