暴走からの脱出
上層部の暴走を目の当たりにし、俺たちは研究棟から逃げ出した。
研究棟の外に出るとそこには兵士の多くが集まってきていた。フロアの床が砕け、その爆音に皆驚いている様子だ。
もちろん、今の状況では俺たちが反逆者と見られることはなさそうだが、それも時間の問題だろう。
「リシア?」
「……研究棟で一体何があったの?」
「それよりもここから逃げるわよ」
「え?」
「話はあとだから」
そうコミーナがリシアの腕を引っ張った直後、施設のアナウンスが鳴り響く。
『緊急、反逆行為より、対魔族特殊師団の抹殺を命じる』
無機質なそのアナウンスは俺たちだけでなく、周囲にいる兵士たちの耳にも入ったようだ。
当然ながら、それを聞こえた彼らは印象的な服を着た俺たちへとゆっくりと視線を向ける。
「は、反逆行為って……」
「話してる場合ではなさそうだな」
「そうねっ」
無言で走ってくる兵士にシンシアが素早く反応する。もちろんだが、彼女たちも俺と同じく特殊な訓練を受けてきたエリート中のエリートだ。兵士一人に負けるような人間ではない。
十人がかりでも勝つことはできないだろう。
しかし、ここは兵士の中枢。数百人の兵士がいるのだ。まともな武器を持っていない俺たちがそれほどの数の兵士を相手にすることは不可能だ。
それに彼らを殺すことに今はなんのメリットもない。兵士を無駄に殺すよりかは根源である腐った上層部を殺す方を優先すべきだろう。
彼ら兵士はただ操られているだけなのだからな。
「うがっ」
鎧を着た兵士だったが、彼女はうまく継ぎ目の部分を狙って強烈な蹴りを入れる。その部分は人間の急所でもあるため、その兵士はひどく悶絶する。
「っ! 反逆者だぞっ」
「ちっ、仕方ねぇな」
「ベジルっ、殺すのはダメよ。彼らは命令に従ってるだけだから……」
「そんなことわかってるぜ。要は殺さなければいいんだろっ」
俺の蹴りは非常に強力な衝撃を生み出す。体全身の筋肉を巧みに操ることで普通のやり方よりも高い威力を発揮することができる。彼らの着ているような薄い鎧程度なら簡単に凹ませることができる。
ゴズゥン
高い威力のこもった蹴りによって大きく胸部のプレートが凹んだ。
「うぅうっ」
凹んだプレートにより胸部を強く圧迫されている。もちろんだが、息も難しいことだろう。
後ろに吹き飛ばされた彼は必死にプレートを引き剥がそうともがいている。
まぁパニックになった状態で、それも体に張り付いてしまった鎧を取り外すのは難しいだろうな。
「ちょっとっ」
「殺してねぇだろ。それより道が開けたぜ?」
「……行くわよっ」
こんなところで立ち止まっていては大量の兵士に取り囲まれてしまう。そうなってしまえば脱出は困難になるだろうな。形勢が整っていない今がチャンスといったところだろう。
「ええ、そうね」
それから俺たちは開けた道を抜けて、軍の施設を逃げ出した。移動しながら、リシアに研究棟でどのようなことがあったのかを説明した。それに強い嫌悪感を示した彼女だが、まぁ誰でも魔族化の話をすればそうなるだろう。
一人であればもっと強引に軍の連中を圧倒し、魔剣も取り戻してから逃げ出したいところだったが、今となってはそんなことをしている場合ではないな。
まぁあの魔剣と俺とでは血の契約を行っている。誰かに奪われるということもないだろう。
「さすがにここまでは追ってこないか」
「はぁ……ってかどこなのよ、ここ」
「市場の裏側って言ったらわかるか?」
ここは俺が国外で生活していたときによく潜んでいた場所でもある。
この場所はマリセル共和国の市場に密輸するために掘られたトンネルらしい。俺もよくは知らねぇがファデリードのやつが教えてくれた抜け道なのだそうだ。
「軍の人たちは知らないのかしら」
「そうだろうな。あのファデリードが秘密にしてたみたいだしよ」
「……」
そう言えば彼女たちの直接の上司だったな。少しは考えて発言するべきだったか。
「それより、ここを抜けたらどこに出るの?」
「国外だな。東の森に出る」
「そこって魔族のいる場所じゃなかったかしら?」
「まぁそうだが、意外と安全なもんだ」
「安全って言えるのが不思議だけど、今の状況では国内も危険だし」
確かにリシアの言うように国内に潜んでいてはあの軍の連中狙われることにだろうしな。
「まぁ隠れるには十分な施設がある。食料もそれなりに残ってると思うぜ」
「……いいわ。そこに行くしかないわね」
最終試験の後、俺は施設の同期たちを殺した。
ただ強みを目指して俺は魔族の拠点へと向かうことにした。国に向かうのでも良かったが、その時の俺は魔族がどのようなものなのか気になったからだ。そこで魔剣を二本手に入れたのだがな。
まぁそのことは今となってはどうでもいいことだ。
「それより、いつまで逃げ続けるつもりなの?」
「結局は時間の問題だからな」
「ええ、だから昼過ぎにでも市場に出て様子を見てみようと思うの。それでいいかしら?」
「まぁ聖剣ではないが武器もある。様子に出ても大丈夫だと思うぜ」
俺が隠れていた施設には質は低いもののそれでもないよりかはいいだろう。
ただ、一つ不安な点があるとすれば剣聖とアイリスの動きだ。彼らがどのように動くかが全くの未知数だからな。
剣聖に関して言えば俺の想像を超えるようなことをしてくるかもしれない。あの男の実力ははっきり言って未知数だ。俺が推測できるものではない。アイリスも同じく想像できない。
施設で見せたあの実力は到底人間とは思えないものだったからな。
とはいえ、何もしないでは意味がない。
「じゃ、昼にまた市場に行きましょうか」
昼にまた国内に戻ることを決めた俺たちはとりあえずあの仮施設のところへと向かうことにした。
こんにちは、結坂有です。
次回以降から物語が大きく動き始めます。
アイリスの活躍も増えていきます。そして、軍上層部の思惑は無事に阻止できるのでしょうか。
気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに……
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