夕食の告白
その日の夜、俺、エレインはリーリアが市場で買ってきた食材で夕食を食べていた。
俺の横ではリーリアとレイが食事をしている。それはこのマリセル共和国に来てから変わっていない日常だ。しかし、今日に限ってはいつもと違う。
なぜなら俺の目の前には黒髪の少女、アイリスがいるからだ。もちろん、彼女も俺たちと同じように夕食を食べている。つまりはこの部屋に泊まっているということのようだ。
帰らなくていいのかと聞いてみたが、彼女は問題ないと言っていた。
理由を聞いてみるとどうやら彼女の仲間も今日は帰ってこない様子らしいからだ。どこまで彼女を信頼していいのかはわからない。ただ、彼女からは俺と似たようなものを感じるのは確かだ。それに嘘をついている様子でもない。
「あの、少し聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
夕食を食べながら、アイリスが俺の方をまっすぐに向いてそう質問してきた。
「なんだ?」
「先日のことになりますが、私の型を見てどう思いましたか?」
ベジルと戦ったあと、アイリスと二人きりになる瞬間があった。そのときに彼女は第四の型を見せてくれた。その型は幼い子供の頃に叩き込まれる十五の型の一つだ。
汎用性の高いものでもあり、それでいて体のすべての部位を最大限に活用した剣術の基本とも言えるものだ。剣術においては独自で発展してきたセルバン帝国ではあったが、あのようにまた見れるとは思ってもいなかった。
どうやらそのときの感想を聞いているのだろう。
「完璧と言っていいほどの出来だ。俺もあれほど完成されたものは見たことがない」
俺がそう言うと彼女は少しだけ頬を赤くして視線をそらした。
何も照れる必要はない。あの試験では第四の型が完璧にできなければ突破は難しいものだったはずだからな。
まぁそのことはあえて口に出さないほうがいいか。彼女もそのことはよく理解していることだろう。
「……ありがとうございます。よろしければ剣聖のこともお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
うつむき加減で視線だけ俺のほうを向けてくる。若干の上目遣いに可愛らしさのようなものを感じる。それは自然とそうなってしまっているのか、それとも狙ってそのような表情をしているのかはわからない。しかし、この質問は正直に答えたとしてもそこまで問題はないだろう。
俺の横に座っているリーリアが何も反応していないところを見るに、彼女からは悪意のようなものを感じていないのだろう。精神干渉を得意とする彼女の魔剣は俺ですら偽ることができないからな。
「別に大丈夫だ。何が聞きたい?」
「そうですね。訓練期はどのような生活をしていたのかと思いまして……」
いつもの堂々とした表情ではなく、少したどたどしさを出しているがそこは聞かないでおこうか。
それにしても訓練期のことを聞いてくるとはな。
セルバン帝国とは少し違う環境とは言え、大枠は同じと見ていいだろう。
帝国の訓練では幼少期から選抜までの訓練期間を”訓練期”、その訓練期である一定以上の成績を出した訓練生は地下特殊訓練施設へと送られ、そこでの訓練期間を”調整期”と呼ばれていた。
なぜ調整期と呼ばれていたのかはわからない。
大きくその二つの段階に分けて訓練生は育成されていく。まぁユウナから聞いた話なのだが、ほとんどの人は訓練期を終えると一般の兵士として招集されるのだそうだ。
「最高成績だと言ったな。アイリスと同じように訓練期を終えてからはいわゆる調整期に入った」
「そういった話ではございません。もっと個人的な話をしているのです」
興味津々なのか目を輝かせて俺の方を向いてくる。彼女からして俺の個人的なことなどどうでもいいことのようにも思えるが、どうやら彼女としてはそうではない様子だ。、
しかし、どう答えたらいいものかわからない。
正直なところ、訓練期の頃の話など俺よりもユウナのほうがよく知っている。横で美味しそうに食事をしているレイはそもそも部門が違うために同じ訓練内容ではない。
すると、無言のままの俺に気付いたのかレイがアイリスの方を見て口を開いた。
「はっ、エレインに訓練期のことを聞くのはやめておいたほうがいいぜ?」
そういった彼を横目で見ると俺に向かってアイリスが話しかけてくる。
「レイさんも同じくセルバン帝国の訓練施設にいたのですか?」
軽くうなずいてみせると彼女は続けてレイに向かって質問を始めた。
「……どうしてでしょうか? なにか悪いことでもしていたのですか?」
「話題になるようなことをしていねぇってことだ。調整期に入って最初の頃に自己紹介みたいなことをしてな。特に面白みのねぇ話だったのを覚えているぜ」
地下特殊訓練施設に入った直後にも自己紹介したが、その数日後にもどのような訓練を受けたのか話す機会があった。おそらくレイはそのことを言っているのだろう。
確かに思い返してみれば、ただただ訓練の内容だけを俺は答えていた記憶がする。
別に個人の訓練成果など自慢するようなことでもなかったからな。
「面白みのない話ですか?」
「ああ、ただただ出された課題を確実に終わらせたってことだけだぜ」
「すごいことです」
そう言って彼女はまた目を輝かせてレイの話を聴き込んでいる。
「しかしよ、地下訓練施設に来てるってことは俺も他の仲間も同じように部門の中で成績最上位だったんだ」
「……それぞれの部門で最上位の人を一つの施設に集めた、ということでしょうか」
「そうだな。アイリスのところでは少し違うのか?」
「はい。そもそも部門に分かれていたということもありませんから」
つまりは俺と同じようにすべての部門を含めたような訓練をしたというのだろうか。それとも汎用性の高い部門だけに絞ったというのだろうか。
どちらにしろ、セルバン帝国とは似て非なるものと考えたほうがいいかもしれにな。
「俺は身体能力を引き上げることに特化した訓練だったぜ」
レイはそのとてつもない腕力からわかるように身体能力の訓練を重点的に置いていたようだ。
「剣聖はどのような訓練だったのですか?」
「まぁ、全てを満遍なく指導されたな」
「すべて、つまりは全能なのですね」
なぜか誇らしげにアイリスがそういった。
俺と彼女との間にはまだなにもない。それなのにどうして彼女が満足そうなのかはわからない。
いや、最初からはいろいろと変だったな。
彼女はどうやら俺と何らかのつながりがあると思っているのだろうか。
「全能というのは少し言い過ぎな気がするが……」
「いいえ、エレイン様は全能に近い存在です」
アイリスの冗談に乗ったのかリーリアもそのように言った。
俺をおだてる必要などないのだが、一体どうしたものか。
「剣聖、他にはなにかありますでしょうか」
何かと言われても何を答えればいいのかわからない。当然だが、こうして訓練のことを誰かに話たりすることは滅多になかったからな。
自分語りということもしたことがない。
「と言われても、俺の話はとりたて盛り上がるような話でもない」
「私としてはとても気になります」
そう言われても困るものは仕方ない。ならば、ここは話題を変える作戦に出たほうがいいだろうな。レイもこれ以上俺のことを援護してくれるつもりはないようだしな。
「……ところで、剣聖と呼ぶのはこれから控えてくれないか?」
「どうしてでしょうか」
思いつきでそう言ってしまったが、理由については特に考えていなかったな。
「エレイン様は剣聖であるがゆえにあらゆる人から狙われる存在でもあるのです。そのため、剣聖という呼び名は公的な場所以外では避けてほしいのです」
すると、リーリアがそれらしい理由を言ってくれた。
「やはり、狙われるのは本当なのですか」
「まぁいろいろとな」
「……それではなんとお呼びしたら良いでしょうか」
「好きに呼ぶといい」
別に呼び名などどうでもいいことだ。それに俺とアイリスとではなにか似ているところがある。今後のことを考えるとお互い呼びやすい名前で呼んだ方がいいだろう。
「でしたら……」
そう言ってアイリスが俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。何かを決心したかのようなそんな感じにも見える。しかし、何を決心したのかは俺にはわからない。
それにさきほどの会話ではそこまで重たい内容などなかったようにも思えるが……
「お兄様、と呼んでもよろしいでしょうか」
「それはっ」
真っ先に反応したのは俺でもレイでもなく、リーリアであった。こういったときにすぐ反応するのは決まって彼女だ。それ自体に驚くことはないが、今回に限っては状況が少し違う。俺とて彼女と同じような感想を持ったからだ。
こんにちは、結坂有です。
あけましておめでとうございます。
新年早々ですが、今年最初の回となりました。
今まで謎だったエレインたちの訓練のことについて徐々に情報が解禁してきましたね。まだまだ深いなにかがありそうですね。
そして、早速のアイリス妹発言です。
今後の二人の関係が楽しみにですね。
それでは今年もよろしくおねがいします。
次回もお楽しみに……
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