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無自覚な感情

 翌朝、私、アイリスはベッドの上で目が覚めた。

 私が寝る直前にリーリアが体を拭いてくれたおかげでベタつきもなく、気持ちよく眠ることができた。しかし、髪は少しごわついており、これから軽くシャワーを浴びる必要があるだろう。

 流石にこの状態でエレインと話はしたくないものだ。

 首を動かして横を向いてみるとリーリアがまだ眠っていた。窓の外から漏れる薄明かりはまだ夜明け前ということを示している。


「……っ!」


 起き上がろうと腹筋に力を入れると強烈な痛みが生じた。この痛みは訓練時代に何度も経験してきた筋肉痛だ。

 痛みに耐えるために全身の筋肉を緊張させたために疲弊してしまったのだろう。確かに正確な時間はわからないが、それなりに時間が経っていたのは間違いない。


「はぁ」


 こんな体たらくではエレインに顔を合わすことができない。とは言え、早い段階で報告しないといけないのも確かだ。

 恥ずかしい自分を兄である彼に見せたくないのだが、こればかりは仕方がない。

 やるせないことであってもため息は自然と出てしまうものだ。


 それから私は音を立てずにゆっくりとベッドから出て脱衣所へと向かう。

 服を脱ぐのが億劫になるほどの筋肉痛に嫌気が差すものの、汗で不潔になったままでいるのは私としても嫌だ。

 上着も下着も脱いでシャワールームへと入っていく。

 この宿はそれなりに設備が整っており、ここでは温度調節のレバーもある。軍の簡易的な施設では冷水と温水両方のハンドルを操作しなければいけなかった。当時は面倒とは思っていなかったが、こうして宿などで実際に使ってみるとその便利さに驚いた。

 そして、しばらく温かいお湯で丁寧に体を洗い流していく。


「ふふっ」


 すると、私の影の中から少女の声が聞こえてきた。もちろんその声の主は堕精霊シェラだ。


「……急に笑って驚かすつもりだったのですか?」

「えへへ、この程度で驚かないでしょ」

「そうですが、普通の人でしたら恐怖で震え上がっていたはずです」


 一人でシャワーを浴びていると女の子の笑い声が聞こえてくる、そんなのは心霊体験のほかないだろう。ただ、私は事前に彼女の存在を知っているために驚くことはなかった。


「他の人にはしないから安心してよねぇ」

「まぁいいです。それで、用件は何なのですか?」

「あっ、エレインのこと想像しながらシャワーを浴びてて面白いなと思っただけだよぉ」

「別にお兄様のことは考えていません」


 私の言葉に嘘はない。

 彼のことを考えないようにするために私はわざわざシャワーの蛇口に注目したのだ。


「でも、考えそうになってたでしょ。これでもうちも精霊だからねぇ。よく分かるの」

「そんなことはありません」

「ほんとかなぁ」

「本当です」


 そう私は断言してみるが、まだシェラは疑いの目を向けている。

 彼女はなぜ私を混乱させようとするのだろうか。こんな場所でお兄様を考えるのは私の心が持たない。


「ふはっ、面白そっ」


 そう言った彼女は私の影を引き伸ばして影の存在を作り出した。

 真っ黒な上に目が赤く光っているその影の存在は私へとゆっくりと近づいてくる。


「……え?」


 その影はどこか見覚えがあると思った。

 よくよく見てみるとその影は兄のエレインのそれに非常に酷似している。


「やめてください」

「からかうの、楽しいんだもん」

「私はあなたの持ち主です。言うことを聞いてください」


 そう彼女に訴えかけるが、エレインの形をした影の存在が私へとゆっくりと優しく触れる。


「ひゃっ」

「かわいらしい声上げるんだねぇ」

「……もう私は出ます。十分洗えたことですから」


 そう言って私はシャワーを止める。

 そして、ふと顔を上げると鏡があり、そこに反射して映っていた私の顔は真っ赤に染まっていた。

 シャワーが熱かったというわけではない。


「エレインと……想像しちゃった?」

「っ! 気にしないでくださいっ」


 ぶんぶんと首を大きく横に振ってシェラの話を否定した。

 私の感情は恋愛のようなものとは全く違うものと自覚している。あくまで尊敬や敬愛であって、恋愛では決してない。

 いや、恋愛感情をこんな私が抱いてしまってはいけないのだ。


「ふふっ、面白いっ」

「面白くありません」


 私はそう言い残してシャワールームから出た。

 もうシェラも満足したのか再び私の影の中へと潜り込んだ。

 能力としては十分に評価しているつもりだが、あのからかう性格はどうにかしてほしいところだ。あまり私の意識を混乱させてほしくはない。お兄様の前では特に……。

 そんな考えは脳の片隅に追いやり、タオルを手にした。滴る水滴をそれで拭い、新しい服に着替える。

 もともとこの服は市民に紛れてエレインたちを尾行するために買った服なのだが、リシアが私に似合うと言っていたのを思い出した。彼も似合うと言ってくれるのだろうか。


「っ!」


 考えてはだめだと私はまた首を強く振った。

 まだ濡れた冷たい髪が頬をはたく。からかっているかのようなその髪に鬱陶しさを感じながらも私はタオルを髪に押し当てて水気を取る。

 すると、脱衣所の前にリーリアがやってきた。


「アイリスさん、シャワーを浴びていたのですか?」

「はい。起こしてしまいましたか?」

「いいえ、私もちょうどこの時間帯に起きますので」


 メイドということもあって朝は早くに起きているのだろう。

 剣士としての実力を持っているとはいえ、彼女はエレインのメイドと言う立場だ。彼に奉仕をするために全力を尽くすというのは普通なことなのかもしれない。


「……その、リーリアさんはどうしてお兄様に奉仕をするようになったのですか?」

「詳しくはお教えできませんが、それが私の使命だと思ったからです」


 そう真っ直ぐな目で答えた彼女から強い覚悟のようなものも伝わってくる。彼女はおそらく彼のためなら命も投げ出す覚悟があるのだろう。

 詳細を教えることはできないということだ。これ以上深くは聞かない方がいいか。


「そうなのですね」

「それでは髪を乾かしてからエレイン様の部屋に一緒に向かいましょう」

「一緒にですか?」

「はい。報告しておきたいのですよね」


 口にした覚えはないのだが、私の考えていることはリーリアにある程度気付かれてしまっているようだ。

 精神干渉系の魔剣使いなのだから当然といえば当然か。


「そうですが……」

「ちょうどいい機会です。早く乾かして行きましょう」


 そう言ってリーリアは髪に押し当てていたタオルを手に取ると丁寧に私の髪を拭いていった。


「ところで、とても似合っていますね」

「なんのことですか?」

「服のことです。アイリスさんの印象にぴったりです」

「そう、なのですか」


 私はファッションのことはまったくわからない。さらに言えば私に似合っているかどうかもよくわかっていない。

 ただ、リーリアはメイド服ではあるもののとても良く着こなしており、それでいて少しばかりアレンジも加えている。エレインのメイドであると同時に自分の意志もしっかりと持っているという意思表示なのだろう。

 そんな彼女が似合っていると言っているのだ。この服と私は本当によく似合っているらしい。

 フォーマル調のもので体のラインがしっかりと出る服。そして、深い紺色が特徴的だ。

 髪を十分に乾かし終えると私たちは部屋を出た。淡い期待のようなものを胸にエレインのいる部屋へと向かったのであった。

こんにちは、結坂有です。


アイリスの内に秘められた感情は一体何なのでしょうか。

まだ彼女は自身の本当の想いに気づくことができるのか。気になりますね。

そして、シェラの能力もとてもおもしろいものになりそうですね。


それでは次回もお楽しみに……



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