無意識下の作戦会議
私、アイリスは剣聖エレインの従者であるリーリアとともに宿の部屋に戻っていた。もちろんだが、その宿というのは剣聖の泊まっている場所だ。
中に入ってみるときれいに整頓された空間が広がっていた。いつでもこの国を出ることができる状態となっている。しかし、話を聞いてみるとしばらくはこの国に滞在するらしい。
昨日の段階で剣聖が言っていたことだ。どうやら本当にしばらくの滞在を決めたのだろう。
「剣聖はしばらく滞在すると言っていました。その理由はなんですか?」
私はふと思った疑問をそうリーリアに聞いてみることにした。
先ほどの対応からも私に対しては特に警戒している様子はなく、普通に仲間のように接してくれる。
ほぼ初対面という私に対してそれほど警戒していないというのは妙ではあるが、話を聞いてみない限りはわからない。
「そうですね。いくつか理由はありますが、この国はまだ隠していることがあると踏んだからです」
「隠していることですか」
「ええ、私はアイリスさんのこともまだよくは知らないですからね」
「私、ですか?」
「はい。アイリスさんからはエレイン様と似たような雰囲気が漂っていますよ」
なにか変なことをしている自覚はないのだが、彼女からすると私からは剣聖エレインと似たような印象を受けたようだ。
その言葉を聞いて若干の嬉しさのようなものを感じた。しかし、そのようなことを考えている場合ではないためにそれを振り払うことにした。
すると、リーリアは窓際のベッドの上に座って大きく息を吸った。
「……何をしているのですか?」
「なんでもありません。このことは内緒ですよ」
指を口に当てて言わないようにと釘を刺されたのだが、私には彼女の行動がなんなのかわからない。
それはさておき、本題はそんなことではない。
「話を戻しますが、この国の、それも軍司令部の考えていることは知っているのでしょうか」
「いいえ、わかっていません。数日ここに滞在していますが、悪いことを考えているようには思えませんでしたので」
ということは特に軍司令部の考えていることは調べていないようだ。
まぁ私も詳しいわけではないけれど、別に悪いことをしているとは思っていない。少なくともファデリードのやろうとした特殊剣士育成計画はある程度の実績を出し、成功していると考えているからだ。
「そうですか」
「軍司令部のことを知るためにもエレイン様とレイさんはその本部へと向かわれました。詳しいこともそこでわかると私は考えています」
「……司令本部に向かったのですか?」
「はい。今朝、使者という女性が呼びに来てくれました」
つまりは剣聖エレインは軍司令部に向かっているということだろうか。
剣聖を排除するようにという指示が出ていることを彼女を含め知らないはずだ。すぐに行動に出るとは思っていたが、私が寝ている間に随分と思い切った作戦を実行したものだ。
翌々考えてみれば、彼ら剣聖一行は軍司令部に対してそこまで警戒していない。むしろ良好な関係を築けると考えている。その考えを逆手に取って、自分の巣に誘うというのはなんとも姑息なやり方にも思える。
シンシアたちがそのような作戦を考えるとは思えないが、どちらにしろ、起きたことには変わりない。
「……それはいつ頃の話ですか」
「今から三時間ほど前になります」
ということはすでに司令本部に剣聖エレインが到着している頃だろう。
ここから歩いたとしても二時間はかからない。
「あの、なにか問題でもあるのでしょうか」
そういったリーリアはすぐにベッドから立ち上がり、私の方へと真剣な眼差しで見つめてくる。
落ち着いている様子の彼女だが、内心では剣聖エレインのことを心配しているらしい。
従者なのだとしたら当然の反応とも見える。
しかし、そんなことはどうでもいいことだ。司令本部でどのような扱いを受けているのかはなにもわかっていない。
「……軍司令本部から剣聖一行の排除指示が出ているのです。命令ほどの強制力はありませんが、排除しようと画策しているのは確かです」
「全くそのような素振りはなかったです。一体何があったのですか?」
「説明は後でします。今は……」
そう言って私は扉を開こうとした瞬間、扉を挟んで二人の誰かがやってきた。
「っ!」
とっさに警戒した私は鞘を持ち、刀の柄を握ろうとした。
しかし、引き抜くことができない。そもそも柄に握ることすらできていない。恐怖によってではなく、心から握るなと抑制してくるようだ。
ガチャッ
戦闘態勢に入れないでいる私を無視して扉が開いた。
「……エレイン様、ご無事でしたか?」
扉を開いたのはどうやら剣聖エレインだったようだ。その後ろにはレイという男の人も立っている。
急激に動き出した心拍が徐々に落ち着くのを感じる。
どうやら焦ってしまったようだ。普段はこのようなことにはならないのだが、剣聖エレインのことになるとどうしても理性がうまく働かない。
「無事だったが、面倒なことになった」
「軍司令部の連中、魔の力を利用しようと考えてるらしいな。それも共和国議会に隠れてな」
そう剣聖の後ろからレイが本部での出来事を愚痴のように伝える。
思い返してみれば、シンシアが私に渡してくれた指令書には今までの方針と大きく外れたものとなっていた印象だ。
ファデリードの特殊訓練に関しては国も支援してくれたとも言っていた。しかし、魔族の力を利用しようとする研究や実験を議会が承認するとは思えない。聖剣を使って自ら聖剣使いを育成するという長期間の計画が台無しになってしまうからだ。
よくよく考えてみると妙なことばかりが起きている。
「……それでいつまで構えているつもりだ?」
すると、剣聖エレインが私に向かってそう言った。
自分の体を見てみると姿勢を低く、腰を下げて前傾姿勢。そして、鞘を後ろにして抜刀の構えをしたままであった。
「っ! 失礼しました」
つい自分の思考に耽ってしまった。
戦闘をしているというわけでもなく、今の私はただただ間抜けな人のように見えたことだろう。
若干の恥ずかしさを内に隠しつつ、私は姿勢を戻すことにした。
「へっ、それよりエレイン。これからどうするんだ? やることは二つしかねぇみてぇだが」
「あの男の言っていたようにおとなしく本国のエルラトラムに戻るか、観光をするかの二択だったな」
「俺としてはこのまま帰るってのは釈然としねぇな。観光するってのも時間潰しな気がして乗り気ではねぇ」
彼らがここに来たのは旅行ではない。仕事があっての訪問だ。
もちろんだが、この国は他国にないような特殊な環境ということもあり、観光にも力を入れているのも確かだ。
良い歴史と悪い歴史の両方が混在し、人類の歩みというものがよく分かる。とはいっても、それらは他の人の又聞きでしかない。私は他国を知らないからだ。
「どうされるおつもりですか?」
「……アイリス、軍司令部とは関係があるのか」
「私、ですか?」
「そういや、お前のことは何も知らねぇな」
立場という点では私は軍司令部の指揮下にあると見ていいだろう。しかし、私はシンシアたちの前で軍司令部の指令には従わないとはっきり言った。
指揮下にはあるものの、私自身は自らの意志で行動する。そういった意味では指揮下にあるとは言えないのかもしれない。
「私は……軍司令部の指揮下にあるという立場ではありますが、今の司令部に従うつもりはありません」
そういうと剣聖エレインとレイは私に向かって鋭い目を向けてくる。
何かを見定めるようなその視線に若干気圧されるも私はまっすぐと彼らの目を見る。
嘘をついているわけではないからだ。
「それなら、俺がこれから言おうとしていることも大体はわかるな」
「……」
「司令部の一件は任せる」
私の返事を聞かないままに剣聖エレインはそう言って歩いていった。
口ではやり取りしていない。それでも彼の言いたいことは理解した。戦うことのできない私にできることは確かにそれぐらいしかないだろう。
すると、彼が向かった先はさきほどリーリアが座っていた窓際のベッドで腰に携えていた二本の剣を下ろすと彼はそこに座った。
その時、私はリーリアが先ほどしていたことの意味も理解してしまったのであった。
こんにちは、結坂有です。
剣聖であるエレイン、そして、この国での最強アイリスのちゃんとした出会い。
やはり二人には通じる何かがあるようですね。
今後の関係は面白そうになりそうです。
それでは次回もお楽しみに……
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