戦いに巻き込まれる
学院ではエレイン様に危害を加えるような人は現れなかった。
いくら聖騎士団とはいえ、学院内で何かをしようと企んでいるわけではなさそうだ。
それに議会も裏でこそこそと探っている割には動きを見せてはいない。
そして、いつものようにエレイン様と学院を過ごした後、帰宅する。
私は今日のことをブラド団長に報告しなければいけないので、聖騎士団本部に向かわなくてはいけなかった。
「エレイン様、今日も聖騎士団本部に向かいます」
「今日もか」
「ええ、それに今日は少し遅くなると思います」
「わかった。気をつけてな」
一礼をしてから私は本部に足を向けた。
今日中にブラド団長の考えていることを突き止めなければいけない。
そのために今まで準備をしてきたのだ。
本部に入り、団長室に向かった。
当然ブラド団長もそこで待っていることだろう。
そして、扉を開けるとそこには団長の他にもう一人女性が立っていた。
今朝、見かけた鉄仮面の女性だ。
「リーリアか、エレインの報告だそうだな」
「はい。今日の授業では自主的に訓練をする時間が設けられました。そこで彼は剣技の一つをセシルに教えていました」
「それだけか?」
「剣技の一つというのは刺突の際の体の動かし方についてです。しかし特に特別なことはなく、彼の実力に直接関わるようなものではありませんでした」
私はありのままにエレインのことを報告する。
すると、ブラド団長はそう言って一つの資料を机の上に置いた。
「なるほど、この資料は正しいということだな」
「……その資料はなんですか」
「学院に送ってもらった資料だ。ここにはエレインの担当の教師が学院内向けに作った資料だ」
学院の資料は学院外に持ち出してはいけない。それも学院の規則ではない。エルラトラム議会が作った法律で決められていることだ。
それに生徒の個人情報に関わるようなものだ。そんなものを取り寄せるなどやはり、団長は信用できない。
「そのような資料を用意するなど、違法行為ではありませんか?」
「そうか、まず言うが、その法律というのはどこが作ったんだ」
「議会です。この国の法律を作り、治めている機関ですよ」
「その議会と敵対関係にある俺たちはそれに従う義理はない。我々聖騎士団は国際的な組織となっている。わざわざ議会の法律などを守っている余裕などない」
確かに法律を守っていては守れるものも守れない。
危機を取り除くにはそれなりに自由が必要だからだ。
しかし、今回のエレインの資料に関しては何の緊急性もない。
「いくら何でも個人の情報を違法に手に入れるのは越権行為です」
「そうか、議会も同じようなことをしているではないか。今更越権行為だなどと言われたところで何とも思わない」
……ブラド団長は変わってしまった。
団長になった当時のことを知っているが、その時はまだ正義というものをしっかりと持っていた。
だが、今はどうだろうか。
自分が正しいと思ったことならなんでも実行に移す。
それが議会が決めた違法行為だったとしてもだ。
本当に正しかったところで、本当に正義なのだろうか。
議会の越権行為も許されないわけだが、国際的に大きな権力を持っている聖騎士団がそんなことをしても同じく許されない。
「団長は変わりましたね」
「確かに変わったかもしれないな。だが、芯は変わっていないと思うがな」
芯は変わっていないのはそうだと思う。
正しいと思う道を堂々と突き進むところや、魔族に対する想いは変わっていない。
だけど、その手段を考えるところが変わってきている。
さすがに今の彼には付いていけない。
私は魔剣である双剣をスカートの内側から取り出した。
「何のつもりだ」
「私は団長には付いていけません。だから、ここで終わりにします」
「剣の色からして分析は完了しているようだな。エレインの分析を頼んだつもりだったが、まさか俺に対してだとはな」
私の剣に伸びているラインは白色。そして、私の目も銀色に光り始める。
彼が剣に触れた瞬間、攻撃が予測される剣筋を光の線として私の目に映る。
「ふっ!」
すると、団長は一つ目の聖剣で縦方向から斬りかかってくる。当然、その剣筋をすでに知っていたために簡単に防ぐことができた。
そしてその反撃も簡単なものであった。
「やはりな。分析が完了していては今の俺に勝ち目はない」
「ええ、ですから団長はこれ以上のことはしないでください」
これは完全に力による拒否反応。
危険と承知だが、私はエレイン様を守らなければいけない。
最初は団長から言われた命令であったが、今は公正騎士として本心からそう思っている。
本心だからこそ、こうやって一番の上司である団長に反対しているのだ。
「しかしだ。予測できる対象は一人だけだったはずだ」
「その女性を使うのは騎士として品格がないです。それでも……っ!」
視界の前に一本の真っ黒な剣が伸びた。
私は危険と判断し、一瞬にして距離を取った。
そこには真っ黒な姿をした人型の何かが立っていたのであった。
「こ、これは一体……」
「見るのは初めてだろうな」
彼は三本目の剣、その剣の柄を彼は握っている。噂によればその剣は魔剣に属するもののようだが、その能力に関しては未知数。私の魔剣を持ってしても完全に解明できたわけではない。
あの剣の力なのだろうか。
そうだとしたら、この黒い何かは精霊が具現化したものはず。
だったら、何も問題はない。
「言い忘れていたな。そいつには精神は存在しない。精神干渉も不可能だ」
「っ!」
私の背後に殺気を感じた。
しかし、それに気づいた頃にはすでに剣先が私の背中に触れていた。
「それと、そいつは一体だけではない。何体も何十体も何百体も存在している。それでも俺に戦いを挑むか?」
「……死んでも構いません。もともとそのつもりでここに来たのですから」
「そうか、惜しい人材ではあるが、敵対した以上はこちらも処置を取らざるを得ないな」
すると、背後の剣先が徐々に背中を突き刺してくる。
「くっ……」
「見てられないわ。さっさと殺したらどうなの」
鉄仮面の女性がそう団長に進言する。
「そうだな。苦しむところを見るのは俺の性に合わない」
そう言って、団長が私の方へと目を向ける。
バリィン!
すると、窓ガラスが破られ一つの黒い剣が床を突き刺した。
「全く主の精霊の扱いは雑じゃの」
そこから煙のように現れたのは銀髪に灼熱を思わせるような赤い眼、そして何よりもその幼い容姿は人型ではあるものの、人間のようには思えなかった。
彼女の言っているように精霊か何かなのだろう。
「魔族か」
ブラド団長が聖剣の一つを引き抜くとその銀髪の精霊は目に見えない速度で団長の首元にその黒い剣を当てて、そのまま棚へと押さえつけた。
「団長!」
「お前は下がってろ」
「……我が主の命によれば、時間稼ぎをしろとのことだったの。ん?」
精霊は私の方へ目線を向けた。助けてくれるというのだろうか。
しかし、背中には剣が刺さっている。
まだ深くはないものの、敵対している私はもう死んだも同然だ。
私は死を覚悟して目を閉じた。
エレイン様、申し訳ございません……
キュリーン!
甲高い金属音が聞こえた。
そして、背中に激しい痛みを感じたが剣が刺さっているという感覚はない。
まさかあの距離から私の背後にいる何者かを倒したというのだろうか。
「まだ死ぬには早過ぎるぞ」
そう背後から先ほどの銀髪の精霊の声が聞こえた。
その声に反応するように目を開くとブラド団長がまだその精霊に押さえつけられたままであった。
「なんて速度なんだ。ほんの一瞬ではないか」
「確か団長と言ったの? 何じゃ、このふざけた剣は。こんな鈍らな剣でよく団長を務めているものじゃな」
団長のあの三本の剣を鈍らだというのだろうか。
あの一本目の聖剣を手に入れるのにも相当な実力が必要だ。
それに二本目に関していえば、このエルラトラムで二つとない唯一無二の能力を持った聖剣なのだ。
「お前の名はなんだ?」
「答える義理はないの。どうした? 抗わぬのか?」
精霊は挑発するように団長に言い寄った。
「……」
「ふむ、つまらん男よの」
そう言って精霊は剣を離し団長を開放した。
「気をつけてください!」
私は咄嗟にそう声に出た。
あれは罠だ。
先ほど私もそれで一本取られたところなのだ。
「お? どういう意味じゃ?」
私の声に精霊が反応する。
それと同時に精霊の背後に五体の黒い何かが現れた。
「かかったな」
「全く、つまらん作戦じゃの」
すると、精霊が振り向くと同時に低い刃音が空気を振動させ部屋を轟かせる。そして五体の黒い何かも横方向に斬られて消えていった。
「……その速さには驚愕だ」
どうやら団長でも見えることができない剣速だったようだ。
「そうじゃろうな。我が主以外この剣速に付いてこれんじゃろ」
まさか、あの速度を見切ることができる人がいるというのだろうか。
もしそんな人がいたとしれば、異常だ。
それにしてもあの剣、見覚えがある。
あれは確か……エレイン様の剣と同じような気がする。
そんなことを考えていた時、後ろの扉が開いた。
こんにちは、結坂有です。
リーリアはご主人様のために命をかけて団長に勝負を挑み、そして負けてしまいました。
しかし、何者かの精霊によって救助されたようです。と言っても誰だかもうお分かりですよね。
これからどうなるのでしょうか。気になるところです。
それでは次回もお楽しみに。
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