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自分たちの問題

 私、アイリスは建物の影からずっと見守っていた。

 剣聖と呼ばれる人物とベジルという男の戦いをだ。そして、私は気付いた。おそらく剣聖は私たちと同じだということだ。

 エルラトラムが特殊訓練施設を持っているという話は全く聞いたことがない。ファデリードから聞いた話ではマリセル共和国とセルバン帝国だけだと聞いている。エルラトラムはすでに高度剣術学院なる剣術を学ぶ最高機関を持っているのだという。

 ファデリードの話を信じるのならエルラトラムであのような技術はみにつけることができないということだ。


 そこで私はある仮説を立てた。

 セルバン帝国は事実上滅んでしまった。実際の都市があのような山上になっていた。それはいくつもの新聞をみてわかることだ。しかし、どの程度の攻撃があったのか、どの程度の人間が生き残ったのかは記載されていなかった。滅亡したという情報だけしかない。

 仮にあのエレインという剣聖がセルバン帝国出身の剣士だとしたら、それこそ辻褄が合う。

 エルラトラムはその攻撃を受けたとされるセルバン帝国にまっさきに向かった。そこで保護されたとしても何ら不思議ではない。新聞にはどの程度の人間が生き残っていたとは書かれていなかったのだ。それにあそこの議会は情報統制がしっかりとしているということもある。

 エレインという人物がセルバン帝国の生き残りであるという可能性はまったくないとは言い切れない。


 その理由以外にも気になる点がある。

 私は、なぜか剣聖に惹かれているという点だ。具体的な根拠となるようなものはない。ただあるのは彼のことを考えると心拍などが不安定になるということとあらゆる無駄なことを考えてしまうことぐらいだ。

 まぁ無駄なことと言ってもまったくの無意味とも言えないのだけど、今は無駄なこと、余計なことだ。


「っ!」


 まただ。

 彼のことを深く考えるとなぜか心拍数が上がる。

 私は再度思考を整理し、剣聖調査任務を続行する。

 私以外の仲間は別の場所からあらゆる角度で彼らの戦いを監視している。もちろん、こんなところで戦っていいというわけでもないのだが、私たちではベジルという男を阻止することはまず不可能だからだ。

 剣聖の偉大とも言われている実力を信じるしかないだろう。

 少なくともあの実力で暴れられたらこの国はとんでもないことになってしまうだろう。

 そして、ファデリードの言うように力を追い求め、自らを最強だと証明することに躍起になっているのだとしたら国外にも影響が出てしまうかもしれない。


 そんな事を考えていると剣聖の動きが急に変わり始めた。


「あの動き……」


 攻撃が目にも止まらない速度で、それも相手の弱点を狙った攻撃をしている。その攻撃にさすがのベジルも対応に苦しんでいるのが誰の目からもわかる。

 最高成績で訓練施設を終えた私ではあるが、あれほどの動きができるのかは怪しいところだ。

 私も剣聖と同じように弱点を重点的に狙う戦い方だ。手数で攻め、徐々に相手の体力を削っていく。そして、隙が生まれた瞬間に致命打となる一撃を与える。

 形式的に習ったことではなく、訓練を続けていると自然に体がその戦い方を編み出したと言える戦術だ。

 ともあれ、私と同じようなやり方で戦っている剣聖を見ているとどうしても自分と重ねてしまうところがある。もし、セルバン帝国の生き残りなのだとしたら、私と同じような訓練を受けていたのなら、剣聖は私の”兄”となるのだろうか。


 チリィイン


 刃が引っかかるような音が聞こえた。

 その次の瞬間、ベジルの持っていた剣が剣聖の美しい剣捌きで巻き落とさた。

 そして、剣聖は瞬時に逆手に持ち替える。


「っ!」


 何故か私の体は建物の影から飛び出していた。それもかなりの勢いで。


「……待ってくださいっ」


 無意識なのかはわからない。ただ自然に、成り行きに身を任せただけの行動。

 今の私には剣がない。文字通り丸腰の状態だ。


「……どうした」


 私の言葉を聞いたのか剣聖は剣先を止めた。


「待って、待ってくれませんか」

「……」


 心拍が激しく動き始める。

 確証はないのに私は目の前にいる剣聖のことを”兄”だと認識し始めている。直前にあのようなことを考えていたからだ。

 思考することは人間に与えられた最強の武器でもある。もちろん、うまくコントロールできなければその思考が邪魔になることもある。


「なんだ? 斬り殺すんじゃねぇのか?」

「……今のお前は全力を出し切れていなかった。そうだろう?」

「はっ、全力だろうがなんだろうが、負けは負けだ」


 この状況、少しでも剣聖の剣先が動けば彼の首へと突き刺さる。

 ベジルの剣は地面に転がっている。戦闘を続行することも抵抗できる術も彼には残っていない。


「昨日、出会ったときは二本の刀を持っていた。もう一本はどうしたんだ?」

「邪魔だからおいてきただけだ」


 確かにもう一本の剣は太い刀身をしていた気がする。そんな太く重たい刀を持っていてはあの崖を乗り越えることは難しいか。


「”血の契約”のことは知っているか?」

「知ってるぜ。だが、その剣とはできてねぇ」

「……対等な勝負ではないということだな」

「いいのか? ここで俺を殺さなくても」


 すると、剣聖は何故か私の方を見てからベジルに言葉を返した。


「邪魔が入ったということだ。それ以外に理由はない」

「確かにそう言われちゃそうだな。二人だけの戦いだったのにこうなっては興醒めだ」


 そう言ってベジルは突き出された剣先を手の甲でどけると踵を返した。つまりは剣聖との勝負に敗北したという証でもある。

 幸いなことに生死の奪い合いにはならなかった。

 それと同時にベジルは腰に挿していた鞘を落とす。


「お前らの戦利品だ。やるよ」


 そうとだけ言い残すと一気に走り出し、崖へと登り始めた。国内から崖上へとは簡単に行けるが、向こう側からとなるとかなり難しいことだろう。

 だが、今は彼のことよりも重傷を負ったファデリードが気になる。


「……」


 私は剣聖に何も言えないままにファデリードの方へと向かった。


「大丈夫ですかっ」

「……アイリス、か」

「剣聖の尾行でここに来たのです」

「あぁ、まだ続けていたのか」

「はい」


 昨日の口ぶりから察するが、ファデリードは剣聖が魔族ではないことを確信していた様子でもあった。それでも続行してもいいと言ったのは根拠があまりにも曖昧だったからだろう。決定的な証拠がほしいからあのようなことを言ったに違いない。

 だが、私も今回の件ではっきりしたことがある。剣聖が持っている剣は明らかに聖剣、聖剣は魔族に協力しない。であれば、彼は少なくとも人間であることになる。まぁどのような存在なのかは確定したわけでもないが。


「……これからは自由に生きろ」

「待ってください。ファデリード司令にはまだ聞きたいことがっ」


 私は溢れ出る彼の傷を圧迫し続ける。しかし、その切り傷は深く、広い範囲で斬り裂かれている。押し付けたところで止血できるわけがない。


「俺からは……なにも言うことはない。罪を償うにはこれしか……」


 そう言ってまだ力の入っていた腕がこぼれ落ちるように地面についた。

 すると、後ろから剣聖が歩いてきた。


「自ら死を選んだように見えた」

「……」

「経緯はわからないが、彼の望みをあの男が叶えたのかもしれないな」

「私も、私もそう思います」


 致命傷となったこの傷、ファデリードは避けることもできた。避ける動作をすればここまで深い傷にはならなかったはずだ。

 それなのに彼は一歩も動かず、剣も動かさず、無防備な状態を続けていた。

 私に剣を初めて教えたときとは全く違ったからだ。

 おそらくファデリードは特殊訓練施設のために多大な犠牲を払ってきたのだろう。その重圧にずっと苦しめられてきたに違いない。

 私に、私たちに残された問題はただひとつ。ベジルを正しい道に戻すことだ。


 その問題が解決できれば、彼の残してしまった罪もすべて解決できることだろう。しかし、それには絶大な支援が必要になる。

 だから、私は剣聖に付いていかなければいけない。

こんにちは、結坂有です。


激しい戦闘が起きた後ですが、今後の展開はどのようになるのでしょうか。

これからのエレインとアイリスの関係、気になるところですね。


それでは次回もお楽しみに……



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