戸惑いを振り切って
ベジルがファデリードを倒してから翌日、私はベッドの上で目を覚ました。
横を見てみると、すでにシンシアたちはいない。
いつのまに出かけたのだろうか。今まで誰かが動く気配に目を覚まさなかったときはなかった。
いや、思い返してみれば夢の中で剣聖と……
そんなことを考えている場合ではないか。とりあえずはベッドから出て書き置きなどがないか見てみる。
しかし、これといったメモのようなものは見当たらなかった。
「……」
昨日の作戦会議のことを思い返してみる。
私は積極的に話し合いに参加してはいなかったが、音としては記憶している。その中からキーワードを取り出してみる。
昨日の話し合いではベジルを倒すことは後回しにするそうだ。どこに向かったのかわからない上に、以前とある場所で惨敗したことがあるからだ。彼を倒すのは三人だけでなく、数の暴力によって制圧するほうがいいと判断したそうだ。
まぁ彼女たちはベジルと剣聖が戦っていたところを直接見ていないらしい。というのもあってか剣聖を倒すほうが手っ取り早いという結論になった。
確かに私も彼女たちの立場になって考えればそう考えることだろう。見える距離に剣聖がいるのだ。彼を狙わないという選択を取るのは当然のことだろう。
「……っ!」
となれば、すでにシンシアたちは剣聖を倒すに向かったということなのだろうか。
慌てた私は窓のカーテンを開ける。
剣聖一行を倒すとなれば、軽く暗殺まがいなことをするのは不可能。彼らは気配に敏感だ。そのような手段では倒すことはできない。
窓の外を見て、剣聖が泊まっているであろう宿へと視線を向けてみる。
どうやら騒ぎは起きていないようだ。つまりはあの宿で攻撃を仕掛けたと言うわけではないのだろう。
若干の安堵を拭い去り、私は急いで支度した。
寝起きで絡まった髪を手櫛で軽く整え、服を着替えた私は引き抜く覚悟もないままに剣聖から託された魔剣を携えた。
「しっかりしないとですっ」
自分にそう言い聞かせるようにして軽く頬を叩いた。
これから私がしようとしていることは見方によっては仲間への裏切り行為に見られるだろう。
だが、それでも私は剣聖を守る使命がある。そう私の直感が、心が訴えかけてくる。
それから私はすぐに宿を出て、彼女たちを追いかけることにした。とはいっても手がかりになりそうなものは一つもない。
今の私にできることは彼女たちや剣聖一行の動きを推測するしかないだろう。
とりあえずは市場の方へ顔を出してみることにした。
市場に向かってみるが、特に変わった様子もない。ベジルが暴れたということもあって、しばらくは兵士たちの警備が厳重になっている以外はいつもどおりと言った様子だ。
「……アイリスさん、ですか?」
そう市場の中を歩き回っていると後ろから声をかけられた。
監視している頃から何度も聞いてきた澄んだ声、剣聖エレインの従者であるリーリアだ。
「……」
彼女は私の名前を知っているらしいとはいえ、私はどう返答すればいいのかわからない。
とりあえずは「そうです」とだけ答えることにした。
すると、彼女は近付いてきて小さく頭を下げた。
「先日の一件、ありがとうございました」
「私は特に何もしていないです」
「そうなのですか?」
「はい。私のなか……友人が手配したおかげですので」
そう事実を述べる。
あの一件についてはほとんどシンシアたちがしてくれた。後処理や事情説明もすべてだ。
私がしたことといえば、剣聖エレインを安全な、目のつかない場所へと連れて行ったぐらいだ。
「ですが、エレイン様の側に付いていました。それだけでも私からすれば感謝するに値しますよ」
そう爽やかな笑顔でいう彼女に私は少し驚いた。
「……あの、剣聖はどちらにいるのでしょうか」
「今は別のところへと向かわれております。私はここで食べ物を買っていたところです」
「そこまで教えてもいいのですか?」
「はい。隠すようなことでもありませんし」
確かに隠すようなことでもないだろう。
しかし、それでもなんの警戒もなくこう話してくれるのには違和感すら感じる。
考えられるとすれば、剣聖エレインが私に対してはそこまで警戒しなくてもいいと伝えているのだろうか。
「……そうなのですか」
私がそう考え込んでいるとリーリアが首を傾げて私の方を向いてきた。
「エレイン様になにか用件でもあるのですか?」
「用件、というほどでもありませんが、少し注意された方がいいと伝えたいだけです」
「でしたら、エレイン様が帰って来られるまで宿で一緒に待ちますか?」
「一緒に、ですか」
「はい」
そう真っ直ぐな目でリーリアは私を見つめてくる。
その時、私はあらゆる可能性を考え、少しばかり逡巡したものの私は剣聖一行の泊まっている宿へと向かうことを決断したのであった。
◆◆◆
俺、エレインはレイとともに軍司令本部へと向かっていた。
今朝、なんの前触れもなく軍関係者と名乗る女性から司令本部に向かってほしいと言われた。
リーリアがその受け答えをしたのだが、やり取りを聞いてみるとかなり真面目そうな印象だった。その時は準備などがあるためすぐには向かうことができないと答えてくれた。
まぁ昨日のベジルの一件もある。司令部としても俺たちからなにか聞き出したいと思っているのだろう。
そして、しばらく大通りを歩いていると軍司令本部の建物が見えてきた。
その建物を見てレイが俺の方を向いた。
「軍司令部ってのはエルラトラムでいう議会みたいなところか?」
「いや、ここではエルラトラムのように一箇所に権限を統括しているわけではない。それぞれ権限を持った組織が独立して国を運営している」
「……それって大丈夫なのか?」
「なにがだ?」
すると、彼は頭を掻きながら答える。
「権限を持った連中が暴走したりしねぇのかってことだ。エルラトラムのときもあっただろ?」
「まぁ可能性としてはないとは言えないな」
つまり、彼がいいたいのは大きな権限を持った上層部が無茶苦茶なことをしないかどうか気にかけているらしい。
確かに独立させることでデメリットもあるだろう。
しかし、即応能力を高めるにはこのように独立させた方がいい場合もある。特にこの国は急激に発展してきている。
集権的な組織から分権していこうとしているのだろう。
「とはいえ、この国を見ている限りだとそこまで悪い方向には進んでいないように見えるがな。おそらくは権力が暴走しないように監視役がいるのかもしれない」
「そう見えるだけかもしれねぇぜ?」
「……レイの言うようにその可能性もあるな」
大きな事を考え、実行しようとする連中ほど目立たないことがある。目立つことで反感が生まれるのを防ぐためだ。
戦略的にはその方が都合がいい事が多いからな。
「そのあたりのことも調べるのが俺たちの役目でもある。この国と聖剣取引をしても問題がないのか、それを確かめるんだ」
「そういや、そうだったな」
レイはそう言って前に歩き出した。俺もそれに続くように歩く。
そして、司令本部の門番へと招待状を見せると門を開けてくれた。
「第三会議室はエントランスホール右手の通路、その突き当りにあります」
そう言って俺たちが向かうべき場所を簡単に伝えてくれた。
「やけに丁寧だな」
「……それよりも周囲の殺気が強いのが気がかりだがな」
「聖騎士団本部も似たようなものじゃねぇか」
「緊張感がある、というだけでもなさそうだが……」
「行かねぇと何も始まらない、だろ?」
レイはそう言って拳を突き出してくる。
確かに彼の言うように行動しなければなにも変わらないからな。
俺たちは今は何も考えずに言われたようにその第三会議室へと向かうことにしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
三日ぶりの更新となっていました。
更新をしばらくお休みしたこと、申し訳ありませんでした。
この国の、軍司令部の考えることが徐々に明るみに出てきましたね。
どこかと同じようなことを考える人がマリセル共和国にもどうやらいるようです。
果たして、これからどのようになっていくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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