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改革の前兆

 俺、ベジルは部屋にいた。俺の魔剣は武器庫に保管されている。もちろんだが、この部屋は俺の部屋というわけではなく、軍が用意してくれたものだ。軍の施設にいる間は魔剣を自由に所持できない決まりらしい。

 別に何かを企んでいるというわけでもないとはいえ、監視の目があるとどうも落ち着かないものだ。ただでさえ、シンシアにじっと見張られているのだからな。その上、死角がないように配置された監視カメラはどこか不気味だ。


「ベジル、何をしているの?」

「落ち着かねぇと思っただけだ。気にすんな」

「この部屋が落ち着かない?」

「逆に聞くが、お前はこの見張られた部屋は落ち着けるっていうのか」

「私もこういった場所でずっと訓練を受けてきたからそこまで違和感はないわ」


 確かに訓練時代は監視されていた、いや観察されていた。それでも与えられた課題を可能な限り高い成績でクリアしてきた俺は特に注意して観察されていたのだろう。そんなことはときどき施設にやってきた研究者らしき人物を見ればすぐにわかった。

 とはいえ、その時と今とではまったく環境が違う。

 あのときは観察対象として俺たちを見ていたのに対して、今回はなにか問題行動を起こさないかどうかを監視しているのだ。


「成績とか訓練を見てるわけじゃねぇ。俺たちの一挙手一投足、すべて見張られてんだぜ?」

「……そこまで気にすること?」


 なんでもないと言わんばかりに彼女はそう答えた。

 まぁ確かによくよく考えてみればそこまで気にすることでもないのかもしれないな。少し俺も神経質になっているのだろうか。


「はっ、まぁどうでもいいがな」

「だったら、そんなに機嫌悪くしないでくれるかしら」

「そんなに機嫌悪そうか?」

「ええ、それはもちろん」

「それこそ気のせいだ」


 別に俺は怒っているわけではない。ただ少しばかり不満だというだけだ。

 それにしても、今朝から呼び出されたコミーナがなかなか戻ってこないな。すぐに戻ってくると言ってかれこれ二時間はかかっている。

 呼び出された内容からしてもそこまで時間のかかるようなものではないと思ったのだがな。


「コミーナのやつ、遅くはねぇか?」

「遅いからどうしたのよ」

「すぐ戻ってくるって言ってたよな」

「……そんなこと気にする人じゃないくせに」


 まぁシンシアの言うように俺は他人のことを考えるような性格ではない。それは俺でも理解しているし、そうしていることでもある。

 ただ、今回の件に関して言えばそれは違う。

 コミーナが帰ってこないということは俺にも不都合があるからだ。


「他人のことはどうでもいいと考えているが、全く何も考えていないというわけでもねぇ」

「そうかしら……」


 そう言ってみるものの疑いの目を向けてくるシンシアはどうやら俺のことを非情な人間とでも思っているのだろう。


「まぁそうね。確かに帰ってくるのが遅いかもしれないわ」

「何かあったのかもな」

「軍の施設でなにかあったら困るわよ。少し様子でも見てくるわ」

「俺も行くぜ」


 もし俺の予想が正しければシンシア一人に行かせるのは逆に危険だ。

 俺の予想ではおそらくコミーナは軍の上層部に捕まっているはず、別にそれ自体が危険というわけでもない。

 その上層部からの会話に関して彼女が拒絶するようなことがあれば、すぐにでも彼らは処分しようとするだろうからな。

 俺が見ている限りではコミーナもシンシアも魔族と協力することに関してはそこまで肯定的な人間ではない。ただ上層部の言いなりになっているだけだ。


「……わかったわ」


 一瞬彼女は俺に対して睨みつけてきたが、すぐに前を向いて歩き始めた。

 味方だと理解しているつもりでも長時間一緒にいたいとは思えないのだろうな。嫌われているわけでもないが、好意的に抱かれているというわけでもないと言ったところだろうな。ただ、少し距離を離そうとしているだけで。


 それから俺は部屋を出て、コミーナが向かったとされる対魔族戦術研究棟へと入ることにした。

 対魔族戦術研究棟という大層な名前ではあるが、活動としてはこの国周辺にいるであろう魔族の調査がメインだ。戦いにおいて特になにか役立つようなことは今のところ何もしていない。

 まぁ聖剣を手に入れることができたのならそのときに機能するのかもしれないがな。

 俺が寝泊まりしている部屋からこの棟まで歩いて一〇分程、彼女がここで先日の魔族調査のことを話したとしても一時間以上もかかることではない。


「この施設はそんなに好きになれないのよね。だから、行きたくなかったの」


 そう前を歩くシンシアが珍しく愚痴を漏らした。

 いや、愚痴ではないか。たしかにここは負のオーラが漂っているような気がする。俺もここには案内で一度だけ来たことがあるが、彼女と同じ印象を受けた。


「はっ、研究者ってのは暗い性格のやつが多いのか?」

「そういうわけでもないと思うのだけど、ここの施設はどうもそんな人が多いイメージね」

「っんなことよりも、ここでなんの研究してんだ? 戦術研究ってぐらいだから戦いに関することか?」

「うーん、そんな目的て作られたらしいけど実態を知ってるのは上層部でもほんの一部だけだそうよ」


 つまりはよくわかっていないということらしい。

 研究ってぐらいだからなにかの調査などを行っているのだろうが、全くその全容は掴めない。特に報告書を公開しているわけでもないみたいだからな。

 どちらにしろ、きな臭いことをしているのは言うまでもないか。


「そんな話は一切していないわっ」


 すると、廊下の奥からコミーナの声が響き渡る。

 最悪な状況というわけでもないが、良い状況とは言えないらしい。

 それほどに彼女の声はとても強いものであった。


「……こんなに怒るコミーナは初めてよ」

「訓練時代でも見たことねぇか?」

「ええ、ただ事じゃなさそうね」


 そういったシンシアは急ぎ足でその声の発せられた場所へと走り出す。

 俺もどういった状況かを考えながらその場所へと走る。

 そして、その部屋に入るとコミーナと軍上層部の男が対峙していた。


「魔族を利用するところまでは賛成よ。でも、これはいくらなんでも非人道的よ」

「コミーナっ」

「……シンシア?」


 一体何を話していたのかは聞くまでもなかった。

 この部屋に入ってすぐに目に入ったボードにすべてが書かれていたのだ。


『人間に魔族の血液を適応させる実験』


 その下には実験の具体的な内容が所狭しと書き出されていた。

 内容は言うまでもなく人体実験そのもので、とてもじゃないが目にするだけでも気分が悪くなるようなものばかりだ。


「よくは知らねぇが、人とは思えねぇ実験をしようとしてるってだけはわかった」

「お前はここに来るなと言ったな」

「あ? そんなこと知ったこっちゃねえ。どこに行こうと俺は軍の関係者だからな」


 軍の関係者である以上は施設内のどこでも移動できる。それにシンシアという都合のいいやつもいることだしな。

 ここに入るときだって警備の連中が快く通してくれたのも彼女のおかげだ。


「……まぁいい。想定外のことが起きたが、いずれ話そうと思っていたことだ」


 すると、その男は袖を捲くりあげて左腕を出した。

 その腕はとてもじゃないが、人間のそれとは思えない。赤く変色した皮膚に心臓を思わせるかのように脈動した筋肉、浮かび上がる太い血管は魔族のそれに非常に似ている。


「一体何をしたっていうんだ?」

「もちろん、この実験の成果だ」

「成果だと?」

「聖剣を扱う必要などない。魔族に対抗するには我々が魔族になるしかないということだ」

「そんなことのために私たちは調査をしたのでは……」


 すると、その巨腕が机を強く叩いた。

 金属製のそれなりに丈夫そうな机が破裂したかのように潰れる。


「聖剣のないお前らには関係ないことだ。所詮は軍の駒、おとなしく上層部の指示に従え」

「くっ」

「……穏やかな表情はどうしたんだ?」

「ベジルっ」


 シンシアが俺を止めようと呼びかける。しかし、俺は彼女の制止を無視して話を続けた。


「お前のやろうとしていることは悪魔的だ」

「”無用の強者”と称された悪魔に言われたくはない」


 目の前の魔族に成り下がろうとしている男が俺のことを悪魔だと言った。俺からすれば目の前にいる男のほうが悪魔に見えるがな。

 まぁそんなことはどうでもいいか。


「その実験はどこまで成功しているんだ? お前一人というわけではないだろう」

「もう十人以上が成功している。それもこれもあのお方がお教えしてくれたおかげだ」


 つまりは彼らにこの実験をそそのかした連中が他にもいるということのようだな。確かにあのボードに書かれている大規模な実験をこいつらが思いつくとは思えない。

 それに十人以上も成功しているとなると水面下でいろいろと動いていたということにもなる。軍以外からなにかしらの支援があったと見ていいだろう。それがどこの国なのか、いや、教えたやつが人間であるとも限らねぇか。


「ベジル、お前の魔剣はここにはない。つまりは攻撃できる手段がないということだ」

「……魔族とほとんど同じ存在になったということか?」

「もちろんだ。そのための計画なのだからな」


 彼の言うように今の俺は魔剣を装備していない。

 魔剣があればすぐにでも彼を斬り殺していたところなのだがな。安全を確保するためと言って必要な時以外は武器庫に保管されている。


「俺も人間を何人も殺してきたが、お前も同じだと思うぜ」

「大いなる目的のため、貴様のそれはただの虐殺行為ではないかっ」


 すると、男が俺へとその巨腕を振るってきた。

 直撃すればあの机のように潰れてしまうことだろう。俺はとっさにその攻撃を避けてシンシアとコミーナの腕を引っ張る。


「ちょっと!」

「いいから逃げるぜっ」

「逃げるって……っ!」


 俺はさらに強く引っ張り男から逃げるように走り出した。目を閉じて周囲にも意識を向ける。

 幸いなことにあの男以外に攻撃を仕掛けてきそうなやつはいない。だが、それも時間の問題だろう。

 あの男は軍の上層部の人間、つまりは兵士を自由に扱えるという立場だ。


「計画の邪魔は絶対にさせないっ」


 そう言って背後から男が迫ってくる。

 人間とは思えないほどの速度で俺たちへと近付いてくる。

 このままでは振り切れない。


「借りるぜっ」

「え?」


 俺はシンシアに腰に携えてあった剣を引き抜くと、瞬時に振り返って男へと攻撃を仕掛ける。


「聖剣でもない武器などなんの脅威でもない」

「言ってろ。クズが」


 足を斬り裂き、動きを一瞬止める。

 しかし、すぐにその傷は回復していき数秒で完治する。


「この体、魔族に対抗するにはこれしかないのだ」

「そんなクズには成り下がりたくはねぇよっ」


 だが、俺は最初から倒すつもりで攻撃していない。


「無意味だっ」


 そういう男だが、寸前で攻撃を避けるとそのまま床へと強く腕を叩きつけた。

 タイルが砕かれ、破片が周囲の壁に突き刺さる。


「遅ぇよ」


 その床を叩いた腕に俺は剣を突き立てた。


「なっ」


 そして、深く深く差し込んでいく。


「貴様っ」

「クズなんかに殺されはしねぇよ」


 突き立てられた剣で身動きを封じた。だが、それもほんの一瞬の時間稼ぎにしかならない。


「お前ら、逃げるぞっ」

「ええ、わかったわ」


 俺はシンシアとコミーナにそう言うと廊下を走り抜けた。

 ぞろぞろと研究者らしき人物が各部屋から出てくるが、俺たちはそれを掻い潜り研究棟を抜けることにした。

こんにちは、結坂有です。


やはり軍上層部はとんでもない計画を実行していたようですね。

その計画はすでに進行していて、相当数の魔族化した人間がいるようです。

これからどうなるのでしょうか。気になるところですね。


それでは次回もお楽しみに……



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