意志の居場所
私、アイリスはひと足早く宿へと戻っていた。もちろん、剣聖エレインたちの泊まっている宿をみることのできる場所だ。
まだシンシアたちは戻ってきていない。ファデリード司令のことを兵士たちや上層の人たちに伝える必要がある。しばらくは戻ってこないだろう。本当であれば、上層でもある彼の事情を考えれば、おそらくは他殺と処理されることはない。
どちらにしろ、今私の考えるべきことはベジルをどうするべきかだけだ。
剣聖から託されたこの魔剣と呼ばれるものがどれほどのものなのかもよくわかっていない。
柄を掴むことで契約が発生する。そのときに内に宿る精霊との試練も始まるのだそうだ。その試練を超えなければ、この剣を持つことができない。
彼は私にこれを持つほどの資格があると言っていたが、それでもまだ私には覚悟ができていない。剣を持つことに恐怖に似た感情を持っている私がこの剣を持つべきなのか、私にはわからないでいたからだ。
それもあって、この宿に戻ってから一時間ほど魔剣とにらめっこを意味もなく続けている。訓練生時代の私であれば、おそらく躊躇することなく掴んでいたことだろう。失敗すればそのときはその時だと割り切ることもできたはずだ。
今の私には度胸もなければ、実力もないのだから。
それからしばらくするとシンシアたちが戻ってきた。
ファデリードのことを聞くと上からの命令によって他殺とはならなかった。鋭い刃によって深く斬り込まれたこともすべて隠蔽ということになった。
ベジルのことを聞くと、どうやら彼は施設の放棄とともに死んだとされているからだ。つまりは存在しない”幽霊”によって殺されたことになる。釈然としないものの、書類上ではそうするしかないのだろう。
「そうだろうと思っていました。ですが、上層の人はベジルのことを知っているのですか?」
私がそうシンシアたちに聞いてみることにした。
推測ばかりではなにもわからないからだ。
「あの様子だと知っていたでしょうね」
「ええ、幹部の一人が死んだっていうのに動揺の一つも見せなかったわ」
昨日の段階で、いやもっと前から彼はベジルと言う男と戦うことを告知していたのかもしれない。
それに彼女たちが兵士を呼んでくる前からすでに準備をしていたような素振りがあったということからも事前になにかの指示があったと考えられる。
「そうなのですね。わかりました」
「それで、私たちにも指示が出たのよ」
「どのような指示ですか?」
私がそうシンシアに聞くとある資料を手渡された。
「そこに書かれていることを遂行するよう命令されたわ」
すると、彼女は剣の柄を強く握った。
私は恐る恐るその資料を開いてみる。
そこには私たちのこれからの立場の説明が長々と書かれていた。そして、一番最後の項目にはこう書かれていた。
『ファデリードの死に関わった人物の完全排除』
その対象となっている人物がベジルと剣聖一行だった。
「待ってください。これは誰からの命令ですか」
「国の、軍司令部の総意なのだそうよ」
軍司令部、つまりはファデリードの所属している部の全体が出したことなのだという。
だが、それにしては明らかにおかしい点がある。
第一にこの件に巻き込まれた剣聖一行がどうして排除の対象にならなければいけないのだろうか。
ベジルの件は仕方ないとして、剣聖までも殺す必要はないだろう。
それに、私の意志としては彼を殺したくはない。
「……私たちはファデリード司令専属の部隊。軍直属というわけではありません」
「だけど、こうして指示書が出てきたのよ。それに従うしかないでしょ」
彼女の言うことは当然のことのように思える。
私たちはとてつもない資源を費やして育成された超特殊部隊だ。世界でも類を見ないような実力も持っていることだろう。
こうして特殊部隊の人間になるように生まれたときから厳し過ぎる教育を受けてきた。しかし、それでも私たちは人間だ。一人の人間としての権利は持って当然だろう。
「私はこの指令書に反対します。ベジルは確かに問題を起こしましたが、剣聖はなにも問題を起こしていません」
「それはそうだけど……」
「アイリスの言いたいことはわかるわ。でも、わがままを言える立場でもないことも確かなのよ」
多大な資源を投じて育てられた私たちはこの国のために生きるべきだ。そして、この国のために生きるということは共和国軍司令部の言いなりになるということでもある。
私はそんな人生を歩みたいとは思わない。
もっと大きなことに尽力したいと考えている。この国だけでなく、聖騎士団や剣聖のように人類のために。
「私たちの調査で剣聖エレインが魔族であるという証拠はありませんでした。それにここで剣聖を殺すことで人類にとって不利益にしかなりません」
「この国にとってはファデリードの死を知る数少ない人物よ」
「それが何だというのですか? 口封じに殺したとして、千体もの魔族を一人で相手できる逸材を排除するのは間違っていると思います」
「……アイリスは軍司令部の意志には反対、そう言いたいの?」
「はい」
私はそう断言した。断言するしかなかったのだ。
剣聖エレインが今後、人類が魔族に勝利し続けるために必須だと考えている。それに私たちは魔族に対抗するために特殊な訓練を受けてきた。人を殺すために生まれ、育てられたわけではないのだ。
「アイリスがそこまで言うのなら何も言わない。けれど、私たちはこの国のために戦うと一度誓った」
「……」
「私たちの活動の邪魔だけはしないと約束できる?」
コミーナがそう私に条件を突きつけてくる。
当然だが、私が彼女たちの邪魔をしないという保証がない。司令部の意志に反する考えを持っている以上、言質を取るのは普通か。
「はい。あなたたちの邪魔はしないと約束します」
長年ともに訓練してきた彼女たちだが、全員が同じ意志のもとで訓練を続けてきたわけではない。
それぞれの思いがあるのは当然だ。
私がそう言うとコミーナがじっと私の目を見つめる。言葉の真意を読み取ろうとしているようだ。しかし、私は強く彼女の目を見返すつもりはない。
なぜなら彼女たちの邪魔をしないというのは本心だからだ。
「……わかったわ。アイリス」
「よかった。喧嘩しなくて」
少し離れたところからリシアがそういう。
私もここでコミーナたちと喧嘩するのは避けたかった。今の実力で言えば、私よりも彼女たちのほうが強い。喧嘩をしたところで私に勝ち目など一切ないのだ。
「とにかく、この司令部の指示どおりに動くには作戦を立てる必要がある。すぐにでも作戦会議を始めましょう」
コミーナがそう言って私から離れると話し合いを始め出した。
もちろん、私を抜きにしてだ。
私は窓の外を見て剣聖エレインたちが泊まっている宿の方を見た。
目を閉じ、あの宿の内部へと意識を向ける。声や音が聞こえるわけではないが、剣聖一行も話し合いをしている様子だ。
私はそれを感じ取るとなぜか安堵した。
いや、正確には剣聖エレインの気配に落ち着きのようなものを意識するようになっている。誰かに抱かれているわけでもないのに温もりのようなものも感じる。
洗脳、ではないだろう。おそらくは幸せを感じているのだろう。
つまり、私は剣聖に対して幸せを感じている……
「……」
窓に反射した自分の顔を見て、私は首を振った。
こんにちは、結坂有です。
今回はアイリスの考えがよくわかりましたね。
これから彼女はどのような生き方をしていくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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