思想は伝来して
第三会議室の扉をノックして開くとテーブルを挟んで三人の男性が座っており、その両端に二人の女性が立っている。もう一人どこかに潜んでいるようだが、その人は俺の視界にはいない。
「エルラトラムからの長旅、苦労したことでしょう」
そう三人の男の一人が俺たちに話しかける。
「その携えている重たい剣を置いて、ゆっくりと話でもしようではないか」
「……その前に俺たちをここに呼んだ用件はなんだ」
「用件ですか」
「へっ、なんの用もなく俺たちを呼び出したのか?」
レイが苛立ちを顕にしながらそう言った。
確かに目の前にいる男三人の態度は彼の苦手な人物になるだろう。とはいえ、用件も言わずに、武器を置いて話をしようなどというのはおかしな話だ。
「では、率直に言おう。君たち剣聖一行は魔族なのか?」
「またその話かよ」
その言葉を聞いて呆れたようにレイがつぶやいた。
黒髪の少女アイリスからも同じようなことを聞かれた。彼女は俺たちが人間であることを確信したように思えたが、彼女とは違う立場の連中なのだろうか。
どちらにしろ、俺たちの誤解を解くことが先決だな。
いや、ここまで入念に聞いてくる事自体が不自然に思えてきた。その言葉の裏になにかあるのかもしれないな。
「……もし俺たちが魔族だとしたらどうするつもりなんだ?」
「まさか、魔族に聖剣も持ってねぇお前らが対応できるとでも思ってんのか?」
俺の話の意図を知ってか知らずかレイが便乗するように声を出した。
すると、目の前の一人が肘を付いて興味深そうに俺たちを見つめてくる。
「君たちが魔族なのだとしたら、我々は歓迎しよう」
「どういう意味だ?」
男の一人がその言葉を言った途端、両端に立っていた女性が不審そうな顔で男たちを見るが、すぐに俺たちの方へと向き直った。
その様子から察するに男が上の立場なのだろう。そして、上の考えを彼女たちはよく知らない様子でもある。
「意味を答える必要は今はないでしょう。それで、君たちは魔族なのか? それとも……」
「正真正銘の人間だ。悪いが魔族ではない」
「そうか」
そう言って男の一人が足を組み替えた直後、上方から強烈な殺気を感じる。この殺気はかつての地下訓練施設の頃のそれに匹敵するようなものだ。
ブヴォン
重たく空気が振動した。
横を見てみるとレイが剣を引き抜き、上方から奇襲を仕掛けてきたもう一人の女性に切っ先を向けていた。
「幼稚な奇襲だなっ」
「っ……ふっ」
短剣を向きを変え、女性は俺の方へと瞬時に投げつけてきた。
気配を直前まで隠し、俺の注意を逸らそうとしたのだろう。しかし、その程度のことは想定の範囲内だ。
カシャンッ
聖剣イレイラを鞘に収めたままベルトから引き抜き、飛ばされた短剣をはたき落とす。
「……殺意のある攻撃、これはどういう意味なんだ?」
「意味、そんなことは決まっている。君たちが人間だからだ」
さも当然かのように男の一人がそう椅子に座ったまま言った。
この男からは思い出したくもない雰囲気が漂ってくる。あのブラドを追いやった隊長だ。魔族と協力し、私利私欲のために聖騎士団を乗っ取ろうとした男だ。
目の前の三人からはその隊長と同じようなものを感じる。
「まさかとは思うが、魔族と協力しようとは考えていないだろうな」
「協力? もちろん、そういうわけではない。利用させてもらうのだ」
「利用だ?」
「我々は魔族の力を評価している。その力を人間に取り込むことができれば聖剣など必要ないでしょう」
ナリアの一件もある。
確かに魔の力を取り込むことでそれ相応の力を得る事ができるのはセシルを見ても、マナを見てもわかることだ。
そして、彼らはヴェルガーで行っていたようなことを実行するつもりなのだろうか。
「悪いが、その計画は破綻する。魔の力を取り込むことで強い力を手に入れることは可能だ。しかし、その力に適応できる人間でなければいけない」
「……そのことも調査済みだ」
「あ? 何企んでやがるんだ」
「セルバン帝国のやり方では確かに強力な人材は育成できる。そのために聖剣との適正を考え、人材を見つけ出すのに随分苦労した」
どうやら彼らは俺たちがセルバン帝国でどのような訓練を受けてきたのか知っているようだ。
どの程度詳しいのかはわからないが、それなりに知識があると見ていいだろう。
「だが、それだけでは不十分だと我々は気付いた。強力な人材などそもそも必要ない。的である魔族の力さえ手に入れれば彼らと対等になれる」
「それに加え、聖剣などという不安定な力に頼る必要もなくなる。全ては我々人類が自立するためのことだ」
「実現できるとでも思ってんのか?」
「ええ、もちろん」
彼らはまだ知らないだろう。
魔の力がどの程度のものなのか、そして、それが人類を根本から破壊するようなものであるということも知らないのだろう。
並の人間がその力に取り込まれれば魔族化してしまう。人間的な精神ですらも魔族のそれに置き換わり、知らない間に魔族へと変貌してしまう。
ゼイガイアがどのようなことを企んでいたのかは知らないが、最終的には魔族のために自らの命を捧げようとするようになる。簡単に言えば、洗脳のようなものに近い状態になるのだ。
「そのような考えを持っているとはな」
「このことは共和国議会も納得することでしょう。聖剣取引を意地でもしたい彼らはこの方法をまだ知らないのだから」
この国は聖剣取引を成功させるためにかなりの資源を割いてきたとここ数日で実感していた。
共和国議会としては聖剣を自らの軍に取り入れたいと考えているが、軍司令部としては魔の力を取り入れたいと思案している。それも秘密裏に実行しているようだ。
「……お前ら、それでも人間か?」
「人間だとも」
「本気でそんなこと言ってるんだとしたら……」
俺は前に歩き出そうとしたレイを引き止める。
「待て」
「こいつらこそ人類の敵じゃねぇのかよっ」
「ここで俺たちの能力を見せるわけには行かない。わかるな?」
「……」
俺がそう言うとレイは少しだけ考えた。
ここで俺たちが聖剣や魔剣の力を発揮することは相手に俺たちの情報が知られてしまうということでもある。
ベジルとの戦いではほんの少しばかり能力を使ったが、他に誰かに見られているというわけでもなかったからな。
だが、今回は違う。
目の前にいる三人の男、そしてそれなりの実力を持っているであろう三人の女性。そのほかにこの部屋を取り囲んでいる数百人の兵士たちのこともある。
全員を瞬殺することは可能とは言え、そんなことをしていい状況でもない。
「はっ、確かに状況が悪いな」
「……我々としても剣聖に刃を向けることはこれ以上しないつもりだ。聖剣取引を中止させるには十分な脅迫ができたことだしな」
確かにこのまま俺たちがエルラトラムに戻れば聖剣取引は取り止めになる。魔の力を利用しようとしている連中が軍上層部にいる時点で不可能なのだ。
そうなれば、共和国議会は軍上層部の提案を嫌でも承認することだろう。全ては軍司令部の思惑通りに進むということだ。
「それと、君たちの行動は常に監視されている。妙な動きをすれば我々も次なる手を考えている」
「……」
「その目はわかっているということだな。それなら妙な動きはせず、おとなしく本国に戻るべきでしょう」
「まぁ、観光程度ならしていっても構わない。この国はエルラトラムにはないものばかりだろう」
そういうとまた男が足を組み替える。
図々しい態度からはその性格を表しているようだ。
確かに彼の言うように俺たちができることはかなり制限されているらしい。おとなしく帰国するか、観光をするかの二択のようだ。
もし妙なことでもしようものなら彼らは共和国議会を襲撃しようとでも考えているようだ。
当然ながら、国の軍事をここの組織に一任しているこの国からすればそれこそ言いなりになるしかないだろうからな。
だが、そのような無茶な行動を今しないというのは市民の目も大きいということでもある。どちらにしろ、今の状況では俺たちの自由はないと見ていいか。
「ちっ」
レイが大きく舌打ちをするのが聞こえた。
彼らの態度もそうだが、考えや思想そのものもおかしいと思っていることだろう。
魔の力をよく知っているからこその反応だ。
「レイ、荒事は避けるべきだ」
「わかってるぜ。そんなこと」
そう言うと彼は剣を鞘に戻して、男三人に強烈な殺気を込めた目で睨みつけるとさっと踵を返した。
俺も彼に続いて第三会議室から出る。
なんとも嫌な状況ではあったが、この国の大きな問題が浮き彫りになったのも確かだ。
どうにかしてこの問題を解決したいのだが、今の状況では荒事は避けられないだろう。
まぁ今俺たちができることは宿に戻ってゆっくりと考えることぐらいか。
こんにちは、結坂有です。
やはりこの軍司令部はとんでもないことを考えていたようですね。
ヴェルガーで考えられていたようなことを実行しようとしている、剣聖は果たしてそれを阻止することができるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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