改革という名の虐殺行為
私、アイリスはレイと一緒に市場に出ていた。目的としては単に外で何が起きているのかの確認だ。
エレインとリーリアは軍司令本部へと向かったが、私としてはこの市場も調べるべきだと考えた。いくつかは理由がある。その中の一つとしてベジルの存在がある。彼はこの市場から国の中に出入りしていたと考えられる。
ファデリードと定期的に連絡を取っていた事からもこの市場がちょうどいい場所というのは間違いない。
「それで、どこか変わった様子はねぇか?」
すると、私の横でレイがそう話しかけてきた。
宿を出るとき、剣聖一行を監視していた兵士たちはエレインの後を追いかけていったようで、私とレイは監視から外れた。当然ながら、自由の身ということで私は彼と一緒にいる。
今も誰かに見られているという気配もない。
「市場は通常通りみたいですね」
「はっ、無駄足だったか?」
「いいえ、そういうわけでもないと思います。見てください。あそこの兵士たちが誰かを探しているみたいです」
人の群れの奥に兵士がいる。彼らは私たちではない誰かを探しているようだ。
おそらくはあの異音となにか関係があることだろう。軍関係者で数百人の兵士から逃げることができるような……
「にしても、警戒態勢ってわけでもなさそうだな」
「そうですか?」
「ああ、普通なら市場の市民なんて邪魔な人らを追い払うもんだろ」
そう彼は兵士の様子を見て言った。
考えてみれば確かにそうかもしれない。軍の一声でここにいる人たちはだいたい追い払うことができるはずだ。そのようなことをしていないということはどういうことなのだろうか。
人を追い払えば人探しも楽だろう。それも彼らが脱走したような人なのだとしたらなおさらだ。
「……なにかやましいことでもあるのかもしれねぇな」
「表沙汰にはしたくないようなこと、ですか」
軍としてもそこまで大きな事ができない理由としてはそれしかない。あくまで軍の中だけで解決したいと考えている。
もしこれが重大は犯罪者なのであればすぐにでも議会に報告し、市民の避難などを始めるはずだから。
「ま、こういったことには慣れてる。任せとけ」
そう言ってレイはゆっくりと人をかき分けながら兵士の方へと進んでいく。
「何をしようとしているのですか?」
「あ? わからねぇなら話を聞くしかねぇだろ」
「話を聞くのですか? あまりにも危険ではないでしょうか。私たちは監視対象なのですよ?」
「だから、アイリスは来なくていい」
「……わかりました」
私がそう言うと彼は足を早めて兵士の方へと向かっていった。
それを見ながら私は少し離れた場所で彼の様子を見ることにした。言動からも大体は予想していたが、まさかここまで大胆な行動をする人だとは思ってもいなかった。
けれど、何も進展がないのだとしたらこちらから行動するしかない。彼の行動はある意味では正しいのかもしれない。
兵士に話しかけた彼は大きくため息をついて、面倒くさそうに私の方へと戻ってくる。
それから私たちは兵士たちから隠れる場所に向かって合流した。
「どうでしたか?」
「部外者は教えられねぇの一点張りだったぜ」
いくら剣聖の仲間だとしてもどのようなことが起きているかは話してもらえなかったみたいだ。箝口令がしかれているらしい。
まぁ当然だろうと思っていたのだが、誰かを探していたような兵士はそんな口調だったのだろうか。遠目から見ていたけれど、レイを見かけるなり頭を下げていたように見えた。
「……そんなに口の悪い人だったのですか」
「いや、普通に礼儀正しいやつだったぜ?」
「そうでしたか」
口が悪いのはレイであって、兵士は普通だったようだ。
「ただ、そんなことよりも装備のほうが気になってな」
「装備ですか?」
「剣の他に吹き矢のようなもんまで持ってたぜ」
この国では狩りでよく使われるものだ。
周辺の森ではそこまで大きな動物がいるわけでもなく、木が密集しているために弓よりも取り回しのいい吹き矢が好まれるらしい。あいにく私は狩りをしたことがないためわからないが、兵士がそのようなものを持っているというのは不自然だ。
人に向けて使う場合にはおそらくは毒矢のようなものを使うのだろう。
「一体なにを相手にしているのでしょうか」
「まぁすばしっこいやつを相手にしてるのかもな? 飛び道具を使うってそういうことだろ」
「……確かにそうかもしれませんね」
「それで、市場の様子は確認できたことだし。宿にでも戻るか?」
私としてはベジルが何かしらの動きに出るかと思っていたが、どうやら私の思い違いだったのかもしれない。
それにあの異音がベジルやシンシアたちが引き起こしたとも決まったわけでもないのだ。少し飛躍してしまった私の不安だったのだろう。
「そうですね。宿に……」
「きゃあ!」
すると、市場の奥から悲鳴が聞こえた。
若い女性の声と微かに枝が折れるような音も聞こえる。
「なんだ?」
周囲を見渡してみると先ほどレイが話しかけた兵士たちが走り出した。
走るとともに少し重そうな鎧がきいきいと音を立てている。
「……私たちも行きますか?」
「そうだな」
レイは真剣な表情で兵士たちが走っていく姿を見つめている。
私には彼の考えていることはよくわからない。だが、その様子からしてなにかよくないことが起きているということだけはわかった。
それから私たちは悲鳴の上がった場所へと兵士たちより少し遅れて向かうことにした。
そして、その悪い予感は的中した。
「うがぁあ!」
角を曲がった直後、先ほど向かっていった兵士の一人が宙に飛ばされていた。
よく見てみると片腕がなく、肩から脈打つように血が吹き出ている。
「ちっ、魔族かよっ」
更に奥を見てみると人の何倍にも膨れ上がった肉体をした人型の何かがいた。それを見たと同時に全身に痺れるような感覚が走る。
お兄様が、エレインが言っていた魔の気配と言うものなのだろうか。
「あれが魔族なのですか?」
「見るのは初めてなのか?」
「……はい。こんなにも恐ろしいものなのですね」
「まぁな。そんなことよりも下がってろよっ」
レイはそう言って剣を引き抜いて走り出す。
その勢いやベジルのそれに匹敵するような勢いだ。さすがはセルバン帝国の特殊訓練を受けてきたと言える。
「おらっ!」
レイの剣から繰り出される強烈な一撃は魔族の丸太のような巨腕を一瞬にして斬り落とす。
どのような能力なのかはわからないが、それでもとても強力だということだけはわかる。
「グラァア!」
それに驚いてか魔族が兵士の鎧を蹴り飛ばす。そのプレートは音速を超えて私の方へと飛んでくる。
「なっ」
流石に予想外だったのかレイは一瞬私の方へと視線を向けるが、すぐに魔族の方へと向き直ってその首へと剣をかける。
音速を超えて飛んできている鎧のプレートは私の背後にある壁を砕いて止まった。大砲のような勢いだったが、どうやら壁は貫通しなかったらしい。
「おいっ、大丈夫だったかっ」
魔族の首が落ちると同時にレイが私に話しかけてきた。
「はい。大丈夫です。魔族は倒せたのでしょうか?」
「……まぁ倒せたんだけどよ」
そう言って彼が魔族の胸部の方へと視線を向けた。そこに書かれていたのはこの国の、それも軍の紋章が描かれていた。
そして、それは私の持っている紋章と全く同じものだ。つまりこの魔族は軍でそれなりに高い地位にいる人物だとわかる。魔族が軍の関係者とは思えないが、肥大化した肉体に埋もれていることからもこの魔族の所持品であることは間違いない。
まさか人間が魔族に変貌した、ということだろうか。それも軍の上層に当たるような人物が……
「他の国でも似たようなことはあったが、ここも同じだったとはな」
「マリセル共和国以外でも起きているのですか?」
「ああ、魔族が人間に化けて人間を操ろうとしていたな。まぁ今回の件は少し事情が違うみてぇだけどよ」
そうレイが言った直後、鎧が擦れる音が聞こえてきた。他の兵士たちがこっちに向かってきているのだろうか。
私たちは逃げるようにしてその場から離れることにした。
こんにちは、結坂有です。
二日ぶりの更新となりました。
体調は特に変わりありません。明日から少しずつ安定して更新できるよう頑張ります。
恐れていた事態が起きてしまいましたね。
人間が魔族の力を手に入れるために自ら魔族化、そしてそれが暴走してしまったようです。
これからマリセル共和国はどうなってしまうのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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