取り戻したい本当の実力
俺、エレインはレイと部屋でリーリアたちが戻ってくるのを待っていた。
昨夜、リーリアが部屋に戻ったときにアイリスが倒れていたらしい。どうやら魔剣による血の契約を行ったのだそうだ。
普通であれば一人でするべきものではないのだが、契約自体はうまく行ったようで彼女は無事だった。
「それにしてもアイリスってやつ、とんでもねぇ度胸の持ち主だな」
「そうだな。まさか一人で血の契約を行うとはな」
「まぁ俺も人のことは言えねぇけどよ」
確かレイは無理やり堕精霊を納得させたらしいからな。そういった点ではレイが一番普通ではないと言える。
そもそも魔剣自体が異常かつ希少なもの、常識なんてもはやないのかもしれない。
「それにしても、俺のことを兄と慕うのはどうかと思っている」
「あ? 別にいいんじゃねぇか?」
「レイにとっては他人事かもしれないが、俺からすればどうすればいいのか……」
俺としてもどう接すればいいのかわからないでいる。
彼女は俺のことを本当の兄のように接するつもりらしいからな。そもそも俺に妹などいたことがない。当然ながら妹とはどういうものか全く知らない。
知らないことばかりで不安のようなものが込み上がってくる。戦いにおいて不安などは感じたことがなかったが、このようなことに関してはどうしても悩んでしまう。
「アイリスも別に悪いやつじゃねぇだろ? なら普通にすればいいんじゃねぇか?」
「その普通というのがわからないんだ」
「はっ、エレインらしくねぇな」
「俺らしく?」
「どんなときでも堂々としてるだろ」
堂々とは言っているが、俺でも感情はしっかりとある。それに人の感情も徐々に理解し始めている。だからこそ、不安のようなものがこみ上げてくるのだろう。
自分なりに成長したと思っていたが、こういった負の一面があるとは考えてもいなかったな。
「失礼します」
部屋のノックと同時にリーリアがそう言って部屋に入ってきた。
そして、続いてアイリスも入ってくる。
「お兄様、おはようございます」
「おはようございます。エレイン様、私は朝食の準備をいたしますね」
そう言ってリーリアは昨日の内に買っておいた料理を温め直す。
すると、アイリスは俺の前へと歩いてくる。
「お兄様、私も魔剣を手にすることができました」
「ああ、リーリアからも聞いた」
「そうでしたか」
話が続かず俺もどうしていいのかわからない。
もう少し詳しく話を聞くことにしようか。このままではアイリスも困ってしまうことだろうからな。
「それで、魔剣の能力は理解したのか?」
「はい。この魔剣はシェラという名前のようで”影操”という影を操る能力があるそうです」
なるほど、ベジルという男と戦ったときから考えていたことだったが、やはり影を操る能力だったようだ。使い方によっては非常に強力な能力なのかもしれないが、今の彼女はそれを操れるほどの実力があるのかはわからない。
まぁ試練に合格した時点で素質はあるのかもしれないが、実際にそれが発揮されるのかどうかはまた別だ。
「それを操れる自信はあるのか?」
「……正直なところ自信はありません」
そう答えるだろうな。
訓練施設で最高成績を叩き出した逸材といえど、精神が弱っているうちはその実力を発揮することはないだろう。
戦闘というのは心身ともに万全でなければいけないのだからな。
「まぁ俺と一緒に訓練をやり直せば感覚ぐらいは戻るかもしれないが、今の状況それをするのは難しい」
「そうですね。私は大丈夫でもエレイン様は監視対象として見張られている身ですから」
「ああ、別の方法を考えるしかないか」
彼女が実力を発揮することができない原因が心因的なものなのは間違いないのだが、それをどう解決するかは俺も全くわからない。
彼女を縛っているなにかを解けるのは彼女自身だ。俺がどうこうできるものではない。
「その、妹として私のことは認めてくれますか? お兄様も私のことを妹として接してくれますか?」
まぁこの前は俺のことを兄だと呼んでいいと許可しただけだったからな。
俺からすればなぜそこまでしてアイリスが俺の妹になりたいのか理解できないのだが、それが彼女を縛るものなのだとしたら認めてやることでなにか変わるかもしれない。
「アイリスは覚悟できているのか?」
「剣聖であるお兄様の後継者になる覚悟はもうできています。こうして魔剣の試練も乗り越えたことですから」
「俺に認められたいから魔剣と契約しようと思ったのか?」
「はい。もちろんです」
そう真っ直ぐな目で言った彼女は自信に溢れているようでもあった。実力はまだなくとも、覚悟は十分できていると自負しているのだろう。
俺の妹になるために死ぬかもしれない”血の契約”を行ったのは驚きだ。
そこまでの覚悟が、想いがあるのなら俺もそれに応えるしかないか。
「……それなら認めるしかないな」
「本当ですか?」
「ああ、アイリスのことを妹として接するようにする。といっても、実際に妹がいるわけでもないから俺もよくわからないのだがな」
「そうですか。私もです」
そういった彼女は小さくだが嬉しそうに笑っていた。
俺に認められたことがよほど嬉しかったのだろうか。それとも兄ができたことで嬉しいのだろうか。いや、その両方なのかもしれないな。
「エレイン様、朝食の準備ができました。アイリス様も一緒に食べましょう」
「……ありがとうございます」
すると、首を傾げながらアイリスはそう感謝を述べた。
それもそのはずだ。リーリアはアイリス様と呼んだのだからな。
「エレイン様の妹、当然ながら私も敬意を持って接するべきだと思いましたので」
「はっ、俺もエレインの妹なら気遣う必要はねぇよな?」
「……そうですね。ありがとうございますっ」
俺だけでなく周囲からも認められたことで改めて感謝の言葉を言った。
俺の妹になる。剣聖の後継者になるということはそれ相応の重圧がのしかかることにもなるだろう。
だが、俺は知っている。彼女がどのような訓練を受けてきたのか、そこで最高成績だったのなら剣聖の妹と名乗っても恥ずかしくはないだろう。
あとは内に持っている実力をただ発揮するだけなのだ。
「私も剣をしっかりと握れるよう頑張ります」
すると、アイリスは俺とレイ、リーリアに向かってそう宣言をした。
しっかりと剣を握って実力を取り戻すことが今の彼女の最優先事項だ。できることなら俺も協力したいところなのだが、この環境下では難しいところがある。
「克服するには時間がかかるかもしれないが、自分で乗り越えれるだろう」
「はい。乗り越えてみせます」
俺の目を真っ直ぐ見据えた彼女の表情は真剣そのものであった。
そこまでの意志があるのなら何も問題はない。
「では、また冷めてしまう前にいただきましょう」
リーリアがそう言って料理を机に並べた。
蓋を開けると美味しそうな匂いが漂う。
これからどうなるのかはわからないが、この国が抱える大きな問題を解決するまでは俺はエルラトラムに戻れない。
とりあえず、今日外に出て特に動きがないようなら俺からなにか行動してみることにしよう。揺さぶりをかけるのは早い方がいいからな。
こんにちは、結坂有です。
本当の意味でエレインの妹になることができたアイリスですが、今後どのような展開になっていくのでしょうか。
早く彼女の実力が戻るといいですね。
それより、リーリアの心境も気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに……
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