変えたい欲求
足を捻ってしまったシンシアをコミーナが手当し、それから俺たちは国に戻ることにした。もう任務は終わった。
それから俺たちは正門を兵士の列に隠れてくぐり、誰にも見つからないように軍上層部が用意した馬車へと乗り込んだ。
警戒が解けたとはいえ、まだ俺には近づきたくないようで一席離れたところにシンシアトコミーナが座った。
「それで、任務は成功したのか?」
「……あなたには関係のないことだと思うけど」
「協力してんだからそれぐらい聞いてもいいだろ」
簡単ではあったものの、魔族と戦うという命を張った任務に協力をしたのだ。どのような成果が得られたのかぐらいは聞かせてくれてもいいと思うが。
「まぁでも実際に戦ったのはあなただから教えるわ」
コミーナがそう言うと前かがみになってメモ書きされた紙を渡してくれた。彼女がまとめた資料を見てみると非常に詳細に魔族の情報が書かれていた。今回の戦いにいた魔族の名前が書かれている。そして、種類別にどのような動きをするか、どこが弱点なのか。今後あいつらと戦うときに役に立つような情報が多く書かれていた。
俺も感覚的にはわかっているのだが、こうして文字で書かれることで改めて再認識される。
「ここまで分析できるとはな」
「これぐらいは普通だわ。自分で戦えばもっとわかると思うけど」
「はっ、そうかよ」
「ちなみに言っておくけど、あなたのことも分析したわ」
そう言って彼女はもう一つの紙切れを取り出した。
「勝手に分析とは気に食わねぇな」
「最初はあなたのことを疑っていたからね。当然よ」
すると、彼女はその紙切れを大切そうに胸ポケットにしまい込んだ。
どうやらその情報は俺には見せてくれないようだ。
まぁ自分でも知らない弱点があるとすれば、知っておきたいところだったがな。
「……私も見せてもらったから。ばっちり弱点も把握したわ」
俺の横でシンシアがそういった。
「俺だけ見せねぇってことか?」
「見たところでどうするつもりなのよ」
「その弱点ってやつを克服しようと思ってな」
「なら、なおさら見せるわけにはいかないわね」
するとコミーナがそう言って胸ポケットにしまい込んだ紙切れをさらにポケットの奥へと押し込んだ。
よほど俺に見せたくないのだろうな。
「まぁどうでもいいけどよ」
そんなやり取りをしていると馬車が停まった。どうやら軍の施設に到着したようだ。
扉を開けるとすぐに幹部の一人がやってきた。
「魔族の情報はどうだった?」
命をかけた任務を終えてきたというのになんの労いの言葉もなく話しかけてきた彼はそう任務の結果だけを聞いてくる。
その対応に不満を感じたのかシンシアがむっとしたがコミーナは顔色を崩さずに魔族の情報が書かれた資料を彼に手渡した。
すると、彼は資料をパラパラと流し見して確認する。
「……非常に助かる情報だ。次回の任務は追って連絡する」
そう言って彼は踵を返して司令本部の大きな建物へと歩いていった。
一体なんの情報が彼らに必要なのかはまったくわからないが、悪いことを企んでいるように感じる。
とはいえ、具体的にどのようなことを企んでいるのかわからない。本当はいいことをやろうとしている可能性だってある。魔族の情報を調べるというだけでは良いか悪いか判断はできない。
「何に急いでるんだろうな」
「わからないわ。私たちはただただ上からの命令に従うだけなんだから」
「まぁそうだけどよ」
彼女の言うとおりだ。兵士の一員である俺たちは彼らの言いなりにならなければいけない。
もちろん、彼らがやろうとしていることが悪いことであるのなら彼ら上層部には向かうつもりだがな。
「とりあえず、私たちも部屋に戻るわよ」
「そうね」
シンシアの一声で俺たちはさきほど資料を持って行った男と反対側にある建物へと向かうことにした。
この建物は軍上層部がよく出入りしている本部ではなく、兵士たちが主に利用する建物だ。中には兵士たちが居住できる場所の他に食事を取る食堂や日々のトレーニングができるような施設もある。
「コミーナっ、シンシアっ」
建物に入ってしばらく廊下を歩いていると俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
「リシア、今日は休みだったわよね?」
その女性はどうやらリシアという女性だ。彼女の手には二本の飲み物を持っている。昨日の段階で紹介されていたが、彼女の名前を聞くまで忘れかけていた。
「……ベジルと一緒、なのね」
「ええ、でも安心して。彼はそこまで敵対視しなくて大丈夫だから」
「はっ、警戒するに越したことはねぇけどな」
別に彼女たちを裏切るつもりはない。今までのやり取りから彼女たちは俺と同様にただ軍上層部に利用されているだけなのだろう。本当に腐ってやがるのは上層部の一部の連中だろう。
「そういうところが信頼できないって思われるのよ」
そう言った俺にコミーナがジト目を向ける。
「……それより、奥の休憩室にアイリスが来てるの」
「え? 本当に?」
「アイリス、昨日は帰ってこなかったけれど、大丈夫そう?」
「本人は大丈夫って言ってるけど……会ってみる?」
「ええ」
それから俺たちはリシアに案内されて今歩いている廊下の奥の休憩室へと向かうことにした。
そして、その休憩室の扉を開くとそこには前にも出会ったことのある女性が椅子に座っていた。
「……っ!」
アイリスは俺を見るなりさっと音を最小限にとどめて勢いよく立ち上がり、警戒態勢を取った。
以前から俺の攻撃的な行動ばかりを気にかけているからな。最初に出会ったときは同類が見つかったと心臓が高鳴ったものだ。
彼女の目を見ても敵意のようなものを感じるものの闘志というものが見られない。しかし、今の彼女には当時の牙がなくなっている。
「以前のこともあるけど、今は味方よ。私が保証するから安心してほしいの」
すると、俺の横に立っていたコミーナが前に出て彼女にそういった。
コミーナの言葉に聞いて小さく息をついた彼女はそっと腰に携えている剣から手を離した。柄を握っていたわけではないが、体に染み付いたくせといったところだろう。
「……わかりました。コミーナを信じます」
「お前、実力があるくせに自分から攻撃しねぇよな」
「はい。私には剣を握る資格がありませんので」
「なのに剣を携えているんだな。それも俺が置いていった剣を」
俺が剣聖と戦ったときに置いていった剣、正確には刀だが、それをなぜか彼女が持っている。
まぁ捨てた俺がなにか文句を言えた立場ではないか。
「これは剣聖であるエレインから頂いたものです。彼は私がこの剣を持つべきだと言っていましたので」
「建前か? 本音を言ってみろよ」
「……資格はないと考えていますが、自分がこの剣を持つべきだと思いました」
「そうか。わがままってやつだな」
「はい。それは自覚しています」
どうやらそれが本音のようだ。自分の思っていることがわがままだと自覚している上にそれにどう向き合うべきかも考えようとしている。さすがは俺と肩を並べただけはあるか。
まぁ今の彼女に当時の勢いがあるかは別だが、今のところは警戒しているだけで俺の敵というわけではなさそうだ。
「それより、アイリスはどうしてここに来たの?」
「シンシアたちの様子を見に来ただけです」
「様子見か。敵情視察ってわけか?」
「捉え方によってはそうなるかもしれません」
半分冗談のつもりでそう言ったのだが、アイリスから思ってもいない言葉が出てきた。
なんのことかと考えていると俺から少し離れて立っていたシンシアが彼女に鋭い視線を向けた。
「それって軍上層部と敵対するってことなの?」
「誰も軍と敵対するとは言っていません」
「だけど、この前の言い方からしてそう捉えられても不思議ではないわ」
続けてコミーナもそう彼女に問いかける。
「私は何を言われようと自分の意志を貫くつもりです。もし邪魔をするのなら……」
「もういいわ。アイリス」
俺の前に立ったコミーナが強くそう言った。
後ろ姿で顔の表情まではわからないが、その言葉には怒りに近い感情がこもっているようにも感じる。
すると、続けて彼女が話す。
「私たちはアイリスと敵対したくない。だからこれ以上は関わらないでほしい。そうでなければ剣を向けることになるから」
「……そうですね。もし考えが違えばそうなるかもしれません」
「面白いことをいいやがるな」
「ベジル、何を言ってるのっ」
「ここだけの話だが、俺も軍の上層部には懐疑的でな。お前らも同じなんだろ」
「……」
そう俺がシンシアやコミーナに話しかけてみる。
しかし、彼女たちは口を閉ざしたままだ。立場上懐疑的だと言えないからだろう。それでも彼女たちの様子を見てきて上層部に疑いの目を向けていることに俺は気づいている。
まぁ彼女たちのことだ上層部の連中には隠し通せているみたいだがな。
「どうでもいいことだけどな」
「……とりあえず、アイリスはもう帰ってほしい」
「ええ、そうします。ですが、最後に聞きたいことがあります」
「なに?」
「本日の任務、どのようなことだったのでしょうか」
その質問にコミーナは少しだけ俯いて口を閉ざした。
しばらくすると、彼女がゆっくりと顔を上げた。どうやら自分の中で考えが決まったようだ。
「……魔族の、いわゆる血の力について軍は調査したいそうよ。だけど、私たちにはよくわからなかったわ。私は見て得られるデータだけをただ集めただけ」
「目的はわかっていますか?」
「わからないわ。命令に従っただけよ」
初耳だが、当初俺のことを疑っていた彼女が目的をそう簡単に話すわけもないか。
だが、魔族の力について調べてどうするというのだろうか。俺たち人間にとってそこまで重要な情報でもないと思う。
まぁあいつらのことだ。それなりにご立派な理由でもあるのだろうな。
「そうですか。それでは失礼します」
「アイリス、これからどうするつもりなの?」
「……私はもうしばらく考えます」
そう言って彼女は休憩室から出ていった。
扉が閉まるとコミーナたちは小さく、それでいて重たくため息を吐いたのであった。
こんにちは、結坂有です。
また一日遅れとなりました。
しばらくは抜ける日もあると思いますが、できる限り毎日更新していきます。
アイリスとベジル、相反する存在でありながら、考えていることはどうやら同じもののようですね。
それでは次回もお楽しみに……
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