それでもなお、自分の力を信じて
私、アイリスは軍司令本部、兵舎の外を歩く。そして、再度警備をしている兵士に軍関係者である証の紋章を見せて敷地の外に出る。
「はぁ」
自然と出てしまったため息に自分でも驚く。
何年も一緒だった彼女たちと別れることになってしまった。私自身も戦う剣士として育てられたためにいつかは別れの日が来ると覚悟していた。とはいえ、戦いではなくこういった形になってしまったのは想定外だ。
本音を言えば別れたくはない。彼女たちとはずっと成長してきた仲なのだから。
でも、自分の信念を曲げるわけにはいかない。私はこの国のためではなく、人類のために戦うと決めた。そもそもそこから違う。
「……仕方ない、ですね」
そう心の中の言葉が吐露してしまう。
それから私はエレインたちの泊まっている宿へと戻ることにした。
もちろん、誰にも見られないように細心の注意を払いながら。
宿へと戻るとまだエレインたちは戻ってきていない様子だ。どこに向かったのかはわからないが、外で彼らと会うのは危険だ。なぜなら彼らは今も軍の人たちに監視されているからだ。
私とエレインとが共に行動していると軍に気付かれるわけにはいかない。外ではなく、宿の中でしか彼と会うことができない。もどかしい気持ちではあるが、私もいつまでも頼りきりではだめなのだ。
「……」
とは思ったものの、暇であることには変わりない。
そういえば、今携えている魔剣のことを私は何も知らない。エレインは剣を引き抜くときに理解できると言っていた。
剣で戦う自信はまだないけれど柄を握ることならできる。それに剣を引き抜くことだって……。
「っ!」
剣を引き抜こうと柄を握ると強烈な痛みが全身に走る。
耐えられないほどではないが、長時間この痛みが続けば精神的にも崩れてきそうなぐらいだ。
とてもじゃないが普通の人間が抜けたような代物ではない。
「うぅ……」
力を腕に入れるだけでその苦痛が更に増していく。
魔剣の試練は厳しいものになるとはエレインからもリーリアからも聞いていたが、まさか鞘から取り出すだけだと言うのにここまで辛いとは考えてもいなかった。いや、誰も想像できないことだろう。
「……ここで、諦めてはだめですっ」
そう意気込み私はその苦痛に耐え続け、刀を素早く引き抜く。
ゆっくりと丁寧に引き抜いている余裕などない。ベジルは余裕そうだったが、そんなことはどうでもいい。
「あぐっ」
鞘が床を転がり、少し遅れて自分の膝が突く。
手足が痛みに震え、まともに戦えるような状況ではない。
それでも私は顔を上げ、引き抜いた刀身をみた。
その真っ黒な刀身は何度も見たことがある。しかし、何度見ても不気味であるのには変わりない。一般的な刀の刀身は鏡のように反射している。それは素早く振ったときに周りの風景と同化して見えなくするためだ。
対してこの刀は真っ黒、漆黒を極めている。ここまで黒いと景色と同化するどころか、こちらの間合いすらも相手に予測されてしまう。
「……やはり、変わってますね」
全身から汗が吹き出て、服はもちろん私の黒い髪がほんの少し湿ってきている。
今の私はサウナに何時間も入っていたかのような状態だ。強烈な痛みにより、体が極限状態となっているのだから仕方がない。
「この痛みに耐えたのはこれで三人目、妙なこともあるものだなぁ」
すると、どこからともなく幼い少女の声が聞こえてきた。
周囲を見渡してみても子どもがいるわけでもない。きっとこの声は刀に宿っている精霊なのだろう。
「……誰、ですか?」
「ふむ、我が名はシェラ。と言ってももう古い精霊となってしまったけどねぇ」
「古い、精霊……」
この痛みを与えているとは思えないほどに気の抜けた言い回しをする精霊だ。ただ、古い精霊とはどういうことだろうか。
そんなことよりも、この痛みにもう耐えられる自信がない。
「おっと、さすがに長かったか。でも、大丈夫。もう試練は終わったよぉ」
気の抜けたような声でシェラがそう言うと全身を駆け巡っていた激痛が引いていった。
そして、私は床に倒れ込んだ。
痛みが抜けたと同時に力すらも抜けていったかのようだ。
もう私はこれ以上動くことができない。
「ふふっ、面白い人間もいるものだねぇ」
「……どういう意味ですか」
「この試練を乗り越えたのって君を含めて三人だけ、それもここ数日なんだよねぇ。剣の中から見てたけど、ベジルって気に食わない男と痛みを感じてる素振りすら感じさせなかったエレインって男、そして、君だよ」
実際に引き抜いていたベジルは当然として、いつエレインがこの剣を触れたというのだろうか。
ベジルに勝ったあと、彼は私にこの刀を渡してくれたのだが、そのとき柄を握っていたようには思えなかった。
「ま、いいんだけどね」
「……もう、あなたを手にしても問題ないということですか?」
「手にできるって資格だけ、多少の能力は使えるけれど本来の力が欲しければ血の契約を交わさないとね」
血の契約、そういえばエレインと戦っていたときベジルがそのようなことを言っていた気がする。
具体的にはどのようなことをするのだろうか。
ベジルができていないというところから察するに、かなり難しいことなのかもしれない。
「その、どのようなことをすればいいのでしょうか」
「血の契約っていうぐらいだから人間の、それも持ち主となる人の血が必要になるんだけど……」
「それ以外にも問題があるような言い方ですね」
「うち的には本当に使いこなせるのかって見極めたいなって」
「つまり、血液以外にもう一段階試練がある、ということですか?」
「おっ、察しが良いねっ。そういうことだよぉ」
おっとりとした言い方で彼女はそういった。
この痛みを超えるさらなる試練があるというのだろうか。私としては誰かと戦うといったこと以外ではそれなりに自信がある。
「もう少し詳しく、お願いできますか?」
「その言葉、後悔しないかなぁ」
「私にはこれぐらいしかできないです。それに私は剣聖の後継となる妹、後継者たるものは挑戦し続けなければいけません」
「へぇ、そんなにあの男のことが気になるんだぁ」
実際に精霊の姿が見えているわけではないが、それでも彼女は膝を突いてどこか興味深そうに私を見ている様子が頭に浮かんだ。
別に恋愛的ではない。私はただ彼の実力や経歴に関しては気になっているだけ、そのはずだ。
「……それとこれとは関係ありません。早く教えてくれませんか」
「わかった。一度受ける覚悟があるってことだね?」
「構いません」
額を伝う汗を袖で拭い、ゆっくりと立ち上がる。
先ほどよりも心拍が落ち着いている。精神的にかなり疲弊しているとはいえ、それでも限界が来ているというわけではない。
「それじゃあ」
そう声が聞こえた瞬間、刀身の漆黒がなくなり銀の光に輝く。
そして、顔を上げるとそこには女の子が立っていた。彼女の片目は禍々しい赤に光り輝いている。
「……うちの姿を見たってことはね」
「うぐっ」
その直後、腹部から鈍い痛みが走る。
膝蹴りを受けたような衝撃が全身に走る。
「へへっ、気持ちいいねぇ。この力を使うと」
自分でも何が起きたのかわからない。
目の前の女の子は攻撃の素振りを見せなかった。一体どこから攻撃をしてきたというのだろうか。
「……それがあなたの力、なのですね」
「うん。初見だとだいたいそんな反応よね。でも、これだけじゃないの」
すると、彼女がゆっくりと近付いてくる。
私はすでに試練が始まっていると思い、全身に力を入れる。
「あぐっ」
伸ばした膝が曲がった。
後ろから関節を蹴られたようだ。再び、私は床に膝を突く。
「ダメだね。そんなんじゃ……」
そう言って彼女の顔が私へと迫ってきた。
前かがみになって彼女が私の瞳を覗き込んできている。
動けない。動こうとすればすぐに彼女が攻撃をしてくるだろう。もう決着が付いたのだ。
「でも、わかってるでしょ。私の本当の姿」
「……影、ですね」
どのような攻撃をしてきたのかはわからない。しかし、どこから攻撃してきたのかはもう整理が付いている。それは影だ。
私の影に目に見えない影が攻撃した。
今、この部屋は夕日の光が差し込んできている。そして、私の影は一方向に広がっている。目の前に立っている精霊の影も一方向に。ただ一つだけ違うところがある。彼女の本体と影が同じ動きをしていない。
つまり、目の前に立っているのは本当の姿ではなく、床に伸びている影こそが彼女の本当の姿だと考えられる。
「おほっ、やっぱりすごいね。じゃあこれは?」
そう言って彼女の姿が消える。床に伸びていた影も消えていた。
一体どこに……
「はぐぅっ!」
直後、私の左目に激痛が走った。
内から外部に向けての強烈な痛み、先ほど全身に駆け巡っていた痛みすべてがこの左目に集約したかのようだ。
「耐えれる?」
「……ぐぅうっ。いけますっ」
流石に私も訓練でここまでの痛みは経験したことがない。自分の心臓がこのショックに耐えられるかもわからない。
もう無理だろう、それでも私は口に出さなかった。
ここで負けてはいけない。
私は剣聖である兄、エレインに見合う妹にならなければいけないのだから。
「あがぅ……」
左目を両手で抑え、床に転がる。
もはや理性なんて働いていない。自身の本能がこの痛みから解放されたいと懇願している。
「ふふっ、耐えてるねぇ。あともう少しだから、頑張ってねぇ」
そのシェラの言葉を聞いて以降、私の意識は朦朧とし始めた。
こんにちは、結坂有です。
エレインと肩を並びたいと願っているアイリス。
そのためには魔剣を手に入れる必要があるようですね。
そして、無事に手にした魔剣と契約を交わすことになりますが、果たして無事に苦痛を乗り越えることができるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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